第10話 初めての討伐依頼
「採集依頼だけじゃ食えねえぞ」
翌日、ギルドで顔を合わせたガレスに開口一番そう言われた。
「分かってます」
「分かってる顔じゃねえな」
「顔で判断しないでください」
「冒険者は顔で半分分かる」
そんなものなのか。
俺は掲示板を見上げた。
低ランク向け依頼の中に、魔物討伐の札が混じっている。
牙犬三匹の討伐。報酬:銀貨六枚。
「これ……どう思います」
俺が指すと、ガレスは一瞥した。
「初心者向けじゃある。だが初心者殺しでもあるな」
「どっちですか」
「群れるからだ。単体なら雑魚、三匹だと油断した新米が食われる」
なるほど、嫌な依頼だ。
だが報酬は大きい。
採集の倍以上ある。
「受けるつもりか」
「……はい」
「連れは」
「います」
「獣人のガキか」
「名前はルナです」
「知るか」
相変わらずだ。
でも、止めはしなかった。
それはつまり、無謀ではあるが不可能ではないということだろう。
「一つだけ忠告だ」
「なんです」
「勝てる相手と、死なない相手は違う」
「……肝に銘じます」
依頼を受けた俺は、町外れの廃屋へ戻ってルナに話した。
「牙犬?」
「知ってるか?」
「うん。はやい。かむ。しつこい」
「嫌な情報しかないな」
「でも弱い」
「続けて」
「一匹なら」
「だよな……」
結局、ガレスとほぼ同じ評価だった。
それでも、俺たちは依頼を受けることにした。
金が必要なのもあるが、何より“戦えるかどうか”を自分で確かめたかった。
目的地は町から少し離れた草地帯。家畜を襲う牙犬が出るらしい。
現地に着くと、俺は周囲を見回した。
低い草、なだらかな起伏、ところどころに岩。隠れ場所は少ないが、逆に相手も奇襲しにくい。
「気配は?」
「二匹……いや、三匹」
ルナが耳を澄ませる。
「右。草の中」
さすがだ。
俺にも薄ぼんやりと気配は分かるが、ルナほど鮮明じゃない。
「作戦は」
「一匹ずつ釣る」
「できるかな」
「やる」
簡潔で頼もしい。
俺は拾った石を右手に取り、草むらへ投げた。
がさり、と音がしてすぐ、低い唸り声が返ってくる。
次の瞬間、草を割って飛び出してきたのは灰色の獣だった。
犬に似ている。
だが口は大きく裂け、牙が異様に長い。目は獣というより飢えた魔物のそれだった。
「っ!」
一匹目が一直線に俺へ飛びかかる。
速い。
だが、見える。
ガレス由来の気配察知、盗賊崩れから写した回避感覚、ルナ由来の踏み込み。その全部を無理やり繋ぎ、横へ転がるように避ける。
すれ違いざま、ルナが横合いから蹴りを叩き込んだ。
「ギャンッ!?」
牙犬の身体が弾かれる。
「今!」
「おう!」
立ち上がりざま、俺は拾っていた短槍を突き出した。
ギルドで安物を借りてきたものだ。
狙いは浅い。
だが牙犬の肩口に刺さる。
悲鳴。血。
生き物を傷つけた感触に一瞬手が止まりそうになる。
だが止まればこっちが死ぬ。
二匹目が左から来た。
俺を囮と見たらしい。
飛びつきに合わせて、さっきより深く腰を落とす。月牙闘士の断片が、体重移動を助けてくれる。
牙が肩を掠める。
痛み。浅いが切れた。
「っ、くそ!」
だが避けきった。
その隙にルナが背へ飛び乗り、首筋に肘を叩き込む。
三匹目がルナへ向かう。
まずい。
俺は反射的に踏み込んだ。
今までなら無理だった距離を、一歩で詰める。
月牙闘士の身体運用。
ガレスの読み。
盗賊崩れの荒っぽい体術。
全部が半端なまま噛み合って、俺だけの動きになる。
「うおおっ!」
短槍を横殴りに叩きつける。
三匹目の鼻先に当たり、牙犬が怯んだ。
そこへルナが回転蹴りを叩き込む。
「終わり!」
最後の一匹が地面へ転がったところで、俺はすぐ距離を取った。
まだ動くかもしれない。
だが牙犬たちは、しばらく痙攣したあと、完全に沈黙した。
静寂。
風が草を揺らす音だけが聞こえる。
「……勝った?」
「うん。たぶん」
ルナも肩で息をしていた。
俺はその場にへたり込みそうになるのをこらえる。
勝った。
ぎりぎりだ。でも、勝った。
「コーイチ、肩」
「え?」
「血、出てる」
「ああ、そういえば」
遅れて痛みが来た。
ルナが近づいて傷を見る。
浅い。縫うほどじゃないが、消毒くらいは必要そうだ。
「町、戻る」
「そうだな……討伐証明も取らないと」
牙犬の牙を依頼証明として回収しながら、手が少し震えているのに気づく。
恐怖と興奮が混ざっていた。
異世界に来て、追放されて、無職と笑われて。
それでも今、俺は確かに戦って、生き残った。
「……やれるじゃん、俺」
「ルナもいるから」
「だな」
素直に頷く。
ラドスへ戻る道すがら、空は少し明るく見えた。
ギルドに戻ると、マリナさんが回収した牙を見て目を丸くした。
「本当に二人で倒したの?」
「まあ、何とか」
「何とかで済ませるには傷だらけだけど」
呆れたように言いながらも、彼女は依頼達成の印を押してくれた。
周囲の冒険者たちもざわついている。
昨日まで“無職”と笑っていた連中の目に、少しだけ別の色が混じっていた。
「へえ……」
「やるじゃねえか」
「獣人のガキが強いだけじゃねえの?」
そんな声も飛ぶ。
けれど今は、それすら悪くなかった。
無視されるより、ずっといい。
報酬の銀貨六枚を受け取り、木札を握る。
まだ最下位だ。弱い。知らないことだらけだ。
でも。
「ここからだな」
思わず呟く。
ルナが隣で耳を動かした。
「うん。ここから」
無職の冒険者。
追放された会社員。
どんな呼ばれ方でもいい。
俺はもう、ただ捨てられた男じゃなかった。




