第14話 積み上げる者
訓練は、想像以上に地味で、きつかった。
「遅え」
ガレスの声が飛ぶ。
「踏み込みが浅い。腰が浮いてる」
「っ、はい!」
朝の廃屋裏。
俺は木の棒を握り、何度目かも分からない素振りを繰り返していた。
きっかけは、前日の俺の話を聞いたガレスが「見てやる」と言い出したことだ。正確には、「そのままだとそのうち死ぬから最低限叩き込む」だったが。
「お前の悪いとこは二つだ」
ガレスは腕を組んだまま言う。
「一つ、覚えた動きをすぐ使える気になる」
「耳が痛いです」
「もう一つ、土台がねえ」
「もっと耳が痛いです」
ルナが少し離れたところでくすくす笑う。
他人事だと思っているらしい。
でも実際、その通りだった。
俺の力は便利だ。
相手に触れれば、その職業の技能や感覚の一端を得られる。けれどそれはあくまで“借りた型”であって、自分のものになったわけじゃない。
素振り一つでも分かる。
頭では軌道が分かっているのに、身体が追いつかない。踏み込みがずれる。呼吸が乱れる。重心が高い。少し回数を重ねるだけで腕が悲鳴を上げる。
会社員時代、運動不足だったツケがここに来て全部出ていた。
「百回」
「さっきやりましたよ!?」
「じゃあ次は百五十回だ」
「増えてる!」
容赦がない。
結局、悲鳴を上げる腕で素振りを続ける。
終わる頃には汗でシャツが張り付き、息も絶え絶えだった。
「次、走るぞ」
「……まだあります?」
「あるに決まってんだろ」
地獄か。
ルナはそんな俺の横を軽々と走る。
月牙闘士の名に恥じない身軽さだ。悔しいが、彼女の動きは見本になる。
「コーイチ、遅い」
「知ってる……!」
「足、もっと前」
「口で言うのは簡単だな!」
それでも、少しずつ変わる感覚はあった。
身体を動かし続けるうちに、ガレスから得た“重心”の意識と、ルナの“踏み込み”の感覚が、前より滑らかに繋がっていく。借り物だったはずの断片が、反復で少しずつ自分の身体に馴染んでいくのだ。
訓練の合間、俺は地面に座り込んで息を整えた。
隣にルナがしゃがみ込む。
「だいじょうぶ?」
「死にそう」
「まだ死なない」
「そう思いたい」
ルナは俺の肩を軽く叩く。
「でも、前よりまし」
「本当か?」
「うん。ちょっとだけ」
ちょっとだけ、か。
だが今はそれで十分だった。
昼前、ようやく一区切りついたところで、ガレスが水を投げてよこした。
受け取って飲む。ぬるいが、生き返る気がする。
「で、どうだ」
「何がです」
「積み上げるってのが、少しは分かったか」
「……便利な力だけじゃ無理だってことなら、嫌ほど」
「上出来だ」
珍しく、ガレスが少しだけ頷く。
「勘違いするなよ。お前の力は間違いなく異常だ。だが異常ってのは、扱う側が凡人ならそのまま事故って終わる」
「耳が痛い」
「まだ痛がる余裕があるなら続けろ」
ほんとに容赦がない。
その後、ガレスは木の棒を自分で持ち、簡単な型を見せた。
飾りのない、実戦寄りの動き。大きくも速くもないのに、隙がない。
「派手な技はいらん。まず立つ、歩く、構える、振る。そこからだ」
「はい」
「お前は色々な動きを拾える分、逆に迷いやすい」
「……それも分かります」
「なら軸を作れ。何を拾っても戻れる、自分の型だ」
その言葉は、妙に腹に落ちた。
俺の力は、他人の断片を集める。
だったらなおさら、自分自身の中心がなければ振り回されるだけだ。
夕方、ガレスが戻った後も、俺は一人で素振りを続けた。
ルナも付き合ってくれる。
「もっと低く」
「はいはい」
「まじめ」
「やってるだろ」
「口だけじゃなくて」
すっかり教官気取りだ。
でも、そんなやり取りが少しだけ楽しかった。
異世界に来て、ようやく“次の日も生きる前提”で動けている気がする。
訓練が終わる頃には、空が赤く染まっていた。
俺は木の棒を地面に立て、肩で息をする。
「……しんどい」
「うん」
「でも」
「うん」
「嫌いじゃないかもな、こういうの」
言うと、ルナが少し目を丸くした。
「変」
「またそれか」
「でも、ちょっといい変」
それは褒め言葉らしい。
夜、廃屋の中で簡単な食事を取りながら、俺はふと会社員時代を思い出した。
毎日同じ時間に起きて、満員電車に乗って、上司に頭を下げて、仕事を回して、疲れて帰る。あれはあれで大変だった。でも、少なくとも“今日生き残るために訓練する”みたいな切実さはなかった。
異世界は理不尽だ。
追放されたし、無職と笑われるし、明日の保証もない。
それでも、ただ切り捨てられるだけで終わるつもりはなかった。
積み上げる。
少しずつでも、自分の足で。
そう思えたのは、たぶん初めてだった。




