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第16話 軌跡の魔法と二人の魔女

 今までの修業でもそうであったが、アリスの飲み込みは尋常じゃないほどに早かった。アリスが納得して取り組み始めたことは、ほとんどその日のうちに身に付けることができていた。一番時間がかかったことが、星属性の魔力の融合を習得するまでにかかった20日。この速度は完全に天賦の才だった。


「アリスって、苦手なこととかあるの?」

「いろいろあるよ?例えば、今やってる星属性の魔力を作りながら回避と攻撃魔法を撃つこととかさ。でも、藪から棒にどうしたの?」

「いやさ?深い意味はないんだけど、アリスって何でもそつなくこなしてる印象が強いからさ。いろんな人間を見てきたけど、ここまで何でもできるのはアリスが初めてだよ」

「な、なんか急に褒められてすごいむずがゆい……でも、昔師匠にも同じことを言われた気がする。私って、そんなに簡単に何でもできるように見える?」

「ううん。簡単になんて思ってないよ。でも、努力だけで全てを手に入れられる存在はいないよ。それにさ——」


 そこでシェリアは言葉を切って、じっとアリスの顔を見た。



 私は知っている。

 アリスが底知れないほどの努力家で、妥協や自分に甘くすることを嫌う性格だということ。自分はすべてできるはずだと信じていると同時に、努力を続けていないと何もできないと思い込んでいること。できないことは必要以上に落ち込むのに、できることには淡白なこと。常に自分の一歩以上前に完璧な自分を走らせていること。立ち止まったり休んだりするのを嫌うこと。その全てが無意識で、その考えがすべて自分を傷つけていることに気づいていないこと。他人から自分が傷つけられるのはどれだけでも耐えられること。それでいて他人には優しいこと。どんなに憎んでいても自分の中で必死に折り合いをつけることができること。

 その全てが、私と全くおんなじこと。

 


「——それに、他の人が同じかはわからないけどさ。私のもフレイザのも、アリスのことを心の底からすごいと思っているからこその言葉だよ。ほんと、アリスは私たちの自慢の弟子さ」

「えへへ……ありがとう。なんだか、少し自信ついてきたかも」


 これは、1月16日の朝の会話。2人が旅に出る、一週間ほど前のお話。


 「それじゃあ、星属性魔法も残すところ1つになったし、苦手とか言いながらほとんど完璧に『神の成れ果て(ルイン・オブ・ルーン)』も使いこなせてるし、回避とか高速移動をしながら魔法を使えるようになってきてるし……そろそろ、最後の魔法を教えようかな」

「最後の……それって『鍵』の継承の魔法?」

「うん。でも、これはすぐに終わるから後は出発までの準備をしながら一気に復習する時間になるよ」


 シェリアがそう言うと、アリスは嬉しさと寂しさと現実味がないという感情が混ざり合ったような表情になって、少し目を揺らしながら笑った。


「そ、そっか。もうここでの修行も終わっちゃうんだね」

「うん。ほんと、私の予定よりも早く修業を終わらせちゃって……こんな最高の子が私の後継者なんて嬉しくて仕方がないよ」

「……私も、シェリアと出逢えて本当に嬉しいよ」

「も~、そんなことが言えるようになっちゃって!それじゃあさっそくだけど——」


 2人が初めて出逢った場所で、それから2人一緒に過ごしてきた家の中。机の横に立ってシェリアはアリスに声をかけた。あの日のように。


「アリスは、これからどうする?」


 砕けた言葉。でも、あの日と同じ言葉であったことは、アリスもすぐに気が付いた。


「どう……というのは?」

「今から私と一緒に生きるか、また人間の世界に1人で戻るのか。私と一緒に生きる場合には1つ、契約をしてもらうよ」


 アリスにもう迷いはなかった。

 アリスは、ゆっくりとシェリアに向けて手を伸ばした。その手の上にシェリアが手を重ね、2人で顔を見合わせて笑った。


「それじゃあ、この手の間に星属性の魔力を作ってみて。そうすれば勝手に魔法陣が足元に現れるから」

「それだけでいいんだ……わかった——」


 アリスが目を閉じて数秒。2人の足元には、シェリアが星属性の時に描いた図のような魔法陣が生成されていた。静かな風が、2人の長く綺麗な髪の毛と一枚布の服を揺らした。


「——うん、完璧。それじゃあ、アリスにこの魔法の名前を教えるね」


 魔法陣が消滅したことを確認し、噛み締めるようにアリスの顔を見ながら魔女は告げた。


「この魔法の名前は——」



——軌跡の魔法(ブロートラクト)——






・・・




 それからの日々は、2人が森で過ごしてきた中で一番穏やかな時間だった。

 その時間の中で、2人は出逢ってからの日々を振り返っていた。初めてアリスが森に迷い込んだ日から、魔法の習得を終えたその日まで。わずか1年の時間。それでも、アリスの人生の中で一番濃密な1年だった。

 そして、1週間の時が経った。


「……さぁ、準備は良い?」

「もちろん!忘れ物はないよ。でも、この服のまま人間界に戻るのは恥ずかしいかも」

「それは私もそうだよ。それに、魔女には魔女の服装ってものがあるからね」

「……私持ってないんだけど」

「安心して。アリスの分もちゃんと準備してあるし、魔法の修業を完遂した証もまだ渡してないから、それを渡す授与式みたいなこともやるよ」

「……なんで直前に?」

「私の信条。大きなものを渡すのは、旅立つ日に渡すようにしてるの。そうすれば、まっすぐ前に進むことができるでしょ?」

「ふふっ。なんか、シェリアっぽい」

「でしょ?それじゃあ、相応しき舞台に行くよ。着いてきて。あ、荷物を忘れないようにね」


 そう言うと、シェリアは手持ちの鞄1つ分の荷物を持って家の扉を開けた。そしてすぐ目に入ったのは、動物たちがたくさんの花を持って待っている光景だった。


「驚いたでしょ?」

「ううん。なんだか、むしろ緊張がほぐれたかも」

「それなら良かった。それじゃあさっそく始めちゃうね」


 シェリアはアリスに自分の前に来るように手招きをした。

 2人が動物たちの円の真ん中で向き合った時、シェリアが手に身長ほどある木の杖を持って話し始めた。


「まずは、魔法の習得を完遂した証から。これは、私の弟子が一人前になった時に渡している杖だよ。人間界だと、この場所よりも自然の魔力が不安定だから子の杖を使うことをお勧めするよ」

「ありがとう、シェリア。大事に使うね」

「それと——」


 アリスが杖を受け取った直後、シェリアの手元には水色に縁取られた濃い紫色のローブと学園制服の様な黒色が基調となった服と、ローブと同じ色構成の大きなとんがり帽子が握られていた。


「これが、契約者として一人前になった人——アリスに贈る、私からの贈り物。魔法で織られた、一生使うことができる代物だよ。もちろん、私と色違い」

「これが、私の……」

「気に入ってもらえた?」

「はい……!本当に、ありがとうございます」

「なんだか、久しぶりにアリスの敬語聞いたかも。それじゃあ着替えよっか。私たちの、軌跡を辿る旅に出るために」

「うん!」


 アリスはシェリアから受け取った魔女としての正装に着替えながら、今までの人生を振り返っていた。変哲もない人生が、師匠であるフレイザと出逢ってから急に魔法使いとしての人生となり、学園に入学して地獄みたいな日々を過ごさせられて……そしてこの森に迷い込んで、シェリアと出逢って『鍵』の継承者になってこの世界に存在するすべての魔法を習得して。そうして今、アリスは長い旅の出発点に立っていた。


「わぁ……なんかすごく強くなった気分」

「着替え終わったみたいだね。ふふっ、やっぱり似合ってるじゃん。その色も良いんだよね~」

「シェリアも、本物の魔女みたいだね。なんというか、質素なかっこよさがシェリアっぽい」

「それ、本当に褒めてる?まぁ、私としてもシェリアみたいな色がついている明るいやつより、こういう真っ黒なやつの方が落ち着くんだよね」

「でも、素材が私と一緒なんだし、おしゃれしたら似合うと思うんだけどな~」

「じゃあ、人間の世界に戻って時間があったらお願いしようかな」

「ほんと?!やったぁ!」

「はいはい。じゃあ、みんなに最期の挨拶をするよ」


 アリスとシェリアが振り返ると、さっきまで周りを囲うように並んでいた動物たちが大きな花束を持ってみんなで1か所に固まっていた。

 その花束を受け取り、シェリアは動物たちに笑いかけた。


「みんな、今までありがとう。これからもどうか、お元気で」


 1つ深呼吸。そして振り返る瞬間、森の奥にセドリックの姿が見えた。


「……さよなら」

「みんなありがとうね!またね!」


 そうして2人は、想い出の森から旅に出た。足取りは軽く、顔は未来(さき)を優しく見据えていた。


「ねぇシェリア。なんであんなにあっさりと別れたの?もう会えなくなるんだったら、もう少し話してもいいと思ったんだけど」


 1人の魔女が、貰った花束を大事そうに収納魔法の中に仕舞っているもう1人の魔女に質問した。


「これでいいのさ。せめて別れくらいは……笑顔がよかったからさ」

「ふ~ん。ねぇ、帽子とってよ」

「……やだ」

「じゃあそのまま撫でるからいいも~ん」

「ちょっ……歩きづらいから、やめてって」

「じゃあ、出発して早々だけど少し立ち止まろうよ。せめて、涙が落ち着くまではさ~」

「もう……」


 そうして、双子のような2人の魔女の旅が始まった。どちらも等身大で、どちらが師匠ででしかわからない魔女たち——




——そんな2人の魔女の旅が、今始まる。






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