第43話 計画と同盟
「よし、あいつらはもういないな」
農民たちの真ん中で、1人の青年が不気味な表情でそう言い放った。
1人の青年——ケギンは、ジェッジの家から離れた場所に農民たちを集めて武器になりうる物を全員に渡していた。ケギンの計画。それはちょうど今日まで入念に練られていた計画で、農民区画の長を殺してそのまま商業区画まで崩壊させようという計画だった。実行日は今日と明日。明日は商業区画とハナブサ町の交流日となっており、町に駐在している衛兵や冒険者、事実上の商業区画の長であるギルド長のフレイザも町を離れる日。ケギンにとっては、反逆するにはこれ以上ない1日だった。そう、魔女たちがいなければ。
「いやはや、まさかこんなにうまく事が運ぶとはな。それで、あの罠は用意できているよな?」
「もちろんだとも。それに、威力は魔女相手に実証済みだ。人間相手なら、町に戻ってきた奴ら全員を殺すことだってできる。さぁ、あいつらが戻ってくる前に始めよう」
ケギンのその言葉に煽られた農民たちが、言葉を発さずに武器を上に持ち上げた。武器は農機具がほとんどで、ケギンと数名の青年は諸刃の剣を持っているという状態だった。
そして農民たちは、一斉に武器を構えてジェッジの家に向かって突進し始めた。あと少しでジェッジの家に向かって武器が振り下ろされる距離となった瞬間、目の前に透明な障壁が現れて攻撃全てを防ぎ切った。
何が起こったのかわからないといった表情の農民たちをよそに、憎ましそうな顔で目の前に立っている魔女を睨みつけていた。
「……随分な歓迎だね。どういうつもりだい?」
シェリアは静かな口調でそう言った。その質問に答える者がその場にいないことを、もうわかっているかのように。
「そう。また君たちは何も答えないんだね。じゃあ——」
シェリアは区画中に響くような音が出るほど杖で地面を叩き、魔力の風を纏いながらその場にいた全員を睨みつけた。声を発する者はいない。意志の強い者は無言で戦うことを選び、意志の弱い者は声を発することさえもできずに戦うことを選ぶしかない状態だった。
「戦おうか。まとめて相手してあげる」
「ちっ!黙って聞いてりゃ舐めやがって……行くぞ!」
その声に応じてシェリアに立ち向かったのは、剣を持った5人だけだった。残りの農民は、農機具を握ったまま立っているだけか、少しずつ後退りするだけだった。
「……結局、こうなるんだね」
シェリアは5人からの攻撃をすべて躱すと、立ち止まったままの農民たちに向かって魔力の風を送った。少しだけ威圧的な風。それだけでも、精神的に限界寸前だった農民たちが気絶するには十分すぎるものだった。
「君たちは勇敢だ。自分たちで考え、自分たちで何かを変えようとした。その行動には敬意を払うよ」
「……何が言いたい」
「私たちがこれからやろうとしていることには、君たちみたいな勇敢な人間が必要不可欠なんだ。協力しないかい?」
「何を言い出すかと思えば……!」
ケギンは、さっき以上に怒りに染まった表情でシェリアに切りかかった。
「俺たちは、俺たちの力で世界を変える!この腐った世界を!何も悪くない俺たちが虐げられ、明日には売られるかもしれないという恐怖と戦わないといけない日々を!」
剣を振り続けながら、ケギンは心の内を吐き出し続けた。この世界、そして世界的に立場が高い人間に対する憎悪や怒りを。シェリアはケギンの攻撃を全て杖で防ぎながら、その全てを受け止めた。
「何の努力もしないで!生まれた境遇だけで勝手に人生が決められるこんなクソみたいな!本当にクソみたいな……!」
「それで、どうやって変えたいの?」
「まずはこの町をぶっ壊す!その為に大っ嫌いなユウジにまで魂を撃って武器と罠を調達して!それで今日、やっと今日……!」
「……」
渾身の一撃を杖で受け止め、そのまま武器を弾き飛ばしたシェリアは、無言でケギンの怒りの視線を受け止めていた。武器を失ってもなお立ち向かおうとしたケギンのこぶしを受け止め、シェリアはそのまま一本背負いのようにして投げ飛ばした。
背中から地面にぶつかり、一瞬呼吸が止まって感情がぐちゃぐちゃになった表情で固まったケギンの顔を覗き込むようにシェリアはしゃがみこんだ。
「いかにも若葉って感じ。その時その瞬間だけで戦っているだけ」
「……お前は、本当に何者で、何が目的だ」
「……私は魔女。原初の魔女。この世界を創った『原初の魔』が1人。そして、私の目的はこの世界の歪みを正すこと。その為にここにいるし、『闇蜂』を滅ぼしたんだ」
「この世界を正す?なら、なんで俺たちの邪魔をすんだよ。目的は同じだろ?」
「さっきも言ったでしょ。その瞬間だけで戦っているだけって。君たちがもし、今日の計画に成功して農民区画も商業区画も制圧してユウジたちも殺せたとして——その先に何があるの?」
「そんなの、王都にいる貴族のやつらもみんなぶっ殺して……」
「その先は?」
シェリアのその質問に、ケギンは答えられなかった。
「そういうところが、私と違うんだよね。でも、そういう何かを変えようとする気持ちは大切だよ。忘れないで」
「……じゃあ、お前はその先を考えられてるってんのかよ」
「もちろん。聞きたい?」
ケギンは体を起こし、シェリアの方に向き直ってから頷いた。もう、戦う意思は完全に失っていた。
「私は、この世界が歪む前の世界に戻す。人間同士の境界だけじゃなく、魔法の境界も無い世界に変える。その為に、私はこの歪みの根源になっている『転移者』をすべて排除する。もちろん、ヒガン・ハスハナもね。私が求めているのは、人間皆が自分らしく振舞える世界。もちろん、その先で衝突もあると思うけど、その度に私たち魔女が間に立つさ。それが私が考えているこの世界の修正案」
「……規模が、ちげぇわ」
「ふふっ。誉め言葉として受け取っておくね。それでどう?協力する気になった?」
「……」
シェリアが伸ばした手を、ケギンは無言で握り返した。その様子を見ていた4人の青年たちも、申し訳なさそうな表情でシェリアに近づき、一緒になって手を重ねた。
同盟の印。魔女と未来を担う若者の、今後長く続く同盟——それが今、結ばれた。




