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第46話 聖い光の幻想と暗き夜の祈り

 その場に残った混乱は、シェリアが謎の襲撃者を殺したことを受け入れるにつれて薄れていった。死体の処理については、その手の人脈がある商人が自ら名乗り出して葬儀屋に連絡するとのことだった。一瞬の非日常が日常に戻りつつある中、襲撃者が「転移者」であることを知っている3人だけは、未だに非日常の真っただ中であることを認識していた。


「シェリア、なんで気づいたの?ハジメと戦った時もそうだったけど、どうしてあの襲撃に気づけたの?」

「私も気になります。私、一応魔力探知張っていたんですけど、全く気づけませんでした」

「これは経験かな。『絶戴顕界』とか『転移者』特有の魔法が使用される瞬間、一瞬だけ空間の魔力が歪むの。とはいえ、歪んだ瞬間に止まらないとそのまま巻き込まれるけどね。特に、さっきのは本当に危なかったよ。でもそれ以上に——」

「『転移者』が無差別に襲撃している現状が一番深刻……そうですよね」

「うん、正解。これがこの場所だけで留まっているとは思えないし、彼の口ぶりからも簡単に察せられる。想定していた以上に、『転移者』に与えられた自由が無法すぎる。これが、『転移者』がこの世界の頂点に立った結果の腐敗かな」


 心の底で燻る怒りを必死に抑えているような、そんな静かな声でそう話しながら、ゆっくりとシェリアは歩き始めた。それでも、少し後ろを歩いている2人の弟子の様子を気にかけているシェリアは、今までと変わらないように見えた。

 そして静かな時間がしばらく続いた頃、3人が同時に歩みを止めた。このまま直進すれば、はるか先に見えるハナブサ町に到着することができる——そんな場所で、同時に3人の足が止まった。

 目の前に広がる光景。それを見て悲鳴を上げなかったアリスとフィルは、ただそれだけで精一杯の状態だった。鼻をつんざく鉄と内臓の腐った臭いが充満し、それが嫌にでも、視界に入る二つに切り裂かれた死体たちが乱雑に散らかっている光景が現実だと突き付けていた。


「……やっぱり、こうなってたんだね」


 シェリアは散らばった肉片を踏まないように、ゆっくりと血の海を歩き進めた。そして数メートル進んだ先でしゃがみ込み、地面に手を付きながら歌うように言葉を紡ぎ始めた。

 シェリアの声に呼応するように、シェリアの周りからゆっくりと金色の光が広がり始めた。そして、それに触れた血や肉片たちが少しずつ金色の魔力になって空に昇って行った。神秘的で幻想的。それでいて不思議な寂しさを感じる、そんな光景だった。

 そんなことをしていると、人が集まってくるのは必然で——シェリアが歌い始めてから数分間でアリスとフィルの後ろには多くの商人や豪華な服に身を包んだ人間が集まっていた。

 商人たちは初めて見る光景に興味津々なだけで、それがどんな意味を持つのかまで思考が至っておらず、魔法による結界で防がれていることを不服そうにしている人間が多かった。だからこそ、2人は師匠と目の前の無慈悲に命を奪われた人間たちの為に結界を張り続けていた。

 時間とともに空の色が変わり始め、やがて魔力が光源になっても弔いの歌は続いていた。

 無限にも続きそうな時間が終わり、月明りに照らされたシェリアはゆっくりと立ち上がって観衆の方を向いた。人数は最初の数倍にも膨れ上がっており、あまりの人数に一瞬驚いたような表情を浮かべて、すぐに恥ずかしそうに笑った。


「2人ともありがとう。もう結界は解いていいよ」


シェリアは空に昇る魔力の中心で、静かにそう呟いた。

 群衆を押さえつけていた結界が無くなると、群衆は我先にとシェリアの方にお互いを蹴落とし合いながら走り出した。


「さっきの魔法はなんだったのだ?」

「君は何者なんだ?」

「どうして死体を全て魔力に還元したのか教えてくれ!」

「よかったら私の専属魔法使いに!」


 シェリアの元にたどり着いた人間から好き好きに話し始めた。記者らしき人たちは紙束と筆を持ち、貴族や商人らしき人たちは自己顕示欲を満たすものを見つけた時のような表情で——中には結界で近づけなかったことに強く不満を抱いていた人間もいたようで、アリスとフィルに対して強い口調で怒りの文言や文句をぶちまけている人間もいた。

 シェリアは数分、静かに目を閉じて人間たちの声を聴いていた。自分の中に残しておいた、少しの希望を確かめるために。

 だが、それを裏切ったのは人間だった。


「——黙れ」


 群衆にとっては刹那の出来事——シェリアは一瞬でアリスたちの元に移動し、2人に怒りを向けていた人間たちに対し杖を向けた。それは、その場にいた全員に対する最後の警告だった。


「死者に対する敬意を持たない者は今すぐこの場所から去れ。この場所は今、静かに弔う意志を持った者だけに許された場所だ」


 シェリアの声は、その小さな体には似つかない威圧感を孕んでいた。それでも自分の意思を優先し、シェリアに反論しようとした人間がいた。だが、そんな人間はシェリアに睨まれただけですぐにその場から去っていった。今この場に残ったのは、群衆の少し後ろで立っていた数十人の商人だけだった。

 残った商人たちは、この場所で殺された商人の家族や仲間、あるいは友人だったらしい。全員がシェリアに感謝の言葉を話しており、中には涙を浮かべている者やシェリアを神として崇めようとする者までいた。


「いいよ、当たり前のことをしているだけだから。それより、祈ろうか」


 シェリアの言葉は、優しくて柔らかい色を持っているようにその場所を照らした。暗き夜の祈りは、きっとこの場所で死んだ人間たちに届く。全員がそう、信じて祈った。







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