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天涯地神伝  作者: 真白 歩宙
柚の章

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天命 其の四

三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。

水鏡に濁流と言われた柚の話。


 一人黙する仲達(ちゅうたつ)不憫(ふびん)で『失恋なんて柄じゃないでしょう』と茶化せば、彼は呆れた口調で曹操(そうそう)に置いて行かれたのが不服かと言い返してくる。


 まるで長年の旧友のようなやり取りだった。

 『貴方の事だから、奪って忘れさせるくらいのことは企んでいるのでしょう』と如何にもやりそうな事を言い立てて笑う。その言葉に呆れ顔で閉口した仲達(ちゅうたつ)も笑っているのだが。


「お二人ともお急ぎを」


 やり取りを見ていた曹純(そうじゅん)が、遠くに控えさせていた虎豹騎(こひょうき)を指差して二人を急かせた。

曹純(そうじゅん)仲達(ちゅうたつ)に再開して安堵(あんど)した柚は気丈に振舞う。

今ここで、二人の足を引っ張る事はできないのだ。


「私を連れて逃げきれる?」

「何を仰いますか、ご寵姫よ!」

「素直に連れて行けと言えばよいものを。くくっ、私を誰だと思っているのだ」


口の端を吊り上げる仲達(ちゅうたつ)に『天才軍師、司馬懿(しばい)仲達(ちゅうたつ)殿でしょ』と(ささや)き、呟く様に謝った。

 そんな柚の体を抱き上げ、仲達(ちゅうたつ)は無言で小川を渡って行く。慌てる柚と曹純(そうじゅん)に『お子に何かあっては、(とが)めを受けてしまう』と笑い出す。


「全く、丞相には驚かされる。豪胆(ごうたん)と言えば聞こえは良いが‥‥」


 さもあらん。赤壁の大要塞を作らせて水軍を鍛えながら、寵姫を愛でていたのだ。あっぱれとしか言い様が無い。


「ユウが貴方を好きになれば良かったのに」

「斯様に真冬の水に浸かりたいか?」

「ごめん、悪気は無いのよ」


 柚は慌てて弁解した。

 別段、水に落とされる心配をしたわけでもなく、また仲達(ちゅうたつ)がそのような事を本気でする者だとも思っていない。慌てたのは彼の気持ちを無視した科白(せりふ)を言ってしまったからだった。


 一向は川を渡り終え林の中を少し進むと、黒ずくめの騎馬隊が草むらから姿を現した。仲達(ちゅうたつ)曹純(そうじゅん)に手綱を渡して柚に視線を送る。


仲達(ちゅうたつ)、そちらに乗っても構わない?」

「馬の上で喋れば舌を噛む。我慢できるならば拒みはせぬ」


 分かったと頷いた柚を横抱きに乗せて、脇腹を蹴ると一気に走りだした。

 夜明けの霧の中、馬の(いなな)きと走り去る音が木霊する。冷たい空気を切りながら、柚は仲達にしがみ付いて劉備軍に残した結城に想いを馳せた。


仲達(ちゅうたつ)、ごめんなさい」

「‥‥喋られるな」


 先程の弁明とは違う謝罪の声に、それを切り捨てるように遮る。何を謝っているのか、あの結城の反応を考えれば推測はつく。

 柚が焚きつけなければ、あの様な拒絶は無かった。


「今は目の前の事だけを考えよ。謝るくらいならば、最初からせぬことだ」


 仲達(ちゅうたつ)は聞き入れない。

 気丈に生きてきた柚の姿勢を崩すことを臣下の自分がしてはならないと弁えているのだ。


「井戸の時と同じね」


 それが彼なりの優しさと称される男気でもあり魅力でもある。

 曹操(そうそう)の前でだけ涙することを誓った彼女だったが、今まで感じる事のなかった彼らの男気にふっと気持が揺らいだ。


 不意に、柚は彼の胸に顔を埋めて呟く様に懇願(こんがん)した。

 子が出来たと知ってから抱えた不安を胸に、生まれてくる子が男子ならば里親を探してもらいたいと。驚きの目で見下ろす彼に、曹操(そうそう)の子として生まれれば曹丕(そうひ)に命を狙われてしまうと嘆く。


「お願い、死産として‥‥誰かに(たく)して」


 陣営のバラバラなこの時だからこそ、曹操(そうそう)(めかけ)達に知られること無く産むことが出来る。

 欲を言えば、仲達(ちゅうたつ)の家の血縁者として育ててもらえば、未来は明るいのだが。


「それは受けいれられぬ」

「いいえ、貴方は受けるわ。この子は人質として貴方に託します」


 一瞬の間が空いたが、仲達(ちゅうたつ)は根負けしたように笑い出した。まるで自分が不忠を働くようだと。

 その言葉を聞いた柚は、曹操(そうそう)の御世では無理でも世代交代をしていけばその力は薄れてしまうと告げた。


仲達(ちゅうたつ)、もし、次の世代になったら、貴方に私の知識を全て明かします」

「そなたの、知識‥‥」


 仲達(ちゅうたつ)曹丕(そうひ)の顔を思い浮かべた。

 自分の弟達にその非凡性を見出すと、容赦なく蹴落(けお)とすような心の狭い一面も持ち合わせた人物。決して優れているとは言い切れない。

 何かを算段するように考える仲達(ちゅうたつ)の顔を見て、柚は切ない気持ちになった。この期に及んで、誰かを頼らなくては子供の命さえ守りきれないのだと。


「悪女として名を連ねようと、構わない。だから‥‥」

「いや、特に悪女を演じる必要も無いであろう」

「えっ?」

「この戦を利用せねばならなくなったか」


同意。


 全てを考えた上での、恩返しであった。

 手駒か切り札か、何を思ったかは判らないが。この時、仲達(ちゅうたつ)は柚の子を自分の子として育てる決心をしていた。


「今だけ貸しておく。存分に声を上げられても聞こえぬゆえ」


 驚きと安堵で涙する柚に虎豹騎(こひょうき)の旗をかけて包み込む。その一方で、合図を送ると虎豹騎(こひょうき)を伝令と護衛の二手に分けて命令し、野を駆けて行った。




 その後、許昌(きょしょう)から離れた長安(ちょうあん)で男子を産んだ柚は、曹純(そうじゅん)に死産であった事を告げて報告の早馬を出した。

 その傍ら、仲達(ちゅうたつ)に子供を預けて自らも許昌(きょしょう)曹操(そうそう)の元に戻ったのだった。



読んで下さって、ありがとうございます。

毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。

貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。

誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。



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