第32話 説教と復讐
『闇蜂』の本拠地を探し出した後、3人は一度フレイザがいるギルドに向かった。
3人がギルドに着いた時、不自然にギルドの扉が半開きになっていた。抉じ開けられた跡。それなのにギルドが纏っているのは不気味なほどの静寂だった。
「……入ろうか」
「大丈夫、ですかね」
「まぁ、中にいるのは師匠だし」
「だからといって油断しないでね。行くよ」
シェリアの合図で、3人がゆっくりとギルドの中に入った。
人の気配はない。そのうえ、真っ暗で中の状態がどうなっているかわからない。そんな状況が数秒続いた瞬間、ギルドの奥に光属性の魔法陣が生成された。
「……あの馬鹿」
魔法が放たれるまでの時間は1秒。それまでに、闇属性以外の属性で同等以上の威力を持つ魔法を撃ち出さなければ3人まとめて消されてしまうような、絶望的な状況。
シェリアは冷静だった。
結界魔法を3重に重ねて2人を守りながら、シェリアは魔法に向かって急加速で突撃した。それでも間に合うわけもなく、フレイザの『聖なる光聖』の光が空間を埋め尽くした。そうしてその場所に残されたのは、真っ暗闇の中で結界に守られたアリスとフィルの2人。そして——
「——お前、本気で死にたいってんなら今すぐかかってこいよ。覚悟はできてんだろうな」
眼に鋭い怒りを乗せたシェリアが、フレイザの首根っこを後ろから掴んでいた。
その瞬間にフレイザは悟った。「やばい、師匠これ本気で怒っているやつだ」と。この状況になったフレイザにできることは1つしかなかった。
「す、すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!」
ギルドの中に、フレイザの情けない謝罪の叫び声が響き渡った。それからの時間は、シェリアによる長いお説教の時間だった。
その間、フレイザはずっと正座したまま借りてきた猫のように縮こまって震え続けていた。その様子を見ていて不憫に思った2人がシェリアに声をかけようとしたが、全てシェリアによって制止されていた。フレイザはどんどん縮こまっていき、空の黒が薄くなり始めた頃には小柄女性の3人よりも圧倒的に小さくなったように見え始めていた。
そんな時間が完全に日が昇るまで続き、その頃にはフレイザは完全に泣き崩れてしまっていた。そんなフレイザを見て、シェリアは1つため息を吐いてから吐き捨てるように説教を締めた。
「これに懲りたら、2度と相手の顔を確認せずに魔法を撃たないこと。以上」
シェリアの説教の内容を要約すると——まずは相手の顔を確認せずに魔法を撃たないこと、たとえそれが殺人集団だとしても一般人相手に魔法名乗りの短縮を使用しないこと、そして何より、自分の師匠と弟子の魔力を確認せずに攻撃したこと。その全てを咎める内容であった。
合計5時間に及ぶお説教の後、シェリアはやっと本題をフレイザに切り出した。
「さて、そろそろ本題に行こうか。私たちがこの場所に来た理由は、フレイザにこの場所を拠点として提供してもらいたかったから。この場所は、本当にいい場所だからね」
「……なるほど、わかりました。ちなみに、どれくらい使う予定なんです?」
「長くて2日。それだけあれば十分」
「……さすがですね」
「それじゃあ、奥の部屋借りるね。作戦の確認と……フィルたちの休憩場所に使いたくてね」
「それもそうですね」
2人は、シェリアの説教中に近くで眠ってしまったフィルとアリスを優しく見ながらそう話した。
それから、眠っている2人を奥の部屋までそっと運び、シェリアとフレイザそれぞれの時間に戻った。フレイザはギルドの事務仕事、シェリアは2人を見守りながら古文書を読む時間を過ごし始めた。
静かで、平和な時間。
作戦を始める前の、幸せな休息の時間だった。
・・・
「……んぅ……あれ?」
「ん?目が覚めたみたいだね。おはよう」
「あ、おはよう……ございます。んっ……ふぅ」
「あ、まだ休んでていいよ。アリスもまだ寝てるしね」
シェリアはそう言うと、口に人差し指を当てながらアリスが寝ている椅子の方に顔を向けた。シェリアにつられて、フィルも眠っているアリスの方を向いた。
そうして2人で眺めること数分。おもむろに部屋の扉が開かれ、慌てた様子でフレイザが入ってきた。
「すみません!ちょっと話が——」
「——しーっ」
「あ……すみません。それで、話したいことがあるのですがよろしいですか?」
「いいよ。何?」
「先ほど、『闇蜂』による犯行と思われる殺人事件が発生しました。被害者は2人の冒険者で、どちらも男でした。場所は森の中で、2人とも闇属性魔法による惨殺でした。さらに、魔物による事件に見せかけられていました。事件の形式としては、アリスの家族が殺された事件とおな——」
「……今、なんて言いましたか?」
フレイザの言葉の途中、アリスの声がそれを遮った。
「師匠、もう一度聞きます。今なんて言いましたか?」
アリスは飛び起きて、まっすぐフレイザの眼を見ながらそう言った。怒り、混乱、恐怖。アリスの声には、強い感情が宿っていた。
「……アリスの家族を惨殺したのは、『闇蜂』です。そして、今回の惨殺事件の犯人も。どちらの事件も、魔物の魔力に偽装されていましたが……私が『闇蜂』を危険な集団であると認識した要因です。そして、ギルドにて注意喚起を始めました。それ以降は集団規模は減少している様子です」
「……『闇蜂』が、私の家族を殺したんですね」
アリスは、震える声でそう繰り返した。その眼に宿る感情は、「復讐を遂げる」という強い怒りだけだった。シェリアとフィルは、そんなアリスの隣にそっと寄り添った。
2人に手を握られ、アリスの感情の波は少しずつ穏やかになった。それを確認してから、シェリアは強く頷いた。
「それじゃあ、こちらも動くとしようか。2人とも、今更怖気づいたなんて言わないよね?」
「もちろん」
「はい!私も、両親が脅されていたのも、アリスちゃんの家族のことも本気で怒っているので」
「うん、いいね。その気持ちと覚悟を大切にね」
2人の返事を聞いて、満足そうに笑った。
「それじゃあ、突撃は日の入りと同時。このギルドにはグスタフ達がいる家と同じ結界を張ってあるから、それまでは各々この場所で休むこと。以上」
シェリアはそう言うと、また古文書を読み始めた。アリスとフィルは「はーい」と返事をしてから、2人で椅子に座って他愛のないお話を楽しみ始めていた。
そんなアリスの様子を見て、フレイザは思わず苦笑いを浮かべていた。自分の師匠と、似てきた弟子を見ながら。




