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第25話 闇蜂と蜘蛛

「あれ?フィルじゃないか。そこの2人はお友達かい?」


 3人が思い出話に花を咲かせていると、暗闇の中から雰囲気がフィルに似ている男性が声をかけてきた。2人は瞬間的にフィルの父親だと理解し、すぐにたってお辞儀をした。


「あ、お父さんおかえり!紹介するね。この水色の縁取りが私の学園時代に同じ部屋だったアリスちゃん!」

「お~、君がアリスちゃんか。会いたかったよ。私はフィルの父、グスタフ・シャイルと申す者だ。フィルと友達でいてくれて、ありがとう」

「いえいえ!私も、フィルにはたくさん助けてもらいました!フィルは私にとって、大切な親友です!」

「そうかそうか。そう言ってもらえて、私も嬉しいよ。それでそちらのお嬢さんは?」

「……お初にお目にかかります、シャイル卿。私はアリスの師匠で、旅仲間のシェリアです。フィルとは今日出逢い、こちらに招待してくださいました。突然の訪問、失礼致しました」

「いやいや、そんなにかしこまらないでくれ。それに……1つ気になることがあるのですが、聞いてもよろしいですかな?」

「はい。どうかされましたか?」


 フィルの父——グスタフは、シェリアの顔を見てすぐに真剣な表情になった。そして、周りの空気が一気にひりつき、グスタフから溢れ出ているであろう魔力によって3人の周りに激しい魔力の風が吹き荒れ始めた。


「……あなたの魔力は、何属性ですかな?」


 グスタフの手には使い込まれた気の杖が握られており、その先端はまっすぐにシェリアに向けられていた。魔力の風は、次第に勢いを強め始めていた。

 フィルが父を止めようと一歩を踏み出した時、アリスがフィルの前に手を伸ばして首を横に振った。これから何が起こるのかを知っているのは、この場ではアリスのシェリアの2人の魔女だけであった。


「……はぁ」


 強い風を全身に受けながら、シェリアは溜息を1つついて帽子を被った。そして帽子の下から鋭い視線でグスタフを見ながら左腕を横に振った。その瞬間、その場を支配していた強い魔力の風がすべて消滅した。魔力の残滓すら残さずに。

 驚愕と恐怖で歪みそうな顔を必死に抑えているグスタフに、シェリアはゆっくりと近づきながら優しい声で話しかけた。


「あなたの力はわかりました。人間の中でも、強い魔力を持っていると。ですが、扱いがなってないですね」

「く、来るな!それ以上近づいたら本気で撃つぞ!それに、こっちはわかっているのだよ。君が、暗殺集団『闇蜂(カイエル)』の刺客だってね!」

「……何を勘違いしているのかわかりませんが、撃ちたいのであればご自由に。好きなだけ撃ってください」


 グスタフが口にした『闇蜂』のことが引っ掛かりつつも、シェリアが歩みを止めることはなかった。シェリアが近づくにつれグスタフは冷静さを失っていき、残り2メートルまで近づいた瞬間に悲鳴にも似た声で魔法の詠唱をし始めた。そして、グスタフが持つ杖から大量の『波導(ウェイド)』がシェリアに向かって撃ち出された。だが、その全ての軌道が不規則で、数発はフィルとアリスに向かって飛んで行っていた。


「まったく……最近の魔法使いはだめだね」


 シェリアはそう言うと、空中にあるすべての『波導』を相殺させて一気にグスタフとの距離を詰めた。最後の抵抗をしようとグスタフが杖を前に出した瞬間、シェリアがグスタフの真横に移動して杖を構えた。


「撃っちゃったら、それは『脅し』じゃなくて『殺人』でしょ?」

「……な…………なぜだ?」

「あなたの質問に答える義理はありません。まずは私の質問に答えてください。どうして、私を攻撃したのですか?」


 シェリアの声は、冷静さの中に冷血さを纏っていた。フィルの眼からその姿は、フィルを襲った刺客を殺す時と全く同じに映った。その時と違うのは、杖を持っているか否かだけ。静かな命の駆け引き。それに耐えきれなくなったグスタフは、素直にシェリアの質問に答え始めた。


「こ、ここに来る途中……闇属性の魔法が使われた痕跡と、刃物が落ちていた場所があった……わ、私は、それが『闇蜂』の刺客の仕業だと思った。だから、この場所にいた知らない君が闇属性魔法を使った魔法使いだと……」

「……そう」


 グスタフの話を聞いて、シェリアは構えていた杖をゆっくりと降ろした。そして、グスタフに背を向けて魔法陣の中に杖をしまった瞬間に、グスタフが杖を構えようとして——

——刹那、星のようなシェリアの魔力が空間を支配した。風はなく、ただその場所に魔力があるだけ。それだけなのに、その場にいた誰もが少しでも動いたら殺されると察した。アリスは過去に同じ体験を何度かしたことがあるが、シェリアの魔力開放によって感じる本能的恐怖は薄まることはなかった。


「命知らずも、ほどほどにね」


 数秒?いや、数分だっただろうか。その場にいた3人には永遠にも感じた恐怖の時間は、シェリアの眼の色が藍色から黒色に戻った瞬間に終わった。そして、3人は衝撃波にも似た魔力の風を感じる錯覚に襲われていた。

 その後に立っていたのは、アリスだけだった。


「はぁぁぁぁ~……シェリア、ちょっとやり過ぎじゃない?」

「……正直、フィルには本当に悪いことをしたと思ってるよ。でも、私にだって譲れないものはあるのさ。それに、矛先の間違った怒りを正すにはこのやり方が一番手っ取り早い」

「なんだか、シェリアがどうして今まで上手くやってこれたのか分かった気がするよ」

「さぁね。それで……シャイル卿、そろそろ本当のことを教えていただけますか?あなた達の目的を」

「……本当に、すべて筒抜けだったわけですか」

「お……おとう、さん?」


 全てを諦めたような表情で地面に座り込んでいる自分の父を、フィルは知らなかったことを知らされることに対する絶望に満ちた表情で見つめていた。この反応で、フィルは関わっておらず、両親と何か闇の勢力が手を組んでいるのが実態であることが分かった。

 グスタフは重い腰を上げ、3人に家の中に入るように促した。グスタフの足取りは重く、その背中には強い絶望が宿っていた。

 グスタフが家に入ろうと玄関を開けた瞬間、家の中からフィルの母が顔を涙で濡らしたままグスタフに飛びついた。


「お、おう。熱烈なお出迎えだね。ただいま、シュリー」

「ねぇあなた!さっきアリスちゃんとシェリアって名前の子が、来て……」


 フィルの母——シュリーの声は、グスタフの後ろにいたシェリアの顔を見た瞬間に儚く消えていった。


「あぁ、その子たちなら一緒だよ。それに……彼女なら、我々を救ってくれると思うんだ」

「じゃあ、もしかして……」

「うん。続きは中に入ってからね」


 そう言って家の中にシェリアとアリスを招き入れたグスタフとシュリーの眼には、さっきまでシェリアに対して抱いていた「怒り」に似た感情は消えていた。代わりに宿っていたのは、数時間前のシュリーの『祈り』に宿っていた感情と同様のものであった。




・・・




「……我々がこの町に来た時、我々に接触してきたのはフレイザさんと『闇蜂』と名乗る集団の団員でした。『闇蜂』は、暗器や闇属性魔法を使って闇討ちや暗殺を得意とする集団です。そして……フィルを襲い、シェリアさんに殺されたのは、『闇蜂』の団員です。その原因は、私にもわかりません。ですが、その後に私に『闇蜂』の団員から指令が渡されました。フィルでもアリスでもない魔法使いを殺せと。『闇蜂』の刺客として扱い、殺すことで私の罪はないと……」

「そういう事情だったのですね。ですが、どうしてあなたは『闇蜂』と繋がっているのですか?」

「……『闇蜂』の首領は国王と繋がっているということで……私が貴族の位を奪われて憔悴しているところに『俺たちと手を組めば再び貴族に戻す手助けをしてやる』と取引を持ち掛けられたんです。私とシュリーは、迷いました。ですが、迷っている間にも精神がすり減っていき……気が付いた時には手を取ってしまっていました。ただ、その時に一つだけ約束事をしたのです。フィルには手を出さないと……」

「……そう、だったんですね」

「だから私……シェリアちゃんが『国王を殺す』と言った時に本当に迷ったの。今更、あなたに託してもいいのかなって」

「それでも、私に託してくださったんですね。そ——はぁ……思ったより早かったね」


 シェリアがそう言った瞬間、窓が割れて外から闇属性魔法が撃ち込まれ始めた。シェリアは、家の中にいた全員をかばうように前に立ち、光属性の魔力で囲いを作った。それによって撃ち込まれた大量の闇属性魔法はかき消された。当のシェリアは、魔法を撃った犯人に向かって一直線に駆け出した。

 シェリアが暗い森の中に刺客を見つけた瞬間、加速するために風属性魔法『風の脚(レギン)』を使って一気に刺客の後ろに回り込んで頭を掴んで顔から地面に叩きつけた。グシャという鈍い音と、シェリアの手が粘度ある液体で汚れた。シェリアは『闇の奈落(アビゼイション)』を使って死体と手に付着した液体を、闇の中に葬り去った。

光の魔力を分散させながら、シェリアは家の一部が崩壊したフィルの家に足早に戻った。その途中で見つけた、監視するために置かれていた魔道具を全て、魔道具に姿が映らない状態で破壊してから。


「みんな、無事ですか?」

「あ、あぁ……おかげでみんな無事です、助かりました。それで、魔法使いは?」

「殺しました。1人だけでしたが」

「1人……?おかしいわね。いつもなら、私たちが何か変な動きをしていないか5人は見張っているのに」

「……教えていただいてありがとうございます。アリス、『多重平行詠唱魔法二ノ九 蜘蛛の巣(ワールド・ケージ)』行ける?」

「え?うん、わかった!すぅ……『張れ(オープン)』」


 シェリアの指示通り、アリスは透明な魔法陣を足元に出現させ、家を中心に半径10メートルほどまで一瞬で広げた。『多重平行詠唱魔法二ノ九 蜘蛛の巣(ワールド・ケージ)』は、水、自然、風、闇の4属性を複合させた魔法で、魔法陣内の生命のうち、発動者全員が頭の中に浮かべている生命以外を検知する魔法だ。フィルの家は街の外れにあるため、本来は誰一人かからない——はずだった。


「見つけた。6人いるよ。シェリア!」

「うん、それじゃあそのまま維持で」


 そう言ったシェリアは、瞬間移動にしか見えない速度で4人の目の前から消えた。


「アリスちゃん、やっと安定して多重平行詠唱魔法を使えるようになったんだね」

「えへへ~。シェリアのおかげなんだ。魔障も、シェリアが治してくれたしね」

「た、多重平行詠唱魔法を1人で、それも詠唱も無しで……?そういえば、さっきもシェリアさんは複数属性の単属性魔法を扱っていたね。君たちは本当に何者なんだ?」

「それは、いずれシェリアが教えてくれますよ——あ、2人減りましたね。このままだと、あと数分で戻ってこれそうです」

「ま、まさか今も話しながら……?」

「はい。話しながらできないなら、走りながら魔法を使えるわけがないでしょって言われていまして」

「あなた、そんな相手によく喧嘩吹っ掛けたわね……下手したら殺されてたわよ」

「そ、そうだね……シェリアさんが分かってくれる方で助かったよ」


 そんな話をしているうちに、飛び出した時と全く変わらない姿のシェリアが歩いて戻ってきた。シェリアの表情は帽子に隠れてよくわからないが、魔法使いの2人とアリスには底知れない悲しみがにじみ出ているように感じられた。


「シェリア、お帰り。早かったね」

「ただいま。でも、そうだね……正直、ここまで大したことないやつらだとは思わなかったね。かかったのは移動時間だけだったし」


 そう言うと、シェリアは家の中から崩壊した場所に向かって腕を伸ばし、両掌をかざした。そして、眼を閉じて魔力を込め始めた。そして、数秒が経ちシェリアの周りに白い魔力が浮かび始めた時、シェリアが口を開いた。自分の正体を、明かすように。


「——原初の魔女の名の下に、封印を解かんとす——『時間(タイム・リザ)遡行(レクション)』」


 その瞬間、さっきまで瓦礫だった物たちが自分から元々あった場所に戻り始めた。まるで、時間が巻き戻っているかのように。

『時間遡行』——シェリアとアリスが、唯一自分の正体を明かさなければ使えない魔法である「封印魔法」の一種。封印魔法は、原初の魔女の名と魔力が無ければ使うことができないようになっている。その理由は単純。世界の理を歪ませてしまうほど強力な汎用魔法であるから。

 その様子を見ていたグスタフとシュリーは、あまりの情報量に笑い出してしまった。その笑いは、フィルに伝播し、そしてアリスやシェリアにまで伝播した。フィルと出逢ってからの激動の夜は、最後は全員笑顔で幕を閉じたのであった。複数の人員を失ったうえ、金づるの駒を失った「闇蜂」以外。







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