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第34話 未熟と油断

 どうして攻撃が防がれたのか——ハジメの脳内は、そのことだけでいっぱいになっていた。認識阻害能力を使った完全なる奇襲。攻撃を仕掛けた2人の少女どころか、ハジメと魔力が繋がっている『闇蜂』の構成員すら気づいていなかった。そのせいで数歩余計に移動したが、眼を閉じて立っていた少女がその瞬間で気づいて防ぐことは不可能なほどに誤差の範囲だった。

 ハジメは、戦闘の輪から離れた場所で次々に倒れていく構成員を見ながら考え続けていた。その結果、1つの結論にたどり着いた。そして再度、背中側の防御意識の低い同じ少女を狙って1歩を踏み出した瞬間にハジメは気づいた。

 シェリアの眼が、まっすぐハジメを捉えていることに。


「へぇ、止まれるんだね。その冷静さだけは評価してあげる」

「……お前、なんで俺が見えてる」


 シェリアは、周囲で繰り広げられている戦闘を意に介さず、まっすぐに認識阻害状態のハジメを見なが

ら話しかけた。杖を構えていない、特殊な魔法を使った痕跡もない。そもそも、戦闘が始まってからの動きは空間を光属性魔法で明るくし、ハジメの奇襲を防いだだけ。今まで認識阻害能力に頼った戦いしか経験してこなかったハジメには、どれだけ考えても目の前の化け物との戦い方がわからなかった。


「戦闘中に教えると思う?それも踏まえて抗ってみてよ」

「クソが!」


 それだけ吐き捨てて、ハジメは再度認識阻害能力を使ってから走り出した。簡単に見つけられないよう、多くの人間の間を縫いながら。そして数分後にシェリアの横から飛び掛かり、右の二の腕目掛けて短剣を刺そうとした。が、それも防がれた。

 防がれた瞬間、シェリアが魔法を撃つ準備をしていることに気づき、ハジメはシェリアから距離を取って走り出した。

 どうすればいい。走りながらそれを考え始めた時、ハジメの目の前に『闇蜂』構成員の死体が飛んできた。ハジメがその場で立ち止まって戦闘中の構成員に目を向けると、半分以下になった構成員とその中心で楽しそうに戦っている2人の少女の姿が見えた。実力差は圧倒的で、これは今まで行ってきた悪事の制裁が時を越えてきたのだと実感するには十分すぎる状況だった。


「フィル大丈夫?まだ行けそう?」

「うん!まだまだ行けるよ!」

「それじゃあ、このまま行くよ!」

「2人とも、調子よさそうだね。でも、ちゃんと止めは刺すんだよ。無駄に苦しんじゃうからさ」

「シェリアって、時々残酷なことさらっと言うよね」


 独り善がりの罵詈雑言や悪態ばかりが飛び交っている『闇蜂』構成員とは裏腹に、お互いに声を掛け合いながら明るい雰囲気で戦っているシェリアたち。闇と光。闇の中に生きる『闇蜂』にとっては本望——と言いたい状態だが、ハジメはこの状況ですら吐き気がするほど絶望していた。

 シェリアは、何かを見るように目線を動かしてから残念そうな溜息をついた。そして、杖を魔力の粒子に変えて近くにあった石に腰掛けた。表面的に続いているこの戦いはもう、決着がついていた。


「ちょっとシェリア?!今戦闘中だよ!ハジメってやつ殺さなくてもいいの?」

「うん。この戦い、私はもう戦う意味がなくなったからね。だからハジメは、アリスが倒しなよ。敵討ちの場、あげるから」

「……今は許すけど、帰ったら仕返しするからね」

「いいよ。それと、自分の身は自分で守るから気にしないでね。あと、アリスには1つだけ助言。認識阻害の攻略法は、自然の魔力を読むこと。それさえつかめたら、アリスにも同じことができるよ」

「……なんだ、そんなことだったんだね」


 シェリアの言葉に、アリスは何かを掴んだような表情でそう答えた。残り15人ほどの『闇蜂』構成員は、今はもう自分たちの頭領のハジメがこの状況をどうにかしてくれることを期待するような動きになっていた。ただ自分の死を遅延する為だけにアリスとフィルを攻撃しているだけの、諦めた人間の動きだった。

 アリスは、機械的に残った構成員を殺しながらシェリアの助言に従って自然の魔力を読み始めた。今この空間で、自然の魔力が異質な反応を示すのは3人。原初の魔女であるシェリアとその魔力を継ぐアリス、そして『転移者』のハジメ。そしてこの中で2人が知らない反応は『転移者』のハジメだけであるため、自然の魔力を読み始めた時点でハジメの能力はほとんど無効化されているようなものだった。

 最後の構成員が死んだ後、アリスはその死体を立ち止まったままのハジメの足元に投げてから何もないはずの空間を睨みつけながら静かな声で話しかけた。


「そろそろ出てきなよ。お前の仲間はみんな死んだんだ。残ったのはもう、お前だけだよ」

「……お前は、まだ未熟なんだな」

「そうだね……私はまだまだシェリアには及ばない。だからこそ——」


 アリスは杖の先を、認識阻害を解いて姿を見せたハジメに向けて言い放った。


「——私は、お前を殺す」

「そうかよ」


 ハジメはそれだけ言い捨てると、短剣を前に構えながら蛇行してアリスに向かって走り出した。走る軌道は不規則で、ハジメとアリスの間にある死体を避けながら走っているせいで速度ですら不安定。それ故に攻撃先が予想できない状態だった。

 アリスに支援魔法をかけようとしていたフィルを、シェリアは魔力の壁で制止した。そして、シェリアは自分の横に座るようフィルに手招きをした。


「……いいんですか?」

「うん。見てたらわかるよ」


 2人の目の前では、ハジメとアリスによる近接戦が行われていた。魔法使いにとって、相手の近接攻撃が当たる間合いまで近づかれたら事実上の負けを意味する。だが、ハジメの攻撃をさばき続けているアリスの表情はただ楽しんでいるように見えた。

 アリスがシェリアから近接戦や回避を学び始めて1週間ほどしか経っておらず、シェリアほどの身のこなしはできていなかった。だが、それはハジメも同じだった。

 認識阻害の能力。この世界の人間相手には一切看破されることなく、一方的に戦うことができる能力。だが、それは無力化された瞬間に本人の力量勝負になる。ハジメだけでなく、今までシェリアが戦ってきた『転移者』の力量は、この世界に存在するどの人間よりも低かった。それでも——


「——やっぱり、諦めない心だけは勝てないなぁ」


 それでも、シェリアを一度死の寸前まで追い詰めたのは『転移者』だった。だから、この戦いは相手が死ぬその瞬間まで油断してはいけないのだ。

 そのことを、アリスはハジメと戦いながら実感していた。目の前で必死に短剣を振っているのは、能力を無力化されて近接戦闘しかできないハジメ。そしてその眼には、強い感情が宿っていた。だからアリスは、無意味に反撃しなかった。

 アリスは、魔法を撃ちながら動くまで一瞬の時間が空いてしまう。それは体術と魔法を別々に修行したことによる代償で、アリスが今乗り越えなければいけない壁だった。

 今なら撃てる。だけど、それじゃあ負ける可能性が消えていない。それをひたすら考えながら、アリスはハジメの動きを観察し続けていた。短剣の軌道は直線的。動きも後ろに下がっているアリスと距離を縮めるだけ。反撃に対する意識はなく、同じ空間で戦いを見ている2人のことは考えられていない。その反面、一切諦めていない。自分が死んでもアリスだけは絶対に殺すといった強い意志が、攻撃に宿っていた。

 均衡状態。このままどちらかの体力が尽きるまで戦うことも1つの戦術だが、それは今この状況では最善とは言えなかった。だからアリスは、必死に考え続けていた。この均衡状態の突破口を。

 均衡状態が続くこと数分。ついにアリスが動いた。

 アリスは、短剣を横向きに振ったハジメの攻撃をしゃがんで避けた。その瞬間、ハジメが勝ち誇った顔でアリスの頭上で短剣の向きを変えてアリスの頭目掛けて突き刺そうとした。


「ここっ!」


 ハジメにとっては相手が見せた一瞬の隙を狙った攻撃。だが、人間が一番油断する瞬間を知っているのもハジメだった。ハジメは、短剣を振り下ろす瞬間のアリスの表情を見て、察した。俺はこの攻撃を誘われたのだと。実力さえあれば、このままもう一度切り返してアリスの首を切ることができただろうが、残念ながらハジメにそれができる技量はなかった。

 目の前で展開され始めたアリスの魔法陣を見ながら、ハジメは一瞬だけ今までの人生を思った。この世界に召喚されてから数十年。国王の援護と認識阻害の()()()能力で今まで好き放題してきたけど、ついに裁かれる時が来たんだな。そう思った瞬間、ハジメの世界は真っ白な光に包まれて意識は一瞬で遠い世界まで飛び去って行った。






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