第41話 罪の償いと償う権利
「……アリス、なのか?」
今まで下を向いていたジェッジと呼ばれた男は、アリスの声に導かれるようにゆっくりと顔を上げた。
「うん。久しぶりだね、ジェッジおじさん」
「知り合い?」
「知り合いと言うか、父の親友。優しくて、周りの人のことを考えられる……重要な時はいつも逃げちゃう弱い人」
そう話すアリスの表情は、懐かしさと悲しさを孕んでいた。そんなアリスの表情からまた、ジェッジは目を逸らした。
「ジェッジおじさん、今だけはちゃんと向き合おうよ。逃げ続けてきた今までにも、向き合わないといけないこれからにも。ジェッジおじさんにとっては今殺してもらうことが償いだと思ってるかもしれないけど、それじゃあただ逃げているだけだよ。今までと変わらない。変わらない、弱いだけの人のまま死ぬだけ。さっきシェリアも言ってたでしょ?逃げるのは簡単なことだって」
「…………アリスは、私にどうしてほしいんだ」
「しっかり生きて、罪を償って、農民の人たちと向き合って手を取り合ってほしい。ジェッジおじさんにとっては、恐れる対象だったかもしれないけど、みんな必死に生きている良い人たちばかりなんだよ。どんな経緯であっても、せっかく区長になることができたんだから、自分を変えてみようよ。自分を信じて、それでみんなのことも信じようよ。今この場所に『敵』はいないよ。おじさんが勝手に思い込んで決めつけてるだけ」
アリスの言葉は、さっきのシェリアと違う優しさを持っていた。まだ心は未熟で、それでも現実と向き合い続けることを選んだからこその温かい言葉。シェリアがそばで見守っている優しさなら、アリスは寄り添って支える優しさだった。
ジェッジが顔を上げた時、眼に入ったのはかつての幼い少女の面影だった。無邪気で誰にでも笑顔と温かさを振りまいていた少女。ジェッジが初めて、勇気を出してみようと思うきっかけになった少女の面影がそこにあった。
「だから、ここからやり直そうよ。私たちは、そのためにここに来たんだから」
そう言って手を伸ばす少女の輪郭が、少しずつ崩れ始めていた。あの日、初めて勇気を出して1人で行動した時。その勇気をくれたのがアリスだった。その結果は、失敗。そしてそれが、今この瞬間まで続いている個人的な支援と後ろめたさに繋がっているのだった。そしてアリスの家族が殺されたあの日。ジェッジは家の窓から、かつての笑顔が消え、身も心も傷だらけになって暗い表情で歩いているアリスを見ていた。救おうと思った。救おうと思って、その勇気を出すことができなかった。
「こんな、俺でも……こ、こんな…………」
目の前の少女は、ジェッジよりもはるかに若くて幼い。それでも、常に前に進み続ける勇気を持っている。どんなに絶望していても、どんなに苦しい思いをしても。そして、今この瞬間も。アリスは、どんなに重い一歩でも踏み出し続けていた。
「……こんな俺でも……君の手を、取っても良いのか?」
「もちろん。だって、勇気を出すのに理由なんていらないでしょ?必要なのはきっかけだけ。そうでしょ?」
アリスの言葉に背中を押されたかのように、ジェッジはアリスの手を取った。その瞬間アリスに腕を引かれ、倒れそうになりながらジェッジは立ち上がった。
・・・
「……やっと、前を向く気になった?」
「はい。アリスのおかげで……農民の皆には、謝っても謝り切れないほどの罪を犯してしまっているこの身。償いきれるとは到底思っていません。それでもどうか、私に償う機会をくれませんか」
アリスに手を引かれるようにして、ジェッジは農民たちの輪の中心にいるシェリアの前に来た。
「そうだね……まずは——」
シェリアは、帽子の下から真剣なまなざしでジェッジを見つめたまま言葉を止めた。そして、ジェッジの眼の奥の揺らぎを見つけたその瞬間に、ジェッジの頬を平手打ちした。たった1発。それでもその空間にいた全員の人間の表情が変わるには充分だった。
「まずは、罪を清算する準備を始めようか。具体的に、どんな罪を犯したのかを全て吐いてもらうよ。もし話していないことがあった時だけ、周りの人間は発言の申請を許す。だが、攻撃行動や許可のない発言が出た場合は容赦するつもりは無い。発言したい者は手を上げること。わかった?」
シェリアの言葉に、周りの人間たちは恐る恐るといった様子で首を縦に振った。
それを確認し終えると、シェリアはジェッジの前に杖を突きたてて帽子の鍔をグッと上にあげた。その眼差しは真剣なままであったが、表情は柔らかかった。
「……私は——」
そのシェリアの表情を見て、自然に零れ出すようにジェッジは自白を始めた。自白の時間は長く、空が茜色に染まるまで続いた。その間シェリアとアリスは何も話さずに聞き続けていた。同じように、周りで聞いていた農民たちも。
罪を全て告白した後のジェッジに、農民たちは何も言わなかった。それほどまでに、ジェッジの後悔と罪の意識は強く、根深いものだった。それこそ、その場にいなかった家族のことまですべて覚えているほどに。
「それだけ罪の意識があるのであれば、あなたは罪を償う権利があるでしょう。ほら、周りを見てごらん」
全てを吐き出して俯いているジェッジに、シェリアはそう優しく話しかけた。周りでさっきまでとは違う目でジェッジを見ている、農民たちを見渡しながら。




