第19話 国王と地獄
コルニ村での歓迎会は夜まで続いた。その間、シェリアとアリスはずっと村人と話しながら有り余る料理を食べ進めていた。話していた内容は多種多様で、特にシェリアのもとには悩み相談や生活の中で困ったことに関する内容が多く、アリスは学生時代に訪れていた時の思い出話が多かった。
そんな時間を楽しみながらも、村人を見るシェリアの眼は少しだけ鋭くなっていた。それは、村人は老人から子供まで広い年齢層がいたが、その全員がかろうじて日常生活で使える程度の魔法しか習得できていないこと。そのことに、シェリアは違和感を覚えたからだ。
夜になり、他の村人を家に帰したヒースにシェリアが話しかけた。違和感の答え合わせをするために。
「ヒース。聞きたいことがあるから、今日はこの場所に泊めてもらえないかな」
「もちろんですとも。元より、そのつもりでございました。聞いていただけますか、この村の現状を」
「もちろん。その為に私たちがいるのですから」
「それでは、私に着いてきていただけますかな」
そう言うと、ヒースは壁に掛けられていた山の絵画に触れた。その瞬間、暖炉が左右に割れ始めた。暖炉があった場所には、地下に進むための階段が現れていた。
「す、すごいですね」
「魔力感知式の絡繰りだね。この時代にも残ってたんだ」
「この家は4代前に魔女様から賜ったものじゃ。今でも、大事に使わせてもらっておる」
「そっか。だからガルディンは、『この村は魔女のことを忘れていない』って言ってたんだね。それに、さっき村人たちが避難したのもこの下でしょ?」
「はい。この村は魔物だけでなく、魔人による襲撃もありますから」
「……詳しくは下で聞くよ」
「わかりました。では、行きましょう」
ヒースを先頭に、3人は壁に置かれた火属性魔力の明かりだけを頼りに階段を下って行った。
階段の先にあったのは、500人ほどが入れるような広さの洞窟だった。その壁全域には一般防御魔法を何重にもかけられており、魔法による襲撃では崩れないほどに強固な要塞のようであった。
「……それじゃあ教えてもらおうか。この村で何があったのか」
地下室についてすぐに、シェリアが険しい眼差しでヒースに話すように要求した。ヒースはその雰囲気に気圧されながらも、ゆっくりと村の歴史について話し始めた。
「これは、60年ほど前のことです——」
・・・
魔女様が世界から離れたことで、人間たちは自分たちで生きていくことを示すために「人間歴」から「世界歴」へと歴史の呼び名を変更した。それから数十年間は魔女様の弟子様たちが、魔女様の教えと魔法の楽しさを人間たちに教えていた。小さな村にも魔法学校が1つ以上あった。
あの時の国王は魔女様に多大な恩義を感じていると、街だけでなく小さな町や村でも魔女の伝承を語る使者を派遣していた。魔女の弟子様も魔法学園の卒業生も、その全員がいなくなった魔女様の代わりになるために奔走していた。あの時代は、人間全員の魔法の普及率も高かった。
だが、時代が変わったのは60年ほど前。国王が代替わりして数年がたった日のことだ。
国王が突然、「ヒガン・ハスハナ」と名乗る謎の男に変わった。その男が来てから、一気に魔法そのものの扱いと人間の間での格差が生まれてしまった。魔女様の弟子たちは、間接的にも直接的にも、ほとんど全員が現国王であるヒガン・ハスハナによって殺された。現在生存しているのは、ギルド長でアリスの師匠に当たるフレイザ・氷嘉だけになった。
ヒガン・ハスハナに反発した人間は、当時は数多くいた。だが、彼の謎の力によって全員が負けた。その後、当時反発した人間を辺境の村や小さな町に追いやった。それでも反発した人間は全員殺された。
魔女様の弟子たちももちろん反発したが、自分の命を大切にするために寝返った5人と常に中立的立ち位置を保とうとしたフレイザ以外は事故に見せかけて殺された。その寝返った5人も、ヒガン・ハスハナの命の元、魔法格差を広げるために魔女様の名前を使って魔法学校を潰して回っていた。その日々の中で、ヒガン・ハスハナに気に入られようと汚い手段を用いた人間たちが「貴族」と持ち上げられた。それから、「貴族」という立ち位置に胡坐をかいている成金たちと、どれだけあがいてももがいても自分ではどうしようもない格差に喘ぐ貧民たちに分かれるまで時間はかからなかった。
魔法についても、人間の中で扱いが変わった。「貴族」や選ばれた才能ある人間のみが使えるものとして、魔法学園に入る為にも厳しい審査が必要になった。そして、それ以外の人間たちは汎用魔法の一部を使えるだけの状態まで退化してしまった。そのせいで、貧民たちは貴族に対する対抗手段を失い、ただこの状況を受け入れるしかなくなった。
その状況になった瞬間、ヒガン・ハスハナは農民や貧民が住んでいる村や町から戦闘能力をすべて失っていた。この村も同じです。突然王族直属の魔法部隊がこの村に来ました。私の祖父が村長をしていた頃だ。この村にあった兵舎から、武器と兵士を全て取り上げた上で兵舎を跡形もなく破壊していった。幸いだったのは、この村が魔物の世界との境界付近で、街からもあまり離れていないこと。そのおかげか、街から2人の兵士が派遣された。それからは、様々な兵士が入れ代わり立ち代わり来た。そして、学園での実習のための場所として村の外れにある場所を使わせてほしいと依頼があった。それが私の父が村長をしていた頃だ。
それからは、学園の生徒がこの村を訪れるようになった。その全員が自信と傲慢さをはき違えたような態度をしていて、属性魔法が扱える自分たちこそ特別な存在であると誇示していた。実習中に村に来た生徒たちのほとんどは、教師の魔法使いに「この村の中で魔法を撃ってはいけない理由は何か」を聞いていた。過去の教師はしっかりと「実習と侵略をはき違えるな。彼らも同じ人間だ」とはっきり教えていた。だから、どれだけ傲慢であっても人間の道を外れた行動を取った人間はいなかった。
最近は——
この村に誰かが訪れた瞬間、村人たちは恐れて家の中から出ないようになってしまった。時折家から抜け出した子供がいたが、そのほとんど全員が精神的にボロボロになるまで痛めつけられるか、言葉で攻撃され続けていた。
地獄だ。地獄になった。学園も街のしばらく関わることができていないが、どのような状態になっているのかはわかった。きっと、この村ですら相当マシな状況であるんだろうと。




