第18話 旧友と歓迎
「ねぇシェリア、さっきのって話してもよかったの?」
「さっきのって?」
真っ暗な洞窟の中、指先に灯した小さな火属性魔法だけを頼りに進んでいた時、アリスがシェリアに質問を投げかけた。
「ほら、『始まりの魔女で世界の観測者』ってやつ。名前ならまだしも、そこまで話すのはどうなのかなって」
「もちろん。そもそも、人間の世界にも魔物の世界にも『始まりの魔女』も『始まりの魔王』も存在しているものだったんだから。それに、アリスの名前も私が死ぬまでは好きに話して大丈夫だよ。私が死んで継承が完了した瞬間に、アリスの名前が世界から封印されるようになっているからさ」
「そ、そうだったんだ」
「まぁ、口伝でもしない限り、今の人間世界で私の見た目とか存在を知っている人間はいないだろうから、むしろ自分から公開していかないとだしね——っと、そろそろ到着だよ」
洞窟を進んでいた2人の先に、自然にできたものとは思えない金属の扉が現れた。その扉には手が掛けられるような凹凸はなく、暗い中では周りの壁と一体化しているようにも見えた。
シェリアは、迷わず扉の真ん中に手をかざした。その瞬間、大きな音を立てて上にずれるようにして扉が開いた。その扉の先では、1人の大男が正面の椅子に座って2人のことを睨みつけるように見ていた。
「久しぶり。元気そうで何よりだよ」
「急な来客で誰かと思って構えてみれば……本当に久しぶりだな、魔女よ。横にいるのは誰だ?まさか娘でも連れてきたのか?」
「ううん、この子は私の弟子。そして、私の継承者だよ。ほら、挨拶」
「あ、えっと……私はアリスです。始まりの魔女の弟子で、魔女の継承者です」
「ほう?アリス……確か、魔法学園にいた生徒に同じ名前があったが、本人か?」
「はい。でも、どうしてそのことを?」
「1人で複属性魔法を扱う者がおるとガルディンから聞いていてな。そんな魔女みたいなやつがいてたまるかと思っていたが……まさか継承者になったとはな。さて、魔女よ。継承者ができたということは、ついにお主の名前を教えてもらえるということだな」
「まったく、本当によく覚えてるんだから。そのこと、誰にも言ってないよね?」
「もちろんだ。この命に誓おう」
「そこまで言うなら信じるよ。改めて——」
そこまで話し、シェリアは一度深呼吸をしてから部屋の中に淡い水色の魔力でできた花畑を作り出した。そして、椅子に座っていても体長が3メートルほどある大男の顔の前まで移動して話した。
「私はシェリア。始まりの魔女にして、世界の観測者。そして、『墓地のヴァルディアス』の唯一の親友さ」
「ったく。ほんと、あの頃と変わんないんだな。わざわざあの日と同じ状況にしやがって」
「この方がいいでしょ?」
「ああ。ほんと、変わんねぇんだから」
そこで大きくため息をつき、『墓地のヴァルディアス』と呼ばれた大男は少し目を逸らせた。
それからは、2人の間でこの200年であったことの報告だけを1時間ほどした。内容自体は本当に他愛のないことだったが、2人の表情は本当に楽しそうな笑顔に溢れていた。そんな2人の様子を見て、アリスはなんとなく思ったことを口にした。
「お2人って、付き合ってたの?」
「……は?!あ?ちょっ!お前!本当に急に?なんてことを言い始めてんだ!」
「ううん。ただの親友だよ?なんでそう思ったの?」
「……ん?じゃあ、ヴァルディアスさんの片想い?」
「はぁ……いいよこの際だ。そうだよ!悪いかよ!こんなでかいのがちっこいの好きになってよぉ!」
「ちっこいのってのは余計じゃない?でもそっかぁ。ごめんね、私やらなきゃいけないことがあるから」
「があああ!!なんで断られてんだよぉ!」
アリスが見たことないような苦笑いを浮かべるシェリアと、さっきまで纏っていた荘厳そうな威圧感がどこかへ消えて行ってしまったヴァルディアス。その2人の不思議な関係性が面白くて、それまで蚊帳の外だったアリスも笑顔になった。
それからは3人で笑い合いながら、2時間話し続けていた。みんなが学生時代に戻ったような、若葉のような話でひとしきり盛り上がった後、話を区切るようにシェリアが一息ついて立ち上がった。
「さて、私たちはそろそろ行こうか。旧き親友との話に花を咲かせ続けたいのは本心だが、私たちには時間があまり残されていないからね」
「わ、わかっ……って待ってよ!せめてお別れの挨拶くらいしようよ!」
「……なぁシェリア。最期の時間はいつ来るんだ?」
シェリアは立ち止まり、ゆっくりと振り向きながらヴァルディアスからの最期の質問に答えた。
「9年後。9年後の2月7日。旅の1番最初にこの村に来ることができてよかったよ」
そこまで言い終わってから、シェリアはまた歩き始めた。ヴァルディアスがいる部屋の出口から一歩踏み出す瞬間、もう一度立ち止まって満開の笑顔でシェリアはヴァルディアスに笑いかけた。
「さようなら。私の、大切な大切な親友くん!」
・・・
「そう言えば、ヴァルディアスさんって種族は何になるの?」
「種類だけで言えば巨人族。もっと大きな種族で言うなら、魔物の中でも人間に近い存在って感じだね。彼がまだ若い頃に、魔族側の世界で死にかけてたところを拾ったんだ。それから15年くらい一緒に暮らしてたんだけど、あの墓地でこの村の守り主になることを決めて別れたんだ。ほんと、立派になっちゃって」
「15年……そんなに長く一緒に過ごしてたんだ。それにしては、結構淡白なお別れだったよね。森での時も思ったけど、シェリアってお別れの時あっさりしすぎてない?」
「それはね、魔王との約束があるからね。それに、最期の想い出は笑顔であってほしいんだ」
「……確かに、そうかもね。でもそれ以上に、約束のことが気になるけど」
「それについてはまた今度ね。さぁ、そろそろ外に出るよ」
2人が外に出ると、洞窟の入り口にガルディンが立っていた。ガルディンは2人を見ると、大きなため息を1つついてから2人を出迎えた。
「そのため息はさすがに失礼じゃないかい?」
「いやぁ、すまない。夢だと思ってたのに急に現実に戻された気分でな」
「そう。それで、村の人たちは?」
「今は中央の広場に集まってる。2人のこと説明したら、慌てて宴の準備を始めてたぞ」
「なんだか、懐かしい気分だね。それにしても、まだ私の存在を覚えている人間たちがいたんだね。なんだか嬉しいかも」
「いなくなってから100年以上経ってるもんね。私も伝説上の存在としか思ってなかったなぁ」
「ははっ。なんだよ、人間らしいとこもまだ残ってるんだな。それとな、この村は魔女のことを忘れたことなんて一瞬たりともねぇ。そのせいで国王に兵力を最低限に減らされちまったんだけどな」
「そう……」
シェリアは黙り込み、少し俯いて歩きながら考え始めた。表情からどんなことを考えているのかを読み取ることはできないが、シェリアの眼は鋭く前を見据えていた。
村の中央では、100人ほどの村人が集まっていた。その中の1人がシェリアたちに気づいた瞬間、今までの静寂を引き裂くような歓声が村中に響き渡った。まだ広場の入り口付近であったが、シェリアたちの前に村人全員が膝をつき、そして各々が自分の願いや感謝を口にしながら祈り始めた。
「ほらな?」
「おいガルディン!魔女様に向かって何たる言いぐさじゃ!お前はもっとこの奇跡に感謝しなさい!まさか、2人の魔女様が再びこの村に来てくださるなんて!こんな幸運なこと、この先2度と起こらんかもしれんのじゃぞ!」
「私は気にしないから大丈夫。それに、ここまで崇められるのは少し気まずいかも」
「そ、そうでしたか……!それは失礼しました!寛大なお言葉、ありがとうございます!ほれ!ガルディンも魔女様の寛大さに感謝しなさい!」
「へいへい」
「これだから最近の若いもんは……おっと、私としたことが大事なことを忘れておりました。わたくし、コルニ村の村長をしております、ヒース・カルニスと申します。以後、お見知り置きを」
「私は初めまして、だね。私はシェリア」
「ヒースさん!お久しぶりです、アリスです。以前は何度か助けていただき、ありがとうございました!」
「はて、なんのことじゃったかのぅ…………ん?君はもしかして、学園にいたアリスちゃんかい?!」
「そうです!」
「そうかいそうかい。まさか、こんな巡り合わせがあるなんてのぅ。ささ、立話もあれですし、私の家にご案内いたします」
そう言うと、ヒースと名乗った老人はシェリアたちを村の奥にある少し大きな家に案内した。家の中には、8人掛けの机に所狭しと乗せられた大量の料理が用意されており、壁には「ようこそ!コルニ村へ!」と書かれた大弾幕が掲げられていた。
「改めまして、ようこそコルニ村へ。歓迎いたします、魔女のお二方」




