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職業なしの俺、実は“触れるだけで全職業を奪える”最強のバグ持ちでした ~ 召喚された王国に見捨てられたので、自由に生きてたら世界の勢力図が変わってた~  作者: 天音天成
第3章 王国に残された同僚たち

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第12話 忘れられない人

 篠宮玲奈は、昔から空気を読むのが苦手だった。


 苦手というより、読んでも我慢できないタイプだと自分では思っている。会社にいた頃からそうだ。理不尽なことを理不尽だと言ってしまうし、気になる人のことは気になってしまう。


 だから今の状況は、最悪だった。


「もう一度」

 指導役の騎士が言う。

「風精霊との連携を保ったまま三連射です」


 王城の訓練場。

 玲奈は弓を構え、深く息を吸った。


 精霊弓姫――その職業は、想像以上に凄まじかった。風の流れが読める。遠くの気配が見える。矢筋が自分でも恐ろしいほど綺麗に通る。普通の会社員だった自分には、あり得ないくらいの力だ。


 一本目。

 的の中心。


 二本目。

 一本目に重なる。


 三本目。

 そのわずかな隙間を穿つ。


「見事です!」

「さすが精霊弓姫様!」


 周囲から歓声が上がる。


 玲奈は弓を下ろしながら、どうでもいいと思ってしまった。


 確かに気持ちはいい。

 力があるのは分かる。ちやほやされるのだって、悪い気はしない。


 でも、そのたびに頭をよぎる。


 ――相沢先輩だったら、たぶんこういう時も調子に乗るなって言うんだろうな。


 会社では何かと世話を焼かれていた。

 締切を忘れそうになった時、何気なくフォローしてくれた。営業先で失敗して落ち込んだ時、飲み物を差し入れてくれた。褒める時も叱る時も、過剰じゃなくて、でもちゃんと見てくれていた。


 今思えば、自分はかなり甘えていたのかもしれない。


「篠宮殿」


 訓練後、若い騎士が近づいてきた。

 王城へ来てから何度も話しかけてくる男だ。


「本日の精霊操作も素晴らしかったです。やはりあなたこそ、王国を導く弓姫にふさわしい」

「……どうも」


 適当に返す。


「今夜、よければ教会区の夜会へ」

「行きません」

「え?」

「疲れてるので」


 即答すると、騎士の笑顔が引きつった。


 玲奈はそのまま踵を返す。

 後ろで何か言っていたが、もうどうでもよかった。


 廊下を歩いていると、ふと窓の向こうに王都の街並みが見える。

 高い壁。広い通り。賑やかな人の流れ。そこへ出ることすら、自分には許されていない。


 守られているんじゃない。

 監視されている。


 それを最近、はっきり感じるようになっていた。


 部屋へ戻る前、玲奈は思い切って侍女へ聞いてみた。


「あの、追放されたもう一人の人、いましたよね」

「……はい」

「その人、今どこにいるか知ってます?」

「存じません」

「本当に?」

「本当に、でございます」


 綺麗なお辞儀。

 綺麗な無表情。


 玲奈は奥歯を噛んだ。


「……無職だからって、そんなに悪いことなんですか」

「篠宮様」

 侍女は顔を上げない。

「どうか、その件には触れませぬよう」

「なんで」

「ご自身のためです」


 それだけ言って、侍女は去っていった。


 ご自身のため。

 その言葉が、むしろ真実を物語っていた。


 夕刻、玲奈は一人で中庭のベンチに座っていた。

 風が吹き、花壇の花が揺れる。


 この世界に来てから、全部が急に変わった。

 会社員だった昨日までの自分はどこにもいない。なのに、自分の中で一番引っかかっているのは、強い職業を得たことでも、異世界に来たことでもない。


 相沢恒一がいないこと。

 それだけだった。


「……最低だな、私」


 ぽつりと呟く。


 あの時、もっと強く止められたんじゃないか。

 泣き喚くだけじゃなく、ちゃんと王国に食ってかかれたんじゃないか。

 せめて一緒に行くと言えたんじゃないか。


 でも何もできなかった。

 怖かったからだ。


 知らない世界で、力も立場もないのが怖かった。王国に逆らって、自分まで捨てられるのが怖かった。


「……最低だ」


 もう一度言う。


「誰がですか」

 声がして顔を上げると、大雅が立っていた。


「桐生先輩」

「いや、通りがかっただけ。なんかすげえ暗い顔してんなと思って」


 大雅は以前より装いが豪華になっていた。

 訓練用の軽装とはいえ、王国お抱えの剣聖らしい仕立てだ。


「何かあったのか」

「別に」

「相沢のこと?」


 図星を突かれて、玲奈は目を逸らした。


 大雅はベンチの背に寄りかかり、面倒くさそうに息を吐く。


「まだ気にしてんのか」

「気にしますよ、普通」

「いや、まあ……」

「桐生先輩は気にしてないんですか」


 少しきつい声になった。


 大雅は眉をひそめる。


「気にしてないわけじゃない。でも、もうどうしようもないだろ」

「それ、神崎先輩みたいなこと言ってます」

「一緒にすんなよ」


 不機嫌そうに返しつつも、大雅は完全には否定できない顔だった。


「俺だってさ、あいつがああなるとは思ってなかった。でも結果として俺たちはこっち側で、相沢は外れた。それだけの話だろ」

「……本気でそう思ってるなら、最低です」

「は?」


 大雅の顔が険しくなる。


「お前、言い過ぎ」

「だってそうじゃないですか。先輩は、相沢先輩に助けられたこと一回もないんですか?」

「それとこれとは」

「同じです!」


 思わず立ち上がる。


「会社でも、相沢先輩っていつも損な役回りばっかりしてたじゃないですか。調整したり、間に入ったり、面倒なこと引き受けたり。それでいざ自分が切られたら、みんな“仕方ない”で済ませるんですか?」


 言い切って、自分でも息が荒くなっているのが分かった。


 大雅はしばらく黙っていたが、やがて小さく舌打ちした。


「……知らねえよ」

「逃げないでください」

「逃げてねえ!」


 怒鳴り返す声。

 でも、その奥には苛立ちだけじゃなく、居心地の悪さも見えた。


 大雅は乱暴に頭をかく。


「じゃあどうしろってんだよ。王国に喧嘩売って、全員まとめて放り出されりゃ満足か?」

「そんな極端な話してません」

「似たようなもんだろ」

「違います!」


 言い合いになりかけた、その時。


「二人とも、何をしている」


 低い声が割って入った。

 神崎だった。


 玲奈は露骨に顔をしかめた。

 大雅は舌打ちを飲み込むように口を閉じる。


 神崎は二人を見比べて、淡々と言う。


「感情的になるな。ここは会社の休憩室じゃない」

「……」

「篠宮さん。相沢の件に執着しすぎるのはやめなさい。王国から見れば、それは不穏分子の兆候と取られかねない」

「不穏分子って、なんですか」

「そのままの意味です」


 冷たく言われ、玲奈は奥歯を噛む。


「無職など捨て置けばいい」

 神崎ははっきり言った。

「我々には我々の役目がある。君は精霊弓姫として、この国で最善を尽くすべきだ」


 その一言が、玲奈の中で何かを切った。


「……無職“など”?」

「玲奈」

 大雅が低く制する。

「やめとけ」


 でも止まらなかった。


「相沢先輩は“など”じゃないです」

「篠宮さん」

「ずっとみんなの面倒見て、損な仕事押しつけられても文句言わなくて、最後に切られる時まで大きな声も出さなくて……そんな人のことを、“など”って言わないでください」


 自分でも、半分泣きそうな声になっているのが分かった。


 神崎の目が、わずかに細くなる。


「感情論ですね」

「そうです。感情ですよ」

 玲奈は睨み返した。

「でも人を捨てるかどうかって、最後はそこじゃないんですか」


 神崎は答えなかった。

 ただ、その沈黙だけで十分だった。


 彼にとっては違うのだ。

 優先順位、合理性、役割。そういう言葉の方が、人の気持ちよりずっと重い。


「……部屋に戻ります」


 玲奈は踵を返した。

 もうこれ以上、同じ空間にいたくなかった。


 自室へ戻り、窓辺に立つ。

 遠い空を見上げる。


「先輩……生きててよ」


 祈るように、呟く。


 どうしてこんなに気になるのか、自分でも完全には説明できなかった。尊敬か、依存か、憧れか、それとも別の何かか。


 ただ一つだけ確かなのは、忘れられないということだった。

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