第15話 波導と永劫
「……あれ?できた」
アリスが唐突にそう言ったのは、修業を始めてからちょうど20日目のことだった。
シェリアがゆっくりと古書からアリスに視線を移すと、アリスの周りには金色の魔力の風が吹いていた。星属性の魔力への変化。それも、アリス本人が気づくのが少し遅れてしまうほどに安定した状態で。
「うん、完璧だね」
「やった!それで、これからどうすればいい?」
「じゃあ、そのまま魔力を全身に広げるように収縮させて。そうすることで『神の成れ果て』になるから」
「わかった……ふぅ」
アリスは深呼吸を1つ。その直後から、ゆっくりと金色の魔力が全てアリスの中に入っていった。それに合わせて、アリスの髪の毛は白色に、目の色は藍色に変化した。『神の成れ果て』の習得。星属性魔法習得の第一歩は、小川を飛び越えるかのようにあっさりと乗り越えられた。
「これからは、その状態のまま修業をしていくよ。というより、『鍵』の継承の魔法以外はその状態のままで使う魔法になるからさ」
「なるほど……この状態って、今ある星属性の魔力を使いきったらどうなるの?」
「普通の状態に戻るだけ。でも、継続して星属性の魔力を作り続けることができれば、理論上半永久的に星属性魔法を扱えるんだ。だから、これからの修業は魔法の習得以上に星属性魔法を扱い続けられるようにすることが主になるよ。魔法を使いながら星属性を作り続けられるようになれたら、もう修業は終わりだね」
「じゃあ、後はこのまま突っ走るだけってことだね!よ~し、やるぞ~!」
「いいね。それじゃあ、初めての実戦といこうか」
そう言うと、シェリアは立ち上がってアリスの前に立った。
「実戦?」
「そう。と言っても、簡単な摸擬戦だよ。私が魔法を撃つから、それを避けて。反撃できそうならしてもいいけど、被弾しそうになったらすぐに中止するからそれだけは頭に置いといて」
「わかった。ちなみに、シェリアは何を使うの?」
「私は基礎攻撃魔法の『波導』しか使わないよ。まぁ、馬鹿正直に使うだけだと修行の意味がないから意地悪なことするけどね。もちろん、避けれないなら相殺することも手だよ」
「難しそうだけど、頑張る!」
「それじゃあ始めようか。行くよ」
そう言うとシェリアは、空中に小さな魔方陣を同時に10個展開し、その全てから同時に『波導』を撃ち出した。その軌道はすべて直線だったが、魔法の速度が速いせいで瞬間的にかつ正確な動きで回避しなければ一発は被弾してしまう攻撃だった。
アリスはもともと回避が苦手であったため、魔法で相殺するつもりで待っていた。しかし、気が付いた時には勝手に体が動いていて、すべてを最小限の動きでかわすことができた。
「……やるじゃん」
「たまたまだよ。なんか、体が勝手に動いてそれに任せたら避けれた感じ」
「なるほどね。じゃあこれならどう?」
シェリアは再度同じ数の魔法陣を展開して魔法を撃ち出した。でも、さっきとは違い軌道がすべてバラバラで、それぞれが意思を持っているかのように動いていた。
その全ての軌道を正確に予測することは不可能。でも、今のアリスはその全てを回避できるかのような動きができていた——途中までは。
9発目の『波導』を回避した瞬間、アリスの『神の成れ果て』が切れた。一気に動きの精度が落ちて被弾しそうになったが、瞬間的に魔法にすらなっていない魔力をぶつけることで相殺することに成功した。
アリスは一瞬の死の恐怖から解放された安堵と、急に自分の体が重くなったことに対する戸惑いでその場に座り込んだ。その様子を見ていたシェリアは、アリスの横に座って話し始めた。
「なんで魔法を使っていないのに急に切れたんだろう、って思ってるでしょ」
アリスは俯き気味に頷いた。
「さっきのは星属性魔法の一種、『神の眼』だよ。『神の成れ果て』状態だと半ば自動で発動する魔法だけど、それに頼りすぎていると一瞬で星属性の魔力はなくなる。だからなるべく自分の力で回避しきれるようにならないとね。あと、『神の成れ果て』は切れちゃったらしばらくは戻れないから今日はこのまま座学だね」
アリスは泣きそうになるのを必死にこらえながら、小さく「はい」と答えた。
その様子を見て、シェリアは優しく笑いながらアリスの頭をなで始めた。
「アリスはよくやってるよ。つい半年前まではろくに3属性の複合すらできていなかったのに、今となっては星属性魔法を扱っている。これは間違いなく、アリスの努力の賜物だよ」
「……じゃあ、なんで今日はあんなことしたの」
「意地悪でしたんじゃないよ。星属性魔法を正確に扱うなら、実戦を通して感覚を掴むのが一番早いからやっただけだよ。今日やってみてわかったでしょ?魔法に頼ってるだけじゃ死ぬって」
「…………うん」
「さて。だいぶ参っちゃってるところ悪いけど、感覚を忘れないうちに星属性と『神の成れ果て』のことについて実戦的な視点から説明するね」
シェリアはすぐに真剣な顔になり、空中に魔力を使って絵と文字を描き始めた。それはシェリアが星属性について説明した時に比べてかなり抽象的だったが、アリスは何が何を指しているのかがすぐに理解できるほどに簡潔だった。
「まず、『神の眼』の性質と発動条件からね。この魔法は、『神の成れ果て』状態の使い手が魔法又は物理攻撃に被弾する瞬間に発動して最小限の動きでかわせるよう、一定の星属性の魔力を消費して勝手に体を動かすんだ。だから、自力でかわしていたら発動しない。つまり、自力で回避を身に付けない限り実戦場面で使用することはできないよ」
「自力で回避……だからあの時、シェリアは私に『実戦的に修行する』って言ったんだね」
「そゆこと。それで、星属性は融合した魔力だから、常に作り続けないといつか底を尽きる。勿論、動きながらね。事前に作ろうとしても、さっき成功した時にできた星属性の魔力よりも多くは作れないよ。だって、少しでも分量が変わるとすぐに分散してしまうから」
「あれを、動きながら……」
「そこで、『神の成れ果て』の性質が役に立つのさ。この魔法中は、簡単に星属性の魔力を作り続けることができる」
ここでシェリアは空中に1つ図を追加した。それは星属性について説明したものと全く同じ6角形の角が丸くなった図だった。
「『神の成れ果て』発動中は、常に自然と一緒にある状態——つまり、自然の魔力は勝手に体の中に流れ込んでくる状態なんだ。だから、自分の魔力で6属性の魔力を用意し続ければ星属性の魔力は半永久的に作り続けられる。あとはそれをいつ何時でもできるようになれば、『神の成れ果て』は完全に習得したと言ってもいいかな」
「さっきから気になってるんだけど、半永久的なのはなんでなの?魔力を作り続けられるなら無限とか永久に、って言ってもいいと思うんだけど……」
「簡単に言うと無理だから。もちろん理論上は可能ではあるんだけど、自然の魔力は有限だからね。いずれ枯れる」
「そっか……なんか残念」
「そんなに心配しなくても、星属性魔法を使った戦いなんて1日あれば終わるから大丈夫。他でもない私が証明する」
そこまで話し終わると、シェリアは立ち上がって「さて」とアリスの肩をポンと叩いた。
「今日はここから回避と反撃の練習をするよ。これは、今日から——そうだね、私が消えるまでずっと継続する修行だよ」
「……ううん、それは嫌」
アリスの答えは、まっすぐだった。まっすぐ、シェリアの顔を見ながら立ち上がった。そしてすぐに泣きそうな顔をしてふにゃりと笑った。
「ずっと続けるよ。少しでもシェリアと過ごした日々を、忘れられないようにしたいからさ」
「そっか……それじゃあ、今すぐにでも始めようか。まずは回避からね。回避をする上で大事なのは予測と魔力の流れを読むこと。予測はわかりやすいと思うけど、魔力の流れを読むことについては学園では教えられていないよね。簡単に言うと、相手の体内の魔力を自分の魔力を使って感知することで——」
シェリアの説明はいつになく嬉しそうで、楽しそうな声色だった。アリスからもらった言葉が、シェリアにとってどれだけ嬉しい言葉だったのかを表しているかのようだった。
そして、長い説明が終わった後に2人は笑いながら修行に戻った——
「——じゃあまずは魔法を使わずに魔法を回避する練習から。直線1本から行こうか」
「はい!」
——長い、永い。ながい、修業に。




