第42話 呪いと腐敗
それから、農民区画が失ったものを取り戻す日々が始まった。ジェッジが罪の告白をした日、あの後、修復したジェッジの家で夜通しジェッジとシェリア、アリス、フィルの3人で今後の動きについて話し合っていた。その中で国王やユウジという男についての話も出ていたが、襲撃される予兆は無かった。
「——このような動きでよろしいでしょうか?」
「なるほどね。すごいじゃん、君」
一通り話し終わった後、シェリアは満足そうな表情でそう呟いていた。それほどまでに、ジェッジは素直にシェリアたちの話を聞いて自分なりの考えを提示することができていた。
「それなら今日の昼から……いや、明日からにしよう。今日はこの場所を見回る日にしても良いかな。アリスたちもそれでいい?」
「……うん!」
「はい!大丈夫です」
「それで、ジェッジは今日の話を踏まえて必要な動きを整理してもらってもいい?それと、何があっても外に出ないこと。私たちがいるから襲われていないだけで、農民の中には君に強い恨みを持っている人間がいることを忘れないように」
「はい。もちろんです」
「うん。それじゃあ、皆少し休もうか。もう少しで日が昇る時間だしさ」
窓の外、黒い星空が明るみを帯び始めた様子を見ながら、3人全員がため息を吐きながら「賛成」と言った。そして、2つあった空き部屋をアリスとフィルが使用して休むこととなった。シェリアは1人、建物の出入り口に木の椅子を用意して座って本を読んでいた。
空が青くなり始めた頃、シェリアは本越しに農民たちの様子を眺めていた。コルニ村の農民たちはこの時間になるころには、ほとんど全員で農作業に勤しんでいたのだが——
「——長も長なら、農民も農民……か」
いつになっても、外に出てくる農民はいなかった。それどころか、洗濯物をしたり家の掃除をしたりといった生活的な行動も見られなかった。
生物的に生きているだけで、人間的には死んでいる。それが、シェリアがこの数時間で抱いた感想だった。壁の隙間から覗くことができる室内の動きですら、ほとんど見られなかった。シェリアがページをめくる音ですら響くこの場所で、人間の声が一切聞こえないほどの静寂が包み込んでいた。
風景が一切変わらない人間観察と見張りの時間が更に数時間続いた頃、起きてきたアリスとフィルがシェリアに話しかけた。
「あれ?起きてたの?」
「うん。おはようアリス、フィル。ゆっくり休めたかい?」
「おはよう~。ふぁ~あ。まだちょっとだけ眠いかも」
「おはようございます。私は休めました。それで、今日の予定って……」
「まずはアリスの用事を済ませようか。早い方がいいでしょ?」
「えへへ、ありがとう。それで、もうそろそろお昼の時間だけどどうする?昨日もらった麦焼があるけど……」
「うん、いただこうかな。フィルも食べよう。2人とも、隣空いてるからおいで」
シェリアに促されて、少し狭い木の椅子に並んで座った。そのまま3人とも無言で麦焼を食べていると、遠くから1人の瘦せこけた男性が近づいてきた。
「あ、あの……」
「ん?君、どうしたの?」
「……?あ、ケギン!」
「そうだよ!憶えていてくれたんだ……よかったぁ……」
「もちろんだよ!元気には、してなさそうだね。それに、他の人たちも全然出てきてないし」
「それは……アリスが死んだって情報が出てからずっと、こういう生活をしてきたからね。なかなか身にしみ込んだ呪いは消えないよ」
「でも、ケギンは出てきてくれたんだね。ありがとう」
そうやって握手を交わす2人の姿は、あまりにも対極に見えた。
それで何かのしがらみが取れたのか、他の農民たちも1人、また1人と家から出てきて3人のところに集まってきた。その全員がアリスの知り合いで、昨日アリスが現れるまで死んだと認識していたことまで共通していた。
「そろそろ時間も押してるし、今日はこの辺で終わろうか。明日以降、もっとみんなと話したいしね」
「うん、そうだね!みんな、久しぶりに話せてうれしかった。心配、かけちゃったよね。ありがとう。それじゃあ、また明日」
空の色が変わる少し前、アリスたちは農民たちとの会話を切り上げてアリスの目的地——アリスの家があった場所に向かって歩き始めた。農民たちの、表面上の見送りを背中に受けながら。
・・・
「……ここ、だよ」
目的地に着いたアリスは、力なくそう呟いた。
アリスの家があった場所は農民区画の外れの場所で、町を囲んでいる森の近くだった。その場所には黒ずんで崩れた木材の家の残骸が残っていて、その前には白骨化した遺体が遺されていた。その遺体も、半分ほどが土や小石に埋もれていた。
1年前にアリスが見た惨状の景色が、腐敗したこと以外の変化が分からないほどに放置されていた。
「……少し、1人になってもいい?」
「……受け入れられない気持ちもわかるけど——」
「だめ。一緒にいさせて」
シェリアの言葉を遮って、フィルが強い言葉でそう言った。
「アリスちゃん、私たちは仲間なんだよ?だったら、せめて一緒にいさせてよ。背負えないかもしれないけど、近くにいて支えることはできるから」
「フィル……うん、ありがとう…………それじゃあ、一緒にいてくれる?」
そして、近くの木を切って座れるようにしてから3人で横に並んで座った。アリスを真ん中にして。そして静かに、その場所を状況を眺め続けていた。
そんな時間が数十分続いた頃、アリスが震えた声でこの場所での思い出を話し始めた。昔話を話しているアリスは、今までそうであったように次々に想い出が言葉として溢れている感じだったが、その声は次第に震えながら詰まりだしていった。
「……私、私ね……この場所の人たちが大好きだったの。でも……みんな、変わっちゃってた。さっき話してる時も、なんだか別の人たちと話してるかんじがして……辛かった」
アリスは、ついに堪えきれなくなって両手で顔を覆った。
「大好きだったこの場所も…………もう、皆から忘れられてて……お父さんも、お母さんも……この、ままで……」
その先の言葉は、アリスの口から紡がれることがなかった。そんなアリスに優しく寄り添いながら、シェリアはじっとジェッジがいる家の方を見つめていた。空が黒色に変わり始めた頃。もうそろそろ、農民たちが動き始める時間だとシェリアは予測していた。
「ねぇフィル、アリスをお願いしていい?」
「わかりました。気を付けてください」
「ありがとう。行ってくる」
そしてシェリアは、杖を持って走り出した。一直線に、ジェッジの家に向かって——




