第37話 世界一の師匠と魔女の仕事
「そうでしたか……まさか、そこまでハスハナが暗躍していたとは」
シェリアからの報告を聞きながら、フレイザはそんな言葉を呟いていた。
魔人との戦闘後、魔人の死体を処理してから3人はシャイル夫妻が待っている屋敷に戻った。夜も深くなっており、屋敷に着いた頃には星がきれいに光り輝いていた。切り株に座ってその星を見ながら、シェリアたちは今日の戦いを振り返っていた。話していた内容は、最初は今日の戦いの反省会と次に活かすための見解の共有だったが、途中から他愛のない想像や妄想の話に変わっていった。ハジメがこの世界でどうやって過ごしてきたのかとか、前いた世界はどんな世界だったのかとか、そんなお話。
シェリアは、次から次へと自分の考えを話していくアリスとフィルを見ながら、母親のような微笑みを向けていた。そして、シェリアもそれに参加して3人で他愛のない時間を共有して楽しんでいた。夜が明け、太陽が全身を地平線から出し切るまで話し続けていた。
そして3人でグスタフとシュリーに状況を説明した。『闇蜂』は全員殺したこと、頭領であるハジメにも勝ったが、殺したのは国王が口止めのためだったこと。そして、アリスの家族を殺す指示を出したのはハジメではなく国王のヒガン・ハスハナだったこと。
その話を受けて2人とも驚きの表情で数秒固まっていたが、シェリアが「この町での安全は私とフレイザが補償する」と伝えたら安堵しきった様子で3人に頭を下げていた。
そして、残党が町に残っていないかを魔力探査で確認した後に、3人そろってグスタフと一緒にギルドに向かった。
その後は、シェリアがフレイザに報告してここまで至る。
「それで、これは確証を持って言えることだけど、魔人の襲撃はハスハナによるものだね。死を間近に感じる戦いがしたかったから、手の内を隠すついでに『波導』だけで倒したんだけど」
「よ、よく無事で帰ってこれましたね……」
「これでも魔王を圧倒する魔女だよ?魔王の下位互換でしかない魔人なんかに後れを取ると思う?それはそれとして、これから先は魔人との戦いももっと増えるだろうね。今回は5体だったけど、どこまでハスハナが魔人を掌握しているかわからない以上無数の魔人と戦うことを想定しないと」
「そ、それはすごい大変そう……だね」
「でも、私たちなら戦えそう!」
「はいはい。さて、これから私は2人を連れてこの町を散策しようと思う。それでフレイザに質問。この町、人間はどれくらいいる?」
シェリアの質問の意図と、これからやろうとしていることを即座に察したフレイザは、笑顔で町の地図と家族の配置、そして全員の職業や今ギルドに送られている依頼や悩み相談等が書かれた紙束をシェリアに渡した。
地図を受け取って中身を確認したシェリアは、地図に書かれた町の名前とフレイザの顔を何度か交互に見てから、町の名前を指さしながら照れくさそうに笑った。
「フレイザ、まさか本当にやるとはね」
「もちろんですよ。あの時約束したじゃないですか」
「ふふっ。約束を守りなさいって教えたのは、私だもんね。でも、こんなに早くやってくれるとは思わなかったよ。私が消えてからやるもんだと」
「そんなわけないでしょう。私は、この景色を師匠に見てほしかったんですから」
シェリアが指さしたその場所、そこには「シェリア町」と書かれていた。
「それに、私の一番大切な弟子が最も尊敬している師匠に付けた名前です。私にとっても大切な名前にならないわけないじゃないですか」
「そっか」
そう言って目を閉じたシェリアの表情は、心なしか喜んでいるようだった。
それからシェリアは、地図と紙束を交互に見比べていた。心の底から、楽しんでいるような表情で。そんな時間が数時間続いた後、「よし」と言いながら紙束と地図を机の上に置いた。
「アリス、フィル。行くよ」
「え?もう覚えたの?」
「もちろん。それじゃあ行こうか。フィルにも、この世界を創った魔女の仕事を見せてあげる」
「3人とも、お気を付けて」
「うん。色々とありがとうね、フレイザ。また会える日まで」
「はい。その時までに強くなっておきますよ。師匠に勝てるくらい」
「生意気言うね。でも、それくらいが頼もしいや」
そう言って笑いながら、シェリアは2人の弟子を連れてフレイザの執務室から出た。
その背中を見送った後、1人になった執務室でフレイザは必死に涙をこらえながら小さく呟くように声を発した。
——お世話になりました。世界一の師匠。
・・・
「魔女の仕事って、具体的に何をするの?」
出発前にシェリアから貰った2人と色違いでお揃いの帽子と、フレイザに貰った黒色のローブに身を包んだフィルは、不思議そうな声色でそう質問した。
「そっか、フィルは見るの初めてだもんね」
「アリスも2回目でしょ」
「うぐぅ!」
「まぁ、フィルも見てたらわかるよ。それに、フィルもアリスと一緒で私がやってることを一緒にやりたくなると思うよ。それじゃあ手始めに——」
シェリアは周囲を見回して、近くにある露店の店主の顔と自分の頭の中の情報を照らし合わせてから一番近くにいた女性に近づいた。その女性は果物や野菜を売っており、帽子を被ったシェリアたちを子供の客だと思ったのか「いらっしゃい。おつかいかな?」と声をかけていた。
「うん、そうだね。おすすめを聞いてもいいかな」
「えっと、今はこの赤鈴が旬で甘くておいしいよ!あとは……」
「……それじゃあ、赤鈴を9個。それと、奥にあるきれいな緑色の野菜も貰おうかな。何か教えてもらってもいいかい?」
「これはその……緑鐘という、私の地元の特産品だよ。ただ、この町ではあまり有名じゃなくて全然売れなくてね。見てわかる通り、こうやって積み上がっちゃってるんだ」
「1つ見せてもらってもいい?」
「もちろん!はい、どうぞ」
シェリアは女性から緑鐘を受け取り、全体を見回してから少し考えるそぶりをしてから大きくうなずいた。
「それじゃあ、これを20個くらいもらおうかな。合計でいくらかな」
そう言ってシェリアは、購入した大量の赤鈴と緑鐘を魔法で収納してからお金を支払った。そして別れ際に「また来るよ」とだけ言い残してそのお店から離れた。
「もしかして、こんな感じで困りごとを解決していくことが、魔女の仕事?」
「うん。でも、まだ彼女の悩みは解決してないよ。本番はここから」
そういうシェリアが向かった先は、露店から少し離れた場所にある酒場だった。
「いらっしゃい。おや?お嬢さんたち、ここはお母さんと来る場所だよ。さぁさ、今日のところは帰りな」
「そう、それは残念だね。でも安心して。私たちは食事に来たわけじゃないから」
そう言うと、怪訝そうな表情で3人を見ている店主をよそに、厨房前の机にさっきの商店で購入した緑鐘を魔法陣から10個ほど置いた。その場にいた4人の中で、シェリアの意図を理解できていないのは店主だけであった。
「……嬢さん只者じゃないな?いったいどういうつもりだ?」
「この野菜を使って、新しい料理を作ってほしい。できそう?」
「この野菜……初めて見たな。なんて野菜だ?」
「緑鐘という野菜。主に外皮を食べる野菜で、ほのかな苦みと甘みが特徴かな。あと、へたから鐘みたいな形で種が付いていることも特徴。これはここから少し離れた村の特産品なんだけど、この町にはあまり流通していないから珍しいものになると思うよ」
「なるほどな。よし、ちょっと待ってろ。俺が美味いもん作ったるからな」
「うん。よろしく」
店主はそう言って、少しうれしそうな表情で緑鐘と食材保管庫を交互に見ていた。
そんな時間を続けること数分。店主が「よし!」と跳ねるような声を発して、緑鐘を厨房の中に入れて調理を始めた。
店主が調理を始めたことを確認して、シェリアは2人と一緒に厨房の前にある椅子に座った。そして、まるで子供のように地面に届いていない足を揺らしながら机に両肘をついて手の上に顎を乗せて厨房を眺めているシェリアを、不思議そうな顔で眺めているフィルとアリスなのであった。
そんな時間が30分ほど続いた頃、料理の味見をした店主が自信満々といった表情で料理を3人の前に運んできた。
「はいお待ち。料理名はそうだな……緑鐘の肉詰めってところかな。食べてみてくれ」
「やった!すごい美味しそう!」
「ありがとうございます!いただきます!」
「うん、私もいただこうかな」
他に誰もいない酒場の中。3人は、料理が出てくるまでずっとつけていた帽子を取って膝にかけた。その瞬間に初めて3人の顔を認識した店主は、驚いた顔で3人を見ながら口から出そうになった言葉を必死に飲み込んでいた。料理人として。そして、2人を良く知る1人の大人として——
料理を食べた3人の感想は、自然と一致した。
そしてシェリアは、料理を味わい終わった後も噛み締めるように目を閉じたまま何度も頷いてから、まっすぐに店主の眼を見て1つの提案をした。
「素晴らしい料理をありがとう。この手腕を見込んで1つ提案があるんだけど、どうかな」
「……あぁ。君の提案なら、何かうまくいきそうな気がするからな。それに——」
店主はそこで言葉を切り、食べているアリスとフィルの顔を見た。その先の言葉は口にしなかったが、店主のほころんだ表情からその胸の内は簡単に察せられた。
「——提案の内容を聞こうじゃないか」
「うん。実はさっきの緑鐘、近くの露店で購入したものなんだ。そこの店主の出身地がその特産地らしくてね。この町の人にも食べて貰いたいという気持ちで仕入れているけど、どうにも受け入れてもらえていないみたいでね」
「それで俺の店で使ってほしいってか。なんだよそれ」
「良い提案でしょ?」
「良い提案過ぎて疑ってんだよ。お前、本当は何者なんだ?何を隠してる」
「何も隠してないよ。でも、そうだね。自己紹介がまだだったね」
シェリアは立ち上がって少し後ろに下がり、膝にかけていた帽子を再度被った。そして振り返ってから柔らかい声色で言葉を紡いだ。
「私はシェリア。始まりの魔女にして、世界の観測者。そして、この世界の創造主である『原初の魔』の1人、原初の魔女さ」
「原初の魔女、ね……どうりで信頼できるわけだ」
そう言うと、店主は厨房から出てシェリアに手を差し出した。
「その提案、受けよう。そして、この町にようこそ来てくださった。魔女様」
「うん。こちらこそ、素敵な料理をありがとう」
その手を、シェリアは迷わずに取った。
そして、小さな魔女と大きな料理人は、お互いに尊敬を表すように満面の笑みを向け合ったのであった。




