第17話 出発と衛兵
人間と魔物の境界となっている森。その人間の世界側に、2人の魔女は立っていた。変に開けた場所で、所々に様々な戦闘の痕跡が残っていた。その少し先には小さな村があり、出入り口となっている門には門番のような兵士が2人立っていた。
「……ここだったんだ」
「今はこんな風になっているんだね。なんだか、懐かしいような新鮮なような不思議な感覚かな。私がいた頃、この場所にはもっとしっかりとした防壁と兵士庁舎があったんだよね」
「ここ、学園の実習でよく使ってた場所だよ。お互いに魔法を打ち合うだけの実習だけどね。あれ?でも、この森ってただ暗いだけの森だった記憶があるんだけど、なんであの場所につながったんだろう」
「偶然だよ。あの場所は元来、私の魔力の質を検知して入口が開くようになっているんだからさ。それより、旅の最初の村にしてはちょうどいいじゃん」
「確かに。いきなり街だったらどうしようかなって思ってた」
「それもそうだね。さ、行くよ」
「うん!」
「君たち、少しいいかな」
2人が歩き始めようとした時、門番をしていた男性が近づいてきて話しかけてきた。背は高く、前を向いたままだと帽子のせいで顔が見えないが、鎧をまとった肉体を見るだけでかなりの実力を持った兵士であることが察せられた。
「いったい、いつからこの森にいたのかはわからないが、この森に立ち入るのはやめていただきたい」
「……どうしてだい?」
「ここ数年、魔物の動きが活発になってきていてね。この森には数多くの魔物が住み着いているんだ。だからそうだな……魔法使いに憧れるのは良いが、君たちのような子供たちだけで入ると危ないんだ」
「そう。それなら問題ないね」
シェリアはそう言うと、ゆっくりと帽子を取って兵士の顔を見た。じっと、まっすぐな目で。
「……なぁ、あんたら何もんだ?ただの子供じゃねぇな。そんで、人間の魔力とは質が違う」
「へぇ。こんな村にもあなたみたいな手練れがいたんだね。でも安心して。私たちは戦うつもりは一切ないよ」
「……もう一度聞こう。お前らは何者だ。返答次第では斬る」
「何者、何者ねぇ……」
その瞬間、シェリアが魔力の1割を開放して強く、重い言葉を発した。もう一度魔女の証である帽子を被りながら。
「何者だと思う?」
「……ちょ、ちょっとシェリア!?戦うつもりは無いんでしょ!?」
「単なる脅しだよ。話すよりも見せた方がわかり…………えっと。ごめん、大丈夫?」
「あぁ……あんたらがとんでもなく強いことはわかったよ。見た目だけで判断して悪かったな」
「気にしてないからいいよ。それより、立てそう?」
「……すまねぇが無理そうだ……面目ねぇ……」
「しょうがないなぁ。はい、どうぞ」
そう言ってシェリアが左手を差し出した。兵士は数分躊躇ったのち、シェリアの手を取って立ち上がることができた。
「すまない。情けないところを見せてしまったな。それで、この村に来た目的はなんだ?」
「私たち、今までこの森の中で暮らしてたんだけど、これからこの世界全てを知る為の旅をするんだ。それで、まずはこの村のことから知ろうと思って」
「この森で暮らす?俺は今まで何度もこの森の中を歩き回ったが、人が住んでた痕跡なんてなかったぞ?」
「あるのさ。とっておきの場所が。今度機会があったら教えるよ」
「おう、そうか……それはそうと、この村のことを知りたいんだったな。いいぞ。俺が案内する」
「ありがとう。でも、衛兵の仕事は良いの?」
「いいのさ。それよりも、久しぶりのちゃんとした客人だ。手厚く迎えたいのさ」
「そっか。それじゃあお言葉に甘えようかな。あ、それと——」
シェリアが帽子を取りながら、兵士の左手を指さしていたずらっぽく笑った。
「さっきの、借りにしとくから。その魔法陣に魔力を込めれば、いつでもどこでも私とこの子が飛んでいくよ。1回きりだから、本当に大事な時に使ってね」
「え?!私そんなの聞いてないんだけど!」
「今聞いたでしょ。それじゃあ、案内よろしく。衛兵君」
「なんつうかなぁ……お前ら規格外すぎなんだよ。あと、俺の名前はガルディンだ」
「誉め言葉として受け取っておくよ。改めて、案内よろしく。ガルディン」
「よろしくお願いします!ガルディンさん」
「おう。色々と聞きたいことがあるが、そっちも同じだろ?せっかくだし、歩きながら話すか」
それからは、ガルディンの案内で村の中を歩き回った。小さな家と少しだけ大きな村長の家、農民が日々手入れしているであろう整った畑がある村で、シェリアの記憶にあった村と全く違う趣になっていた。そして不思議なことに、村を1周しても村人に出会うことがなかった。
「……ねぇガルディン、1つ聞いてもいい?」
「あぁいいぞ。ここでこの村の案内は終わりだからな」
「この村の名前、なんていうの?」
「コルニ村だ。なんだあんた、魔法使いなのにそんなことも知らんかったんか」
「コルニ村……じゃあ、まだ案内していない場所があるでしょ。そこに案内して」
「おいおい、この俺が隠し事してるってのか?出会ったばっかではあるが、俺ってそんなに信用できない人間か?」
「あいつが信用できる人間以外に、その場所について話すわけがないから言っているの。あいつは古い友人だから、案内しても問題ないよ」
「…………そっちの嬢ちゃんは?」
「私は……私は、この世界におけるシェリアの立場を継ぐためにここにいます。案内してください」
「そこまでいうなら着いてこい。ただし、他言無用で頼むぞ」
さっきまでとは違う、重い足取りでガルディンは歩き始めた。
向かう場所は、200年前にシェリアが「あいつ」と一緒に掘り当てた墓所。その場所はコルニ村の外れにある大きな岩で通れなくなった道の先にあった。
岩の前に立ち、ガルディンが何かを唱えた。きっと、この村の衛兵と「あいつ」の間で決めた合言葉のようなものだろう。それを唱えると、岩が勝手に横にずれ、先へと進むことができるようになった。
「……この先だ」
「ありがとう、ガルディン。ガルディンは村に戻って、村の人たちに私たちが敵や魔物じゃないって伝えてきて」
「なんだよ、気づいてたのか」
「じゃあ、行こうか」
「なぁ、そういえば名前を教えてもらってなかったな。お前ら、なんて言うんだ?」
「あ、ちょっと待って!そのえっと、私はアリスです。ねぇ!本当に待ってよ!」
「なるほど、アリスか。奥の嬢ちゃんは?この際だから素性くらい話してけよ。そうじゃないと、村人も安心できないだろ?」
「村人も安心できない」。その言葉を聞いた瞬間、それまで一切止まることのなかったシェリアが立ち止まり、不敵な笑みを浮かべて振り返りながら言った。
「……私はシェリア。始まりの魔女にして、世界の観測者さ。君は勇敢で優しい。その心、忘れないでね」
それだけを話し終わると、シェリアはアリスを連れて暗い洞窟の中に入って行った。
その背中を見送りながら、ガルディンは大きなため息をついて左手に刻まれた魔法陣を見た。何の変哲もない魔法陣。でもそれに込められている魔力は、今まで感じたことがないほどに穏やかで温かいものだった。
「始まりの魔女にして世界の観測者……か。まったく、とんでもないやつに出会っちまったな」
安堵と呆れの混ざった笑みを浮かべながら、ガルディンは洞窟に背を向けて村人たちが避難している村長の家の地下に向かうのであった。




