第45話 ハナブサ町とマーシア町
「なぁ、本当にもう行くのか?」
「うん。私たちにできることは、今はもうなくなっちゃったからね」
農民全員が1つになった次の日、シェリアたちは農民区画を出る準備をしていた。
その様子を見ていたケギンは、少し寂しそうな様子でそう話しかけていた。その後ろで、朝早くから動き始めている農民たちもケギンと同じ表情でシェリアたちを見ていた。
「ちなみに、今日は何をする予定?」
「今日か?今日は荒れてる場所を片っ端から片付けて、家とかを建て直すことができる土台作りから始める予定だな。とはいえ、出だしから飛ばし過ぎるとどこかで倒れる可能性があるからほどほどにするよ。7日以内に終われば良いかなって感じだ」
「良いね。その後は?」
「その後はまず家作りからだな。正直、ここにいる人だけでは不安だから、商業区画にいる人に頼むつもりだ。そんでその後は——」
「そこまで決まっているなら、私から言うことは何もないよ。そうだね……強いて言うなら、私からギルドのフレイザに声をかけておくよ。彼は話が早いから」
「そうか……あぁ、そうだな。そうしてもらえると助かる。今度来た時は、正式に手厚く歓迎するよ」
「うん。楽しみにしている。あ、そうだ——」
そうしてシェリアは、ケギンと2人だけで話をしていた。それから3人で昼頃になるまで農民区画を見て回ってから農民区画を出た。後ろから、農民区画に住んでいる全員が見送っている声を聴きながら。
その後のシェリアたちは、商業区画の様々な人たちに声を掛けられながらギルドに向かい、フレイザに農民区画での出来事を詳細に説明した。フレイザは、最初は驚いていたが、すぐに安堵の表情を浮かべながら「さすがですね」と呟いていた。
「それで、ハナブサ町ってどこにあるの?」
「ハナブサ町、ですか。この名前はユウジ・ナカガワが町長になってから変えられたので、前の名前を言えば師匠ならすぐにわかりますよ」
「へえ。ちなみになんて名前だったの?」
「マーシア町です。聞き覚えありますよね」
「……ありがとう。よく知ってる場所だよ」
マーシア町——その名前を聞いたシェリアの表情は、少し寂しそうだった。
ギルドを後にした3人は、シェリア町からハナブサ町に向かって出発した。その道中、アリスとフィルは無邪気に笑いながら話していたが、その途中でフィルが何かを思い出したかのようにシェリアに話を振った。
「そういえば、ハナブサ町の前の名前ってマーシア町だったんですよね」
「そうだよ。それがどうしたの?」
「それを聞いたシェリアちゃんが悲しそうな顔していたから、何か思い入れのある町だったのかなって」
「思い入れ、かぁ……少しだけ複雑なんだけど、あそこは私が弟子たちと暮らしてた場所の1つなんだよね。というより、今も『町』って名前で残っているのはその場所だよ。だから……自分で言うのは少し恥ずかしいけど、シェリア町も元を辿れば同じだよ。時期が違うだけでさ」
「そうだったの!?それ初めて知ったんだけど!」
「今まで言う機会がなかったし、言うつもりもなかったしね」
「それじゃあ、なんで今教えてくれたんですか?」
「フレイザのせい。それに、私の表情の変化に気づいたフィルに対する敬意の表明。アーシア町って名前は、私の弟子が付けた名前なんだよ。もちろん、シェリア町って名前もね。他にもいくつかあるんだよ」
「じゃあ、シェリアちゃんにとっては大切な名前だったんですね。私も、気持ちわかるかも」
「うん、ありがとう。でも、ハナブサ町に行く目的は名前を取り戻すためじゃないよ。私の目的は、この場所に戻った瞬間から何も変わっていないからね」
シェリアはそう言って笑みを浮かべると、そのまま前に向き直って速度を戻して進み始めた。その足が止まったのは、わずか数メートル進んだ場所だった。
3人が歩いている場所は、商人の馬車も複数台通ることができる広さがあり、周囲にも多くの人間が周りには無頓着な様子で歩き続けていた。通常の認識では、一切の異常が感じられないほどに平穏なその場所——
——その瞬間、何かが走った。
まるで時間が止まったかのように空間を何かが走った。それが魔力だったのか、人間による斬撃だったのかを理解するよりも先に、その一閃上にいた数人が上下に切り裂かれていた。目に見えるだけで被害は10人程だったが、その周りの混乱はそれだけで充分であった。
「……シェリア、今のって」
「次が来るよ。備えて」
シェリアがそう言った瞬間、再度空間を切り裂く一閃が走ろうとして——
「——無法者は君か」
——一閃の途中、ちょうど道の真ん中でシェリアが杖で男の剣を防いだ。追加の被害は、シェリアによって2人に抑えられた。
「へぇ。これを防ぎきる奴がいるとはな」
「本音を言うと初撃で防ぎたかったんだけどね。それで、あなたの目的は何?」
「目的、ねぇ。そんなものはねぇよ。ただ無差別に殺したいだけだ」
「そう。それなら——」
剣を抑えている杖を押し切ろうとする男の眼を見て、シェリアは1つの結論に至った。こいつも、『転移者』であると。そしてさらに、この世界に来てまだ日が浅いのであろうということも。
シェリアが剣を一瞬押し返してから杖を離すと、男は一瞬の硬直の後に再度走り出そうとした。だが、その一瞬の硬直がシェリアの狙いであり、明確な隙になっていた。
男の一閃は、次第に真っ赤な色を帯びていき道の端に激突して先ほど被害にあった人間と同様に2つに分かれた。そんな男に近づき、絶望に染まった表情を見ながら光属性魔法で跡形もなく消し去り、シェリアは一言呟いた。
「——簡単に殺せるよ。君みたいなやつなら」




