第28話 師弟と作戦
「シェリアちゃんは、どうしてついて来ようと思ったんだい?」
「なんとなくですよ。友達の家族の仕事って気になるじゃないですか。だから、一緒に行きたいなって思ったんですよ」
「そうだったのか。確かに、言われてみればそうかもしれないな。それで?」
「……」
朝の町。周りにいる人は店の準備をしている人や、グスタフと同様仕事に向かっている人しかおらず、会話も挨拶や他愛のない雑談だけが聞こえてきていた。
そんな町を眺めながら、シェリアとグスタフはギルドに向かって歩いていた。シェリアは魔女の帽子を被っているせいで、時々町の人が不思議そうな目を向けたり話しかけに来ていたが、グスタフがその度に「娘の友達です」と話していた。
その途中、グスタフがシェリアに同行した理由を尋ねた。最初はそれっぽい理由を答えるだけだったが、グスタフが真剣な声で尋ねた瞬間にグスタフに見えるように左手の人差し指で右側を指した。
「……なるほど。それじゃあ行こうか」
「はい!」
指の先、建物の間に不穏な人影があった。
それを確認したグスタフは、こぼれそうになった感嘆の声を堪えながらシェリアとの会話を切った。不穏な人影は一切動きを見せることなく、2人がギルドの中に入るまでただ見ているだけだった。
ギルドの中には、町に住んでいるであろう人と冒険者や魔法使いのような人たちで一部の席が埋まっていた。シェリアはグスタフの後ろを歩きながらギルドの中の様子を見ていた。敢えて初々しい感じで。
「おはようございます。グスタフ・シャイルです」
「おはようございます、グスタフさん。本日もよろしくお願いしますね。あら?そちらの方は?」
「ん?ああ、私の娘の友達ですよ。私の仕事を見学したいそうでね、よろしいですか?」
「はい、それは構いませんが……ねぇ君、名前は何て言うの?」
「えっと、私はシェリアです。初めまして、お姉さん」
「うん、初めまして。ねぇ、良かったら帽子を取ってもらってもいいかな?お姉さんお仕事で、来る人の顔を確認しないといけないんだ。協力してくれるかな?」
「……わかりました」
シェリアは何かを言おうとしているグスタフの言葉を待たず、誰にも聞こえないように小さくため息をついてから帽子をゆっくりと取った。
その瞬間、受付にいた女性は信じられないといった表情でシェリアの顔を見続けていた。そして何かを堪えるように口元を抑えながら、何度も頷いて身振りだけで奥の部屋に行ってもいいことをシェリアに伝えた。
「ありがとうございます。そういえば、ギルド長は今日いらっしゃいますか?」
「……いらっしゃるそうだ。それでは行くとしよう」
声を発することができずに首を縦に振っている受付嬢を見て、代わりにグスタフが答えた。
シェリアはギルド長——フレイザがギルドにいることを知り、溢れ出る高揚感で笑顔になって足取りも軽くなっていた。
「おはようございます。グスタフ・シャイル、入ります」
「おはようございます!」
「よろしくお願いします、グスタフさん!」
「今日もよろしくね、グスタフちゃん!あら?今日は——」
シェリアはグスタフが座った席の隣に座り、帽子を被りなおしてなんとなく周りを見回していた。すると、フレイザがグスタフに近づいてきて私に気づいた。立ったフレイザからはシェリアの顔は見えないが、シェリアの弟子で一番の実力者であったフレイザは、シェリアを見た瞬間に何かを察したかのような表情になった。
「どうされました?」
「……今日は、ステキなお客さんを連れてきてくれたのね。ねぇ、ちょっと借りてもいいかしら?」
「はい、私は構いませんよ」
「ありがとう、グスタフちゃん!ねぇ君、一緒にきてもらってもいいかしら?」
シェリアは、しゃがんで視線を合わせようとしたフレイザに顔を見られないように、俯きながら小さく頷いた。そうして、シェリアはフレイザに促されるまま立ち上がり、後ろを付いていった。
フレイザに案内された場所は、ギルド裏の開けた場所だった。フレイザやその弟子たちの魔力の残滓が、自然の風で揺らいでいる場所。その場所で、フレイザは立ち止まった。その瞬間、振り返りざまにシェリアに向かって魔法を撃ち放った。杖もない上に限界まで短縮された詠唱。さらには、魔女直属の弟子しかできないとされる、属性魔法の魔法名乗りをも省略した完全なる不意撃ち。これに完璧に反応できるのはこの世界にはいない——
「……ずいぶんな挨拶だね、フレイザ」
「ギルドに入った瞬間から魔力を隠していたくせによく言いますよ、師匠」
——この、原初の魔女を除いて。
シェリアは、少し乱れた服を整えながらフレイザに話し始めた。
「久しぶりだね、フレイザ。元気そうで何より」
「師匠こそ!久しぶりです。その様子だと、アリスと出逢ったんですね」
「うん。次の魔女がアリスでよかったと、心の底から思ってるよ」
「アリスは……師匠と出逢う前、いろいろとあったようですがね。アリスは、元気にしてますか?」
「もちろん。それに、あの子は本当に強い子だよ。大丈夫」
シェリアは帽子を取ってから、「それにしても」と言って少し頬を膨らませながらフレイザの屈強な胸に人差し指を突きつけた。
「100年以上ぶりに逢った師匠に対して、いきなり2属性の多重平行詠唱魔法を撃つなんてどういうつもりなのかな?」
「それはその~……師匠が本物かどうか確かめるなら、不意撃ちで最大火力を当てるのが一番手っ取り早いかなって」
「はぁ……じゃあ、久しぶりに摸擬戦でもする?フレイザは何でもあり、私は杖だけでどう?」
「な、なんだか嫌な予感がするんですが……」
「うん?何もないよ。それじゃあやろっか」
シェリアは杖を出し、フレイザから15メートルほど離れた場所に立った。そして、シェリアがかつての摸擬戦でしていたように、魔力で作った薄い水晶玉を2人のちょうど中心付近に向かって投げた。
キン——
水晶が地面に当たった瞬間、高く澄んだ音が空間に響き渡った。
それを合図に、2人が動き始めた。フレイザは立ったまま複数魔法の同時詠唱による魔法連打の準備、シェリアはいた場所から横方向に円を描くように走り出した。フレイザが魔法を撃ち始めると、シェリアはその全てを被弾の寸前で躱しながら少しずつ距離を詰め始めた。
フレイザの詠唱が加速し、魔法の密度が濃くなってもシェリアはすべて躱し続けた。そんな戦いが2分ほど経過し、フレイザとシェリアの距離が5メートルまで縮まった瞬間、シェリアは一気にフレイザとの距離を詰めた。フレイザは後ろに下がりながら自分の目の前に魔法陣を出現させて魔法を撃とうとしたが、それすら読んでいたシェリアは、フレイザが魔法を撃つと同時にフレイザの後ろに即座に回り込んで杖で背中から突き飛ばした。その結果、フレイザは自分の魔法に突っ込む形になった。
「勝負あり、だね」
摸擬戦の時間は約3分。100年前のフレイザであれば、同じ条件で1日以上戦うことができていた。これはつまり、フレイザの衰えや感覚の濁りから生まれた一方的な戦いであった。
「どうしたのさ。最近は甘々な摸擬戦しかしていなかったせいで、感覚鈍ったんじゃない?」
「あはは。さすがにそうかもしれませんね……だって、杖を物理攻撃で使うのなんて師匠くらいですから。ただ、それ以上に師匠の動きが洗練されすぎていませんか?さっきの回り込みだって、以前なら体の横までしか移動できてなかったじゃないですか」
「私だって、ただ隠居してただけじゃないからね。でも、それにしてもだよ。これはもう一度厳しくいかないといけないかもね」
「うぅ……さすがに言い返せないです。それより、師匠はどうしてこの町に?」
「ん?あぁ、森を出てからあまり時間が経ってないんだけどいろいろあってね。街に行って国王と直接会うための中継地点にしようと思ってね。ついでに、アリスの故郷でフレイザもいるって聞いたから寄ろうと思ってね。ただ——」
「……その様子だと、やつらのことは知っているんですね」
「何回か襲撃されたからね。それはそれとして、フレイザが管理している町になんであんな奴らが蔓延ってるんだい?フレイザなら見逃さないと思ってるけど」
シェリアの質問に、フレイザは顔を歪めながら悔しそうに話し始めた。
フレイザ曰く、『闇蜂』の頭領は特殊な能力を持っている上に国王から直接この町に来た人間であるとのこと。そしてその能力は、自分の居場所や仲間の居場所を認識されにくくする認識阻害の能力。ただし、仲間に適応した場合は魔法や魔力による探知には認識される。そのせいで、足跡を掴むことができても肝心の頭領本人の足取りを掴むことができていないらしい。今でも、時々町の人間が襲われたり金品を盗まれたりする事件が起きており、フレイザも日々魔法を使って手下を片付けているようだった。
「なるほどね。どうりで手慣れてる奴が多かったわけか」
「そうなんですよね。それに、今までの事件で頭領が関わった事件はすべて痕跡が無いんです。事件は起きているけど痕跡がないという異常性から、頭領が関わっていると推測されているだけですけど」
「……事件は起きているけど痕跡がない、か。これは少し厄介な相手になりそうだね」
「はぁ……こういう状況で笑っているのが、師匠っぽいですね」
「そうかな?う~ん……そうかも」
シェリアはそう言い、少し照れ臭そうに笑った。こうして、100年ぶりの師弟仕事は「闇蜂」討伐作戦になるのであった。




