第44話 浄化と前進
次の日の朝、農民たちはそれぞれの家で目覚めた。農民たちの最後の記憶は、魔女と名乗る少女の魔力に当てられて気を失ったことだった。
シェリアとケギンが同盟を結んだ後、若者5人で協力して農民たちをそれぞれの家に運び込んだ。
「お~い、起きたか~!起きたやつから外に集まってくれ」
農民区画の中心付近、かつて農民たちの憩いの場となっていた井戸がある広場でケギンが農民たちに呼びかけた。その横に立っているのは、シェリアとアリスとフィル、そしてジェッジ。その4人が、ケギンたち5人と一緒に立っていた。
昨日の状況を知らないのは、気を失っていた農民たちと、アリス、フィル、ジェッジの3人だった。
農民たちは広場にいるシェリアの顔を見た瞬間、顔を逸らしたり近くにいる人と小さな声で話したりしていた。それでもその場から逃げなかったのは、ケギンがその場にいたからだろう。農民たちの間に困惑や不安といった空気が流れ始めた頃、農民全員が集まったことを確認したケギンが口を開いた。
「皆、集まってくれてありがとう。まずは、昨日の計画は失敗した。それについて謝罪したい。本当に申し訳ない」
そう言い、ケギンは大きく頭を下げた。数秒の静寂。その後頭を上げたケギンは、1つ深呼吸を挟んで話し始めた。
「俺たちは、ただこの世界を壊そうと思ってた。それが、世界を変えることになるって考えで。でも、それは違うと教えてもらった。昨日の夜、ここにいるシェリアという魔女に……だから俺は、自分の間違いと過ちを認め、もう一度ここを出発点にしたいと考えている。具体的な行動指針は、魔女さんから提案してもらう予定だ」
その話し方は、人間を引っ張っていく人材の適性があると感じさせるものであった。自分の失敗を素直に認め、次に向けた考えを迷わず選択する。シェリアはそんなケギンの話を、満足げな表情で聞いていた。
「俺の話に異論がある奴は今手を挙げてくれ。この場でわだかまりはすべて解消したい」
「……お前さんじゃなくて横の魔女さんに聞きたいことがある。いいか?」
そう言って手を挙げたのは、農民たちの中でも少し年老いた男性だった。
「いいよ。何?」
「君が本物の魔女であるということは、俺含めこの場の全員が嫌と言うほど理解している。それ故に聞きたい。どうして今、この世界を変えようとしているのかを」
「……この世界に対して私が犯してしまった罪を償うため。今から100年前、私がこの世界にいた頃はここまでの不平等は無かった。地位も物も、そして魔法も。でも、それは私がこの世界から離れた時間で変わってしまっていた。だから、その歪みを正すことが私にとっての償いだと思うし、魔女としての使命だと感じている。これでいい?」
「なるほど……では続けてもう1つ。魔女さんの最終目的はどこなんだ?」
「国王を殺す」
その瞬間、農民たちがどよめいた。質問した初老の男性は、一瞬驚きの表情を浮かべてからすぐに口元の笑みを隠しきれず、少年のような目でシェリアを見つめた。
「あぁ、あなたなら世界を変えてくれるだろうな。ありがとう、この世界を頼んだよ」
「もちろん」
農民たちのどよめきはまだ続いていたが、初老の男性が生み出した空気感はその周りにいた農民たちから少しずつ伝播し始めていた。それでも怪訝そうな表情でシェリアを見ている農民もいたが。
シェリアだけでなくケギン、アリス、ジェッジもそのことに気づいており、全員で同時にシェリアたちに反感を抱いている農民たちの方に向いた。
「……聞こうか。君たちは何が望みだい?」
「ひぅっ……!」
「ちっ……別に良いだろうが」
その農民は6人ほど。全員が男性で、年齢も30から40歳だった。シェリアの問いかけにも反発していて、眼すら合わせようとしていなかった。
アリスは、その集団に心当たりと見覚えがあった。アリスがこの場所に住んでいた頃から、この区画の区画長や環境管理委員会の人たちが何かを提案したり行動を起こすたびに、文句を言い続けたりその場の空気や雰囲気だけを壊すだけ壊していた集団だった。
「おい、異論があるなら何か言えばどうだ?そうやっているだけなら本気で追放するぞ」
「けっ!ただの権力の犬が。追放できるものならやってみろ。俺たちはこれでもこの町に貢献してきたんだぜ?簡単に追放でき——」
薄汚い表情を浮かべた男が、その先の言葉を口にすることはできなかった。
「——もういい。消えて」
雷属性の魔法で男を、区画を繋ぐ道の出入り口付近まで吹き飛ばし、そのまま消し炭にしたアリスは、小さくて冷たい声でそう言い放った。
「お、おい!お前はこの区画の出身だろ!我々への恩を——」
「お前は人間じゃない!追放されるのはお——」
「狂ってる!こいつの行動も止めないおま——」
次から次へと、アリスは声を上げた男を何も話さずに順番に殺していった。最初は強がっていた男たちも、周りの人間が消えていくごとにアリスへの侮辱と捨て台詞を吐き捨てるだけに変わっていった。そして最後の1人になった途端、その人は全てを諦めた声で天を仰ぎながら声を発した。「これが、我々への罰なのですね」と——
・・・
男たちが全員消滅した後、アリスは体に溜め込んだ重たい空気を全て吐き出した。そして現実の理解に周囲が追いついた瞬間、全員が歓喜の声を上げた。
「……もしかしたら、この場所を本当の意味で腐らせてたのはあいつらだったのかもしれないね。お疲れ様、アリス。本当に良く頑張ったね」
「うん……みんな、良かった」
そうして農民の熱気が収まり始めた頃、ケギンがその熱気に薪をくべるように声を上げた。それは、この場所を再生するという強い団結力の証明だった。
「さぁ、これで反論がある奴はいなくなったな。それじゃあ始めようじゃないか!我々による、我々の為の改革を!」
「おー!!」
「よっしやるぞー!」
「うおおおおー!」
「ジェッジも行きなよ。あなたも、仲間でしょ?」
「あ……あぁ。そうだな」
そして、農民区画に住んでいる人間全員の想いが1つになった。
シェリアは、その光景を見て「もうこの場所は自分たちだけで未来に進んでいける」と確信するには十分な熱量を持っていた。後は、シェリアが指針を示すだけ。
「それじゃあ、そんなあなたたちに1つだけ助言——」
そして、シェリアは簡単に農民たちに今後の予定について軽く説明した。その説明を聞く農民たちの姿勢は、正しく前に進もうとしている人間そのものだった。




