第24話 信頼と代弁者
「ちょっと話し過ぎた。外の空気を吸ってくるよ」
シェリアがフィルの母からの願いを聞き届けた後、少しの間その場を支配していた沈黙を破ったのはそんな言葉だった。
外に出ていくシェリアの背中を見届けた後、フィルの母は震えた声でアリスとフィルに質問し始めた。
「ね、ねぇ……いったいどんな大物引っ掛けてきたのよ!」
「わ、私は本当に今日出逢ったばかりだから何も……でも、ここに来る途中で襲ってきた人を一瞬で退治してくれたんだよね」
「お、襲われた?!大丈夫だったの?」
「うん……シェリアちゃんがね、すごかったの。真っ先に気づいて、襲ってきた人が持ってた刃物を蹴り落して、そのまま馬乗りになって抑え込んでくれたんだ。その後、魔法で殺してたけど」
「蹴り落した?あの子は魔法使いじゃないの?」
「うん、そこは私も気になってるの。ねぇアリスちゃん、教えてくれない?」
「……私は、シェリアが自分から話すまで正体を話すことはできないんだ。ごめんなさい。でも、話せることはあるよ」
「話してもらってもいいかしら?」
「はい。えっとですね……」
フィルとフィルの母に詰め寄られながら、アリスはゆっくりと言葉を選びながら答え始めた。
「シェリアは、さっきも言った通り私とは次元が違います。魔法の知識も質も。そして何より、考え方も。私たちが学園で学んだ魔法は、立ったまま撃つだけ。シェリアが教える魔法は、常に動きながら撃つ。相手が撃った魔法の対処法は、相殺ではなく回避が主体という考え方です。だから、あの体術はシェリアの戦い方があるからです」
「それは、正直驚きでしかないけど理解できるわ……でも、あの子の『殺し』に対する認識の軽さは理解できないわ。さっきも一切の躊躇いもなく『国王を殺す』って言っていたし……」
「……私も、あんな様子のシェリアを見たのは初めてです。一緒に過ごしてきたシェリアは、どんな生物にも優しくて、穏やかな雰囲気を纏っていて、誰よりも魔法を愛していて。だから、あんなに怒っているシェリアを見たことはありませんでした……でも、これだけは断言できます」
アリスは、強い光の宿った眼でフィルの母の眼をじっと見つめ返した。
「シェリアは人間が大好きです。だからこそ、人間のためにあそこまで本気で怒ることができるし、人間のために必要であれば非情にもなれるんです。シェリアが簡単に『殺す』と言っていると、2度と言わないでください」
アリスの言葉は、眼に宿った光以上に強く鋭いものであった。その鋭さは、さっきのシェリアの言葉に纏われていた鋭さとは違い、心の底から信頼しているからこそ生まれた鋭さだった。
フィルの母は、大きくため息を吐いてから何かを諦めた様子で地面に座り込んだ。
「はぁぁぁ……あの子もあの子なら、アリスちゃんもアリスちゃんよ。いったいどんな両親に育てられたのかしら?2人のご両親に会ってみたいわ」
フィルはその言葉を聞いた瞬間にハッとして何かを言おうとしたが、アリスがそれを制止した。そしてさっきのシェリアと同じように、努めて柔らかい声色で現実を突きつけた。
「残念ながらそれはできないですね」
「……何か理由があるの?」
「シェリアはもう両親がいませんし……私の両親は、私が退学になったその日に家ごと殺されたので」
アリスの言葉に唖然としているフィルの母を横目に、アリスはフィルを連れてシェリアがいるであろう家の外に向かって歩き始めた。フィルは心配そうに自分の母に寄り添おうとしていたが、アリスが「今は1人にしてあげよう」と話したことで一緒に外に出てきていた。
外に出て少し歩いた場所にある、少し大きな切り株に座っているシェリアを2人はすぐに見つけた。
シェリアは2人が近づいてくることに気がつくと、少し申し訳なさそうな表情で立ち上がってアリスとフィルを出迎えた。
「……来たんだ」
「来るでしょ。何してたの?」
「考え事。今日いろんなことがあったから、それの整理」
「ふ~ん。私たちも、一緒にいてもいい?」
「いいよ。断る理由ないし」
シェリアは、優しく笑いながら再度切り株に腰掛けて横をポンポンと叩きながら2人に座るように促した。フィルはどうすればいいかわからないといった様子で立ち尽くしていたが、シェリアに「座ったら?」と言われて恐る恐るアリスの隣に腰掛けた。
3人の間に流れている空気は、フィルのとって初めて体験する異質なものだったのに、何故か居心地がいいものであった。
フィルがアリス越しにシェリアの横顔をチラチラとみていると、その様子に気づいたシェリアがフィルに話しかけた。
「どうしたの?」
「え?あ、いや……そのぉ……」
「良いよ。何でも聞いて」
「……本当にいいの?」
「うん。今の私は気分がいいからね」
「それじゃあ……」
シェリアが子供みたいな表情で話しているのを見て、フィルも強張っていた表情を少し緩めながら口を開いた。
「シェリアちゃんって、どれが本当のシェリアちゃんなのかなって。初めて逢った時の同じ年くらいのシェリアちゃんも、私を助けてくれた時のシェリアちゃんも、私を勧誘した時の幼さのあるいたずらっぽさのあるシェリアちゃんも……それに、さっきの神の怒りを代弁しているかのようなシェリアちゃんも。それで、今のシェリアちゃんも……全部シェリアちゃんのはずなのに、その全てが別人のような感じにしか思えなくて」
「う~ん、それは初めて言われたかも……でも、そうだね。多分、今日の私を見て困惑しているのはアリスも一緒だと思うし、今日のことについて少し話そうかな」
「えへへ、バレちゃってたか~」
「アリスだもん、わかるよ。えっとね——」
シェリアは、ゆっくりと足を空中でプラプラさせながら鼻歌を歌うような話し方で話し始めた。
「まず、この町はアリスの故郷で、一番大好きな弟子がいる町だったから歩いていて本当に楽しかったんだ。でもね、殺した奴はフィルと逢った瞬間からずっと追いかけてきてたの。それでいつ襲ってくるんだろうって待ってたら、周りから人がいなくなってしばらくしてから襲ってきた。それでさ……久しぶりに少し怒っちゃった。それに、あいつは手慣れてたし、奥に大きな犯罪組織も見えた。だからあの時、怖がらせちゃったかも。ごめんね」
「……ううん、本当に感謝してるよ。それに、この町に来た時からなんとなくそんな空気感があったし……今まではフレイザさんが守ってくれてたけど、ここ数日街に出てるから……」
「そうだったんだね……教えてくれてありがとう。それで、さっきお母さんに話した時の話だよね。えっとね——」
シェリアは一度、顎に手を当てて考えるふりをしてから、明るく笑いながら体を前後に揺らし始めた。フィルが、急に笑い始めたシェリアに困惑してどうすればいいかわからなくなっておろおろとし始めた頃、急にシェリアが体を揺らす速さを少しずつ遅くしながら話し始めた。
「——正解だよ。私は今、神の代弁者としてこの世界にいる側面もあるからね。まぁ、神に頼まれたわけじゃないけどさ」
「……え、えぇぇ…………う、噓でしょ~……?」
「本当だよ。だって、人間世界を作ったの私だもん。あ~あ。正直、この秘密はアリスと2人だけの秘密のつもりだったんだけどね。フィルはすごいや」
「あ、ありがとう、ございます……?じゃなくて!え?シェリアが、人間世界を……?」
「うん。ねぇフィル、『原初の魔』って覚えてる?」
「もちろん。えっと確か、原初の魔女様が人間を魔王から守って……」
フィルの言葉はそこで止まり、今ちょうど目が合っているシェリアの顔を見ながら何度か瞬きをした後に、全身を震わせながら少し前にシェリアが話した言葉を反芻しながらゆっくりとアリスの方に視線を移動させ始めた。
「は、ははは、始まりのの魔、魔女ってま、まさか本当ににに……?」
「あはは。うん、シェリアは本物だよ。信じられないかもしれないけど、シェリアは原初の魔女その人だよ。それでさらに信じられないことに、私がその後継者なんだ」
「その話はまた今度ね。それで……実は私、人間を信じて100年くらい前にこの世界を離れたんだ。それなのにさ~。この100年、何があったのかは知らないけど……私が遺したと思っていたものすべてが消えてしまってたんだって感じるには十分なくらいのことが連続で起きてて、怒りと一緒に絶望感みたいな虚無感みたいな……ざっくり言うと、悲しくなっちゃったんだ。だから……」
「……原初の魔女のシェリアちゃんでも、人間っぽいところがあるんだね」
「ちょっとフィル~?それってどうゆう意味かな?」
「あ、いや!えっとね、正直、魔女って聞いてからすごく遠い存在に感じてたけど、実はすごい身近な存在だったんだなって。もしシェリアちゃんがこの世界を変えてくれるなら、きっといい方向に向かっていくって……思えたんだ」
「……そっか」
そうやって返すシェリアの表情は、少しだけ恥ずかしそうで、でも心の底から嬉しそうだった。そんなシェリアを見て、フィルは確信した。「本当のシェリアは、優しくて責任感が強くていたずら好きな、明るい女の子なんだ」と——




