表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天涯地神伝  作者: 真白 歩宙
柚の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

145/147

天命 其の三

三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。

水鏡に濁流と言われた柚の話。

―ガサガサ‥‥―


「誰?!」


 背後からの物音に柚は後退(あとじさ)りした。

 野営の陣は荒涼とした小川の近くに点々としていたため、枯れた草木が侵入者を(はば)んでいた。

 曹軍の心配も無いため、侵入経路になりやすい水辺付近でも番兵を設ければ防げる。大体、大天幕は陣の中心に位置し、その周りを取り囲むように諸侯の天幕が囲んでいるのだ。

 自然と人の砦、孔明らしい布陣であった。


「答えないのなら、大声を出すわよ」


 闇に潜む影を威嚇(いかく)しながらも、柚は少しずつ篝火(かがりび)の灯かりが届く所まで移動した。どうやら危害を加えるつもりは無いのか、気配は一定の間をとって彼女についてきた。

 やがて月が現れて辺りを照らし出す。


 柚の前に現れたのは布を被った女達。

 ここが劉備軍の野営場所だと知って身を売りに来たのだろうか。柚は孔明の潔癖(けっぺき)な人柄を考えて溜息をついた。


「馬鹿げたことはおやめなさい。この軍ではそういったことは許されない筈だから」


目の前の女達に瑪瑙(めのう)の腕輪を差し出して(いさ)める。


「何があったかは判らぬが、変わられましたな」


 柚の手を取り、瑪瑙(めのう)を元に戻しながら声をかける人物は男性の声。


孟徳(もうとく)っ?!生きて、生きていたのね!」


 女物の衣装を身に纏った彼に抱きつき、早くこの場を離れるように訴える。孔明に知れれば、皆命は無いのだと。


「ご寵姫殿、落ち着かれよ」

「その声は?!」


 久しぶりの仲達(ちゅうたつ)の声に、自分が抱きついた人物の正体を思い出す。虎豹騎(こひょうき)の筆頭として曹操(そうそう)の従兄弟の曹純(そうじゅん)子和(しわ)仲達(ちゅうたつ)に付き添っていたことを。


「ご寵姫殿、曹純(そうじゅん)子和(しわ)です。お忘れか?」


 曹操(そうそう)の血縁者なのだから間違えても無理はなかったが、声も顔立ちもそっくりな彼は柚を見て安堵した様子だった。

 敵陣営まで潜り込んでいるのには訳がある。仲達(ちゅうたつ)と孔明は同類。


 よって、好敵手に近寄ってその動向を見守れば自然と何処まで計画され、駒を進ませたかを探れるのだ。幸い、彼は北方に出て赤壁を退いていると思われている。

 敗走経路は予測し易かったが、どこまで追いつめられたか推測せねばならない。


「仲達、孟徳(もうとく)様は江陵(こうりょう)から許昌(きょしょう)へ戻られる筈よ」

「ふっ、何処で斯様な兵法を学ばれた?」


 如何に草を使おうとも、土壇場(どたんば)の敗走経路など把握することは出来ない。仲達(ちゅうたつ)は柚が直隠(ひたがく)しにしてきた何かを感じ取っていた。


「私達の故郷よ」


 柚はやんわりと含ませた言い方で答えた。

 その時、川を渡ってきた人影を見つけて息を呑む。相手も気がついて近づいてきたが、数人の影に足を止めてしまう。




「ユウ、今宵(こよい)こそ、そなたを迎えに来た」


 結城の存在に気が付いた仲達(ちゅうたつ)が硬い表情のまま告げる。

 一瞬(すく)んだような気配がしたが、小さな声で細々と『教えてくれた意味が判った』のだと発せられた。迷いのある声に柚は『甘すぎる』と切り返す。

 結城の悩んでいる事は自分も経験したもの。


 天幕で全てを見た結城は、孔明の智謀と人心を巧みに使う周到な部分を理解できないでいると。 正妻の居る身で、(めかけ)に自分が選ばれたこともショックなのだろうと推測できる。


「貴女がそんなに強欲だったなんて初めて知ったわ!なんて高慢なのよ!」


 現代の倫理観など通用しない。

 しかも、国家安泰の為には、孔明は無くてはならない人で。その人物に選ばれて自分も好いているなら覚悟を決めなければ波紋を呼ぶ。

 これ以上、現代人の物差しをこの時代に入れてはいけないのだと、柚は悲しい気持ちで叱咤(しった)した。


仲達(ちゅうたつ)、結城を愛しぬく自信があるのなら、貴方が手に入れる機会は今しかないわ」


 柚は結城を覚醒させる為に、仲達(ちゅうたつ)()きつけた。言われなくても、これが最後の好機であることは仲達にも分かっているだろう。沈黙の闇に響き渡る声。


「来るのだ、そなたの居場所は(わが)腕の中にある」


 女物の衣装を投げ捨て、仲達(ちゅうたつ)は両腕を広げて甘く切ない声で呼んだ。あくまでも(さら)わずに、結城の意思を尊重させる仲達(ちゅうたつ)に柚は好感を持つ。

 彼女が好いた人物が彼であったら良かったのにと。



「ごめんなさい。私は、万民(ばんみん)の為に生きます」



 長い沈黙の後、結城は悲壮な顔で別れを告げた。


「柚をお願いします。もう一人の体じゃないのだから、自分の事だけを考えてね」


 結城は仲達(ちゅうたつ)が止めるよりも早く、天幕を横切って走り去った。仲達(ちゅうたつ)の誘いを拒絶しただけのものではない。


 何よりも結城の心が閉ざされてしまった事を意味していた。

 いつか全てを理解できる日が彼女にも来るだろうと、切ない感情を残して柚は頬を伝う涙を拭いた。


 別たれた清流と濁流は今、それぞれの大河として一歩を踏み出したのである。




読んで下さって、ありがとうございます。

毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。

貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。

誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ