第20話 郷愁と救済
「これが、私が知っているこの村の歴史と現状でございます」
重々しい雰囲気で、目の前の老人は話を締めくくった。
ヒースが話している間、シェリアはじっと目を閉じて聞いているだけだった。話が終わった今でも、シェリアは何かを考えているかのように目を閉じたまま黙っている。
「さっきはああいったが……学園の生徒の中にも、心優しい生徒はおった。その1人が君じゃ。アリス・フォーミアよ」
「そう、だったんですね」
「ああ。じゃが、君が1年ほど前に退学になったと聞いてな。町のギルドまで話を聞きに行ったんじゃが……ギルド長から行方不明になったと聞いてな。もう2度と会えないのかと思って——」
「おかしい」
唐突に、シェリアが口を開いた。開いた眼は険しく、シェリアの一言で和やかだったその場の空気が一変した。
「シェリア、急にどうしたの?」
「アリスはおかしいと思わなかったの?さっきのヒースの話を聞いていて」
「全然……というか、私にとってはむしろ60年前はちゃんとシェリアの教えを説いていたことの方が驚きだったかも」
「そっか……ねぇヒース、いくつか聞きたいことがあるんだけど」
「はい。私に答えられることなら、何なりと」
「ヒガン・ハスハナは、人間?」
シェリアのその質問に、ヒースはすぐに答えることができなかった。でもそれは、答えを知らないわけではなく、自信や確証がないことを話してもいいのかという迷いから生じている沈黙であった。それを察したシェリアは、身振りだけで話すように促した。
ヒースは重苦しい溜息を1つ漏らした。それから再度沈黙。
静寂を破ったのは、ヒースではなくシェリアの言葉だった。
「この世界の人間ではない可能性がある、で合ってる?」
「……確証は、何もない憶測でございます」
「やっぱりね。それならやりやすくなる」
「な、なにを考えておられるのですかな?」
「本人に直接聞きに行く。その後の対応は……うん、ヒガン・ハスハナってやつが話した内容によるかな。私は、どの時代でもみんなの味方だからね」
「……やはり、魔女様は魔女様ですな」
「まぁ、魔女だからね。それで次の質問なんだけど、魔人って何?そんな存在……私が知らないということは、ここ数十年で生まれたってことになる」
次のシェリアの質問には、ヒースはすぐに答え始めた。
「魔人は、ヒガン・ハスハナがこの世界に現れてから生まれた上位の魔物でございます。人間と全く同じ見た目でありながら、扱う魔法が2属性以上。出現した魔人1人を殺すために、王族直属の魔法部隊が1中隊出撃して半壊したと聞いております」
「なるほどね。その魔人っていうのは、言葉を話すことができるの?」
「できますが……対話を試みた全員が殺されております」
「……いくつか想定できるけど、少なくとも人間側の魔法部隊の実力が低いことがわかったよ。それと、この村に魔人が責められないように対処しておくよ」
「ありがとうございます!ありがとうございます!魔女様になんとお礼をすればよいか……!」
「それじゃあ……私たちのことを、忘れないように後世に伝えていってね。それ以上に嬉しいことはないからさ」
「もちろんでございますとも!ほかに聞きたいことはありますかな?」
「えっとね——」
それからの質問は、この村にいる村人のことや特産品のことといったような、コルニ村のことについての質問がほとんどであった。
さっきまでの重苦しくて緊張感が走る空気はどこへやら。シェリアとアリスとヒースの3人は、和気あいあいとした雰囲気で話し続けていた。夜も更けていたが、3人ともが時間を忘れて話し続けていた。
そんな時、ふとヒースが何かを思い出したかのような表情で少し遠い場所を見上げた。
「……思い出しますなぁ。あの頃も、毎日のようにこうやって村のことを誰かに話していたものじゃ」
「……そう」
「ありがとうございます、魔女様。死ぬ前に素敵な想い出ができましたわい」
「そう。それじゃあ、この想い出を大切にね」
ヒースの言葉に、シェリアは柔らかい笑みを浮かべながらそう答えた。
シェリアとアリスが立ち上がって地下室から出ようとした時、まだ座ったままだったヒースが2人を呼び止めた。
「これから、どこに行かれるおつもりですかな?」
「街。直接ヒガン・ハスハナと話してくるつもり。だけど——」
「……何か、気になることでもありましたかな?」
「——アリスの故郷の町がちょうど近くにあるらしいから、そこに寄って行くよ。久しぶりに弟子にも会いたいしね」
「はい!私も久しぶりに師匠に会いたいので。街までの案内なら任せてね、シェリア」
「ありがとう、アリス。それじゃあ、私たちは行くね」
「それでは、お2人ともお気をつけて」
「ありがとう。さようなら、ヒース」
「今日はありがとうございました!また会いましょう、村長!」
「えぇ。どうかこの世界を救ってください」
そんなヒースの心からの祈りを背中に受けながら、2人は地下室から出た。未来に向かって、強く一歩を踏み出すために。
・・・
ヒースの家から出た2人は、昇り始めた朝日を眺めていた。
周りを眺めてみると、もう既に畑で農作業をしている村人を数名見つけることができた。シェリアはアリスと一緒に、ゆっくりと一番近くの畑で収穫作業をしていた村人に話しかけた。
「おはよう。この時期は何が取れるのかな」
「あぁ、魔女様。おはようございます。今はこの白太がおいしいですよ!良かったら1本持っていきますか?」
「確かにおいしそうだね。貰おうかな。お代は?」
「そんな!魔女様からお金なんていただけないですよ!それに、私は商人ではないので本当にお代なんていらないんです!」
「そっか。それは残念だ——」
シェリアはそう言うと、地面をつま先で優しく叩いた。その瞬間、シェリアたちが立っていた畑の中を柔らかい魔力の風が走り、それらが絡まり合うように畑を囲う結界となった。突然で一瞬の出来事。村人は何が起きたのかわからず、手に持っていた白太を落として今いそうになるほど呆気に取られていた。
「——君は昨日、野菜を食べる害獣に困っていると相談してくれたよね」
「え……?は、はい!そうです!覚えていてくださったんですね!」
「だから、害獣を寄せ付けない為の結界を張った。これはさっきの素敵な白太のお礼だよ」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!これで、安心して他の野菜を育てられます!」
「また育てた野菜を見せてね」
「はい!」
それだけ言い残し、シェリアは次の村人のもとに歩き始めた。その村人のところでも野菜を1つ貰い、歓迎会の時にその村人が悩んでいることや困っていることとしてシェリアに相談していたことを解決していった。
朝日が完全に昇った時には、シェリアはほとんど全ての村人の悩み事や困りごとを解決していた。そのすべてが、魔法さえあれば簡単に解決する問題であった。
村が歓喜と宴の空気に溢れ、2人が来た時には失われてしまっていた活気を取り戻した村を、衛兵の立っている場所から眺めていた。そんな時、ガルディンが嬉しそうに村の様子を眺めているシェリアに話しかけた。
「お前の方がシェリアで合ってるか?」
「合ってるよ。どうしたの?」
「ああ、1つ気になってな。俺が言っちゃなんだが……お前、この村とあまり関係深くないだろ?なんでここまでしてくれるんだ?」
「それは——」
「『私が魔女だから』——ってのは無しな」
「……はぁ。まったく、ガルディンは聡いね。良いよ、君には少しだけ良いことを教えてあげる」
シェリアは少しじとっとした目でガルディンを見てから、さっき以上に温かい目で村を眺めながら話し始めた。
「私はさ、どの時代でもどんな世界でも、魔法は平等で優しいものであってほしいんだ。困っていること、迷っていること、悩んでいること……それが例えどんなに小さな事であっても、魔法はその道先を照らす存在になることができる。だって、魔法に境界なんてないんだから」
シェリアの言葉を、ガルディンは噛み締めるように聞いていた。
「それにね、私嬉しかったんだ。この村の人たちが私たちを受け入れてくれて。だから、これは私からのほんの少しのお礼。ちゃんとした恩返しは、もう少し後の話になっちゃうかも」
「……『魔法に境界なんてない』か。確かに、そうなのかもな」
シェリアと同じ方に目を向けながら、ガルディンはそう呟いていた。アリスも笑顔で2人と一緒に村の様子を見ながら、何度も聞いたシェリアの言葉を思い返していた。
そんな暖かな沈黙を破ったのは、ガルディンの忠告だった。
「そういえばお前ら、これから街を目指すんだろ?だったら、魔物と魔人の襲撃には気を付けな」
「おかしいね。魔人は知識がないから分からないけど、魔物はこの森を越えて出てこないはずだけど?」
「……国王がやらかしたんだよ。人間の味を覚えた魔物が出てきちまった。そのせいでここ50年くらいは森を越えて来てんだよ。そのせいで魔人なんて厄介なもんも生まれちまった」
「なるほどね。1つ謎が解けたよ、ありがとう。それで、この村から出発する前にガルディンの悩み事も聞いておこうかな。何かある?」
「……俺の望みは、村長と同じだ。だから——」
ガルディンは2人の前に跪き、村中に聞こえるような声を上げた。
「——旅する魔女様2人に、敬礼!」
その声に合わせて、村人全員がそれぞれの場所で「敬礼」と声を上げながらガルディン同様に跪いて頭を下げながら目を閉じていた。
アリスはあわあわした様子でシェリアと村人たちを交互に見ていたが、シェリアは堂々とした面持ちでただ一言だけを村に残して旅路を歩み始めた。
「——また会いましょう」




