第30話 闇と反撃
「——そうか。またやられたのか」
町の宿泊施設が立ち並んでいる区画。そこにある変哲のない建物の地下にて、1人の男が不愉快そうな表情でつぶやいた。
『闇蜂』の頭領であるハジメ・キリカワは、手に持った報告書を破り捨てながらその場にいた手下を見回した。手下から不思議な魔力反応の人間がいると報告があり、その人間を始末するように命令してから数日。その間に10人以上の手下が殺された。ここまでの損失は『闇蜂』創立以来初のことであり、これ以上の損失は今後に響く可能性があった。
「……少し様子を見るぞ。あいつは異常だ」
「異常、ですか?」
「あぁ。あいつは俺や国王たちと同種……いや、違うな。俺たちとは別の次元で異常な存在だ。一度関わってしまったのは俺の責任だが、もしかしたら遅かれ早かれ戦うことになっていた存在かもしれないな」
ハジメ・キリカワは、玉座に似せられた棺桶から立ち上がってその場にいた手下全員を見回した。この町にいた『闇蜂』の人員全員が集まっていたが、人数は1年前の半分になっていた。それまでは新規で入る人員もいたが、フォーミア家惨殺後は誰も新規で入ってこなくなった。それどころか、フレイザからの監視の目も厳しくなり、そのせいで国王からの支援もあまり期待できない状況になっていた。
「少しだけ闇に潜むとしようじゃないか。我々は、闇の中で生きているんだから」
ハジメ・キリカワの眼はまっすぐ、前を見ていた。欲望に濁った、黒い目で。
・・・
シャイル宅の食卓。そこにシェリアが広げたのは町の地図だった。その地図には多くの赤丸が付けられていて、そのうちのいくつかはは矢印でつながれていた。
「魔女様、これはいったい?」
「地図。ちょっと特殊なね」
そう言うと、シェリアはこの地図に何が記されているのかを事細かに説明し始めた。
「まず、私たちがいる家がここ。町の外れにある森の真ん中。そしてこの場所に入るために必要な抜け道はここだけ。ここで私たちは襲撃された。距離にして数百メートル。それまでフィルを尾行していたことを考えると、この森に潜んでいた奴らの1人で間違いないだろうね。そして、グスタフに私を襲うように指示した奴もいる。そいつは抜け道で指示してきたってことで合ってる?」
「えぇ。そうです」
「うん。それで今日、私たちはギルドで襲われた。侵入された痕跡が無かったし、潜んでいた場所から考えてもギルドの関係者又は事前に隠れていたことは確実だね。それに、襲撃してきた奴の1人は私たちを尾行していた奴だった。それで、実は昨日殺した奴の魔力から逆探知してみてたんだけど……」
そこでシェリアが言葉に詰まり、地図に付けられた大量の赤丸をゆっくりと見回しながらなぞった。赤丸はギルドの周りの商業地域だけでなく、アリスの故郷の農民地域にも付けられていた。
「どうやら『闇蜂』所属人員全員の魔力が繋がっているみたいで、特定することはできなかったよ。でも、収穫はあった。それがこの矢印。この矢印は、他に比べて強い魔力でつなげられていることを表してる。ただ、今まで全員問答無用で殺しているせいで逆探知が上手くできていないんだよね。それに私は、相手が魔法を使って身を隠してると考えていたけど……」
シェリアは1つ息を吐き、シュリー、グスタフ、フィル、アリスの順に表情を見回した。そして何かを覚悟するように目を閉じて考え始めた。数分の沈黙。その沈黙を破ったのは、全員が見たことないほど真剣な目に、強い光を宿したシェリアの言葉だった。
「——『絶戴顕界』と、私が呼んでいる能力で間違いないだろうね。そしてそれは、別世界からこの世界に来た『転移者』の1人ということの証明である」
返答はない。それを確認してからシェリアは続けた。
「みんな覚悟してね。『転移者』との戦いは、私が命を懸ける覚悟をするほどに苛烈な戦いになる。それは相手が強い以上に、この世界の理から外れている存在だからという要因が大きい。それに、私がいた時代よりも間違いなく『転移者』はこの世界に多く蔓延っているだろうから、今後も戦い続けることになるだろうね」
「……シェリア、なんか楽しそうだね」
「そう見える?ふふっ。まぁ、そうかもね」
シェリアは柔らかく微笑んでから、もう一度4人の表情を見た。アリスはともかく、フィルたちの表情は少し曇っていた。
「でも、そのために私がいるし、アリスがいる。相手がこの世界の理から外れているのであれば、私たちはこの世界の理そのもの。私たちがいる限り、この世界が間違った方向に進むことはないよ」
シェリアの言葉に、アリスは静かに頷いた。
「さて、そろそろこちらから動こうか」
不敵な笑みを浮かべ、微かに7色の魔力を漂わせながらシェリアが言い放った。
「反撃、開始だね」




