第35話 才能と感謝
確かな手ごたえを感じたまま、アリスは杖を支えにしてゆっくりと立ち上がった。
アリスにとって、初めての命がけの戦い。先に一歩間違えた方が死ぬ戦いに勝ったことに気づくまで、アリスは放心状態でさっきまでハジメがいた場所を見ていた。
「——お疲れ」
「え?あ……」
「どうだった?初めての『転移者』との戦いは?」
「……なんだか、まだ終わってない気がして……まだ続いてたりしませんよね?」
「う~ん、そうだね」
シェリアはそこで言葉を切り、座り込んだままのアリスの目の前に立って横蹴りを一閃した。その瞬間、急に実態を現したハジメの顔に直撃した。
ハジメは、最後の一撃すら叶わなかったことに気づかないまま、シェリアの蹴りで近くの地面に倒れた。それでも起き上がろうとしたハジメの手を蹴って短剣を落とさせた後、うつ伏せ状態にして背中を足で踏んで後頭部に杖の先端を突きつけた。
「少し前に私が言ったこと。アリスは憶えてる?」
「……どれのこと?」
「人間には欲望があって、その中でも才能がある人間が集まった集団に殺されかけたことがあるって話」
「……うん。憶えてる」
「その集団が持ってた才能が、『最後まで諦めない才能』だよ。今のこいつみたいに。見なよ。今こんな状態になっても、必死に次の手を探してる」
シェリアに言われて、アリスはハジメの方を見た。完全に押さえつけられ、肉体は欠損していないことが不思議なほどに損傷している。それでもなお、ハジメの眼はまっすぐにシェリアとアリスに憎しみと怒りを向けていた。
「なんでまぁ、『転移者』どもはこうも諦めが悪い輩ばっかなんだろうね。それはいいや。おいお前、私の質問に答えろ。お前の召喚者は誰だ」
「……誰が、お前なんかに……」
「もう一度言う。死にたくないなら答えろ。お前の召喚者は誰だ」
「…………どうせ答えようが答えまいが殺すんだろ?それに、お前はもう知ってるんじゃねぇのか」
「だいたいの当てはある。けど確定情報じゃない」
「そういう慎重すぎるところ、お前も所詮はこの世界の人間って感じがするな」
ハジメは、少し安堵した笑みを浮かべながらそう言った。
アリスは少しむっとした表情を浮かべたが、シェリアは少しほぐれた笑みを浮かべていた。
「だって私、この世界の創造主だからね」
「なんだ……結局、俺はとんでもねぇもん相手にしてたんじゃねぇか」
「そういうこと。それは、あなたと同じ転移者の人たちも同じ運命を辿ることになるだろうね」
「そうかよ。まぁ、今の俺には関係のない話だ。正直、他の異世界転移者なんてどんな奴がいるのかすら知らねぇ。だが、俺みたいに馬鹿な奴は少ないだろうよ」
「そう自分を卑下するものでもないさ。さて、私から聞きたいことはほとんど終わったよ」
「そうか。ならさっさと——」
「……私が聞きたいこと、まだ終わってない」
そう言ったアリスの声は、まるで重々しい扉を開いた時のような雰囲気を孕んでいた。怒り、後悔、恐怖、絶望、そして強い復讐心。その全てを、アリスは理性と微かな希望で抑え込んでいた。
「どうして、私の家族を殺したんですか。それも、あんなにひどい形で……」
「……」
ハジメは、絞り出すように話したアリスの顔をじっと見ながらその言葉を受け止めていた。沈黙が流れること数分。ハジメは溜息を1つ吐いてから、ゆっくりと話し始めた。
「信じてもらえねぇかもしれねぇが、あれを指示したのは俺じゃない。だが、やったのは俺たち『闇蜂』だ。その罪は今の今でも覚えてるよ。それに……もともと俺は、人殺しはやりたくなかったんだ。俺はまだ、前の世界の感覚が抜けてない馬鹿だからさ」
「……それじゃあ、だれの指示で——」
「ヒガン・ハスハナ」
アリスはその言葉を聞いた瞬間、抑えていた怒りが魔力となって漏れ出し始めた。
「アリス、出てるよ」
「——あっ……」
「ほんと、実力は創造主様と同じくらいっぽいが、精神的にはまだまだ未熟なんだな」
「あ~あ、言われちゃった。それはそれとして、私も気になるかな。ヒガン・ハスハナに指示されたってどういうこと?」
ハジメは、その質問を受けて「逃げずに話すから座らせてくれ」とシェリアに話した。少し考え、シェリアは杖をしまってハジメの上から外れた。そして近くの棺桶に腰を下ろし、隣にフィルとアリスを呼んで話を聞くように声をかけた。
その様子を見て苦笑いを浮かべながら、ハジメは地面に胡坐をかいて呼吸を整えていた。
「ほんと、俺がお前らを騙して逃げようとしたらどうするつもりだったんだよ」
「そうなったら私たちの代わりにヒガン・ハスハナがあなたを殺すでしょう?」
「はっ……なんでもお見通しってことか。お前、最初から勝てるとわかってここに来たんだろ。それで……いや、そもそもこうなるところまで全て見えてたってことか」
「そこまで万能じゃないよ。でも、君の力の対策法はこの場所を見つけた時からだいたい考え付いてはいたよ。さて、時間もないだろうしさっさと話してよ。知ってること全部教えてね」
「はいはい……と言っても、俺が話せることはあまり多くねぇ」
そう言って、ハジメは話し始めた。
「まずはそこの嬢ちゃん、本当にすまないことをした。誰の指示であっても、お前の家族を殺したのは俺だ。どう償えばいいのかすらわからない。本当にすまなかった」
「……もういいです。もう、帰ってきませんから」
「……そうか。それで、ヒガン・ハスハナに指示された理由だったな。俺が聞いたのは、『農民の町にあるフォーミア一家を殺せ』ということと、『娘は危険だ。アリスと名乗る少女を見つけたら殺せ』という2つの指示だけだ。理由を聞いたが、何も教えてくれなかった。ただ、『指示に従え』と言われただけだった。それまで俺は、ただ能力を使って人から物を盗んで生計を立てていただけだった。ちょっとこれは自分語りになっちまうが、俺は昔から義賊ってもんに憧れててな。物を盗んでは貧困な民に分け与えていたんだ。それもあってか、俺を慕ってくれる部下は多くいた」
「それだとしたら、余計にわからないね。どうして、ヒガン・ハスハナの指示に従ったの?」
「従ったのは俺じゃない。俺の部下どもだ。気をつけろ?ヒガン・ハスハナは、目的のためなら手段を選ばない。俺の部下は、脅された。そして教えられたんだ。殺した痕跡を魔物の痕跡にして隠蔽する方法を。そして、人を殺す楽しさをな。それからはもう俺には止められなかった。その結果、俺の仲間たちは次々に殺されていったよ。そのせいでヒガン・ハスハナに『もっと仲間を増やせ』と命令が飛んできたが……」
そこでハジメは言葉を切り、少し上を見ながら諦めたような溜息をついた。制限時間が来た。それを3人が察するまで時間はかからなかった。
立ち上がり、警戒した姿勢を取る2人を制止、シェリアは3人を囲う結界魔法を張った。その直後、ハジメの体の中から不自然な魔力があふれ出し始めた。特定条件下での未発動する闇属性魔法。この魔法はシェリアだけがしている魔法だった。
「最後に言わせてくれ」
溢れ出す粘度の高い魔力に呑まれながら、ハジメは絞り出すかのように言葉を発した。その先の言葉は魔力に呑まれていたせいで音になることはなかったが、ハジメの最後の表情と口の動きで3人には伝わった。
目の前でハジメを飲み込んだ魔力は、一瞬で縮小し、空間を埋め尽くすほどに拡散した。それに飲み込まれた死体が全て消滅したことから、聞いた存在全てを消すために仕掛けられた魔法だということが容易に分かった。
3人以外の全ての生命が消滅した空間。そこでシェリアはハジメの最期を思い返しながら結界を消した。
戦いは終わった。凶悪犯罪者だと思っていたハジメは最期、事実上自分を殺した相手3人に笑いながら『ありがとう』と話した。
沈黙は、長かった。




