第33話 面影と弱点
「2人とも、準備は良い?」
「うん。ばっちり」
「同じくです」
空が茜色に染まり始めた頃、ギルドの入り口に立ったシェリアが2人の弟子に話しかけた。
これから起こるのは、夜の戦い。アリスとフィルのとっては初めてとなる、『転移者』との命の危険がある戦い。その戦いを前にして、2人の表情は明るかった。シェリアは、そんな2人を見て口角を上げて頷いた。シェリアの心配事は、もう無くなったのだから。
「みんな、ご武運を」
「なぁに辛気臭いこと言ってるのさ」
3人とは裏腹に、不安そうな表情で送り出そうとしたフレイザの額を、シェリアは指先でつついた。
「そこはギルド長らしく、胸張って『いってらっしゃい』でいいの」
「……ほんと、師匠は変わりませんね」
「ううん、変わったよ。フレイザならわかるでしょ?」
そう言って嬉しそうに笑うシェリアを見て、フレイザは過去の魔女の面影と今のシェリアの姿を重ねていた。シェリアにのぞき込まれるように見られながら考えること数秒、フレイザは何となくシェリアが何を言おうとしているのかを察することができた。
フレイザは3人の顔を順番に見た後、溜息を1つついてから明るい顔でこぶしを前に突き出した。
「絶対勝って帰ってきて。行ってらっしゃい!」
「「行ってきます!」」
「うん、行ってくる」
1人1人、フレイザとこぶしを合わせてからギルドから戦場に向けて出発した。
その3人の背中を追いながら、手を小さく振った。同級生の中だと一番小柄なフィルが、3人の中で一番大きな少女であることがあまりにも不自然で、思わずフレイザは突き出したこぶしを見た。フィル、アリス、シェリア。全員の手が小さくて、握ったら壊れてしまいそうなほどに繊細だった。それでも——
——フィルは学園を退学後、フレイザとの日々を通じて精神的にも実力的にも魔法使いとしても著しい成長を遂げていた。その最後の一歩を後押ししたのがシェリアだとしても、フレイザにとって誇れる弟子の1人だった。
——アリスは、学園に送り出したころよりも果てしなく強い魔法使い——いや、魔女と遜色ない次元に達していた。『原初の魔女』の後継者としての意識と自信も、フレイザから見ても明確なものになっていた。
そしてシェリアは——
「——師匠は、あの小さな背中と掌にこの世界を乗せているんだもんね……それに今もずっと、人間や世界を救い続けてる」
シェリアは最初の作戦会議の時、フレイザに「どうして師匠はそこまで本気で世界を救いおうとしているんですか」と質問された時に、「100年見捨てたことの罪滅ぼし」と即答していた。
そんなことを思い返しながら、フレイザはもう見えなくなったシェリアの背中に話しかけるように呟いた。
「師匠……師匠が見捨てたと話した100年は、人間が成長するために必要な時間でしたよ。だから、罪滅ぼしをするのは我々人間の方です」
・・・
空が黒色に染まり始め、周囲の人間がほとんどいなくなった頃、3人は一般的な構造の宿舎の前に立っていた。出入口は他の宿舎と同じく道路に面しているが、シェリアが探している出入口はそこではなかった。
「……本当に、この場所に」
「うん。行くよ」
シェリアは建物の全体を見回した後、迷わず建物の間の細道に入っていった。アリスとフィルもそれに続いた。3人の目的の出入り口は、すぐに見つけることができた。
建物の横に、不自然な魔力で隠された入り口があった。隠され方は自然、使われている魔力が不自然。それが、シェリアが目の前の扉に抱いた印象だった。
「——さぁ、始めようか!」
シェリアは手のひらを扉にかざし、そう言うと同時に無属性魔力で扉を無音で吹き飛ばした。それと同時にアリスが魔力探知を使用して中の動きを確認したが、動きがある様子はなかった。
「……動きはないね」
「気づくことができていないのか、あるいは想定済みか。どちらにしても、一歩踏み入れた瞬間に戦いは始まるからね」
「はい。大丈夫です」
「ふふっ、頼もしい弟子たちだね。常に魔法を撃てるように構えててね。行こうか」
そうして3人は、シェリアを先頭に扉の先にある階段を下り始めた。
音の無い空間。フィルは、自分の心臓の鼓動が響いているような錯覚に襲われながら2人の後ろを歩いていた。3人の中に会話はなく、少し大きな帽子を被った2人の魔女の表情や今抱いている感情を、フィルは読み取ることができなかった。
階段が残り5段ほどになった時、急にシェリアが立ち止まった。
その刹那、シェリアの目の前を圧縮された闇属性の魔法が切り裂いた。
「——へぇ、これを見切るんだ」
魔法の先、広い空間の奥から若い男性の声が聞こえた。声の主は歩いて3人に近づき、薄暗闇の中でもはっきりとわかるような不愉快な笑みを浮かべながら3人に話しかけた。
「初めましてお嬢さんたち。俺は『闇蜂』のリーダーをしているハジメ・キリカワだ。ここは関係者以外立ち入り禁止なんだけど、どのような用件で来たのかな?遊びで来たのなら帰る時間くらいはあげるよ」
「そう。ご丁寧にどうも。要件は——」
シェリアはそこで言葉を区切り、杖を取り出しながらハジメ・キリカワの目の前に突き出した。お互い表情は変わっていないが、一触即発の状態であることはその場にいた全員が理解していた。
「これで十分。でしょ?」
「あぁ。そうだね」
そうして、奥にいた魔法使いや暗器使いが武器を構え始め、アリスとフィルもいつでも動くことができるように再度杖を構えた。
開戦の合図は、シェリアの魔法だった。
「『光の世界』」
「うおっと……詠唱無しで撃てるのかよ。ほんと、なんでもありなんだな。魔法だけは」
至近距離で撃たれた魔法を紙一重で躱した後、ハジメは少しの焦りと自分が勝つという自信に満ちた表情で3人の目の前から消えた。その直後、シェリアの魔法が天井付近で破裂して空間内を照らした。それでもハジメの姿は見えなかったが、奥の暗闇に潜んでいた『闇蜂』の構成員が全員姿を現した。深くフードを被っているせいで表情は見えないが、ほとんどの人間が動揺しているような動きを見せていた。
アリスとフィルは、迷わず構成員に向かって駆け出した。数は50程度。そのうち魔法使いは30人ほどで、魔法の準備がまだできていない状態だった。
構成員と弟子たちの戦闘が始まったことを確認してから、シェリアは改めて自分の周囲を見回した。ハジメは未だに動きが見えず、どこにいるかが『絶戴顕界』によってわからなくなっていた。
「……認識阻害の『絶戴顕界』ってところか」
「その、『ぜったいなんとか』ってのが何かわかんないけど、俺の能力は認識阻害で正解さ。まぁ、わかったところで意味はないんだけどね!」
「そう……」
ハジメの返答を聞き、シェリアは全身を脱力させて目を閉じた。
諦めた。『闇蜂』の人間がそう確信するのに時間はかからなかった。それは、ハジメも同様であった。ハジメは目を閉じているシェリアを無視して、構成員に囲まれて戦闘中のアリスとフィルの方に向かった。そして、フィルの背中をとらえて黒い短剣で切りつけようとした時、シェリアが動いた。
「……安易だね」
ハジメの攻撃は、間に入ったシェリアの杖によって阻まれた。
杖と短剣がぶつかった瞬間、ハジメの実体が目視できるようになった。驚きと微かな怒りに顔を歪ませながら再度認識阻害の闇に消えていった。
「あ、ありがとうございます」
「弟子の背中を守るのは師匠の役目。それに、良い弱点見つけたからね」
シェリアは、不敵な笑みを浮かべながら杖を地面に突き立てた。
戦いはまだ、始まったばかりだ。




