第15話 国境からの依頼
ギルドの掲示板に、その依頼が貼り出された時、ざわつきが起きた。
国境近くの村で発生している魔物異常の調査。
討伐ではなく調査。
だが報酬は低ランクにしては高めで、しかも“現地判断で追加報酬あり”と書かれている。
「なんか、嫌な匂いするな」
近くの冒険者がぼやく。
「国境絡みとか面倒に決まってる」
「上の連中は?」
「別件で出払ってるってよ」
つまり、危ないが人手が足りない。
そういう依頼だ。
俺は少し迷いながら依頼書を読んだ。
最近、本来は出ないはずの魔物が村の周辺に現れているらしい。農地被害、家畜被害、小規模な襲撃。まだ壊滅的ではないが、このまま放置すれば危険。
「受ける気か」
いつの間にか隣に来ていたガレスが言う。
「……気になってます」
「やめとけ、と言いたいところだが」
ガレスは掲示板を眺めたまま鼻を鳴らした。
「逆に、こういう依頼をこなせるとでかい」
「ですよね」
「だが危険もでかい。国境ってのは、それだけで面倒だ」
分かっている。
だが最近の訓練と依頼で、少しずつ金も経験も必要だと痛感していた。いつまでも低報酬の採集だけでは立ち行かない。
それに、気になった。
“魔物異常”という曖昧な言葉が。
「ルナの意見も聞きます」
「それがいい」
廃屋へ戻って話すと、ルナはすぐに耳を立てた。
「国境ちかく?」
「ああ」
「いやな感じ」
「やっぱり?」
「魔物、急に増えるの変。自然じゃないこと多い」
獣人の勘なのか、経験則なのか。
どちらにせよ軽視できない。
「でも、行く?」
ルナが聞く。
「……行きたい」
「なら行く」
即答だった。
決断してギルドへ戻ると、マリナさんは少し驚いた顔をした。
「本気?」
「無理そうですか」
「無理とは言わないけど、難しいわね」
書類をめくりながら、彼女は続ける。
「調査依頼だから、魔物を全部倒す必要はない。現地で状況を見て、原因や傾向を掴んで戻るだけでもいい」
「つまり、危なくなったら引く前提」
「そう。死んでまで英雄になる依頼じゃないわ」
その言い方はありがたかった。
依頼を受理すると、マリナさんは簡単な地図と村の情報を渡してくれた。国境沿いの小さな開拓村。人間国家群の境目に近く、軍の巡回も不定期で、こういう異常があると真っ先に被害を受ける立地だという。
「気をつけて」
「はい」
「あと、何か変だと思ったら、無理せず戻ること」
何度目かの忠告に頷く。
出発前、ガレスは小さな革袋を投げてよこした。
中身は干し肉と簡易薬、それから簡単な火打石だった。
「貸しだ」
「あとで返します」
「生きて戻ったらな」
その言い方が、妙に温かく聞こえた。
翌朝、俺とルナはラドスを出た。
街道を進み、途中から細い土道へ入る。周囲の景色は少しずつ開け、森より草地が増えていく。
「におい、ちがう」
道中、ルナがぽつりと言った。
「何が」
「国境に近づくと、空気ぴりぴりする」
「分かるのか」
「なんとなく」
俺にはまだそこまで分からない。
ただ、確かにどこか落ち着かない感じはした。
日が傾き始める頃、目的の村が見えてくる。
木柵で囲まれた、小さな集落。畑と家畜小屋があり、煙突から細い煙が上がっていた。
門のところで見張りをしていた男が、こちらを見るなり警戒した顔をする。
「誰だ」
「ラドスの冒険者ギルドから来ました。魔物異常の調査依頼で」
「ああ……!」
男の顔が一気に安堵へ変わる。
「待ってた、待ってたんだ。村長を呼ぶ!」
案内された村の中は、思ったより疲れた空気に満ちていた。
子供たちは外で遊んでいない。家畜も落ち着かない様子だ。大人たちも、こちらを見る目に期待と不安が混ざっている。
村長の家で話を聞く。
魔物はここ数日で急に増えた。しかも今まで近辺では見かけなかった種類も混じっている。被害の痕跡は、村の東側に集中しているらしい。
「兵は来なかったんですか」
俺が尋ねると、村長は苦い顔をした。
「連絡はした。だが巡回は先延ばしだ。国境近くは今、どこも忙しいと」
「忙しい……」
「戦になるんじゃないかって噂もある」
戦。
その言葉に、胸がざわつく。
王国で聞いた“戦力”や“緊張状態”の話が頭をよぎった。
「まずは現場を見ます」
そう告げると、村長は何度も頭を下げた。
東の外れへ向かう途中、ルナがふと足を止める。
「コーイチ」
「どうした」
「これ」
彼女が指差したのは、草むらに半ば埋もれた一本の矢だった。
拾い上げる。
黒い羽根、しっかりした造り。狩人の矢というより、軍用に見える。
「魔物が持ってくるものじゃないな」
「うん」
俺は矢を握りしめた。
魔物異常。
国境。
軍用の矢。
嫌な予感が、少しずつ輪郭を持ち始めていた。




