レグの説教
「それでこちらにいらしたというわけですね」
ピンクの寝間着姿のレグは呆れた、というように手で額を押さえた。
「申し訳ないけど、一晩この部屋に置いてくれない?」
わたくしは低姿勢で頼んだ。
姉が初めての夜に逃げてきたのでは、レグもショックを受けたかもしれない。
けれど、他に行き場も思いつかなかったのだ。
レグの私室は、ふわふわした女の子の世界だ。
壁紙も寝具も寝間着もピンク。フリルいっぱいの白のカーテン。家具は丸みを帯びた猫脚のもので揃っている。
低いチェストの上にはレグお手製のドレスを着たお人形が並んでいる。
この部屋に来るたび、わたくしはお呼びでないという感じがして、少しそわそわする。
寝支度を整えたレグは柔らかな茶色い髪をおろして、まるで人形の女王のように寝台にのっかっていた。
「わたくしは良いのですけど、お義兄様はあまりにお気の毒です。初めての夜にお姉様に拒絶されては、婿入りしたお義兄様の立場がありませんでしょう」
レグが厳しいことを言う。
普段いつもわたくしの味方をしてくれる妹に否定されるようなことを言われ、わたくしは勢いよく反論した。
「…わたくしだって受け入れるつもりでいたのよ。なのに。まさかこのアダルベルトの婿に迎え入れられておいて、不満だなんてっ!」
二人きりで話した内容をレグに洗いざらい話したわたくしは、再び悔しさに歯ぎしりした。
レグはため息をついた。
「お姉様はご結婚を心待ちにしていらしたので、ショックを受ける気持ちはわかりますが‥‥‥」
「心待ちになんてしてません!」
「いーえ。お義兄様がいらっしゃるのをとぉーっても楽しみにしていらしたから、お姉様は今お怒りなのです」
レグがぴしりと指をわたくしに突きつけたので、わたくしはびくりとした。
顔が怖い。怒ってるっぽい。
三姉妹で普段1番穏やかで、怒ると1番怖い妹だ。怒鳴りつけるのではなく正論で相手を追いつめるタイプ。
でもどうしてわたくしが怒ってることを怒られなければいけないのかしら。
レグはわたくしを諭すように言った。
「お考えください。お義兄様がお姉様との結婚を良く思ってなかったから何だと言うのです。きっとお義兄様の意思は問われることなく決まった結婚なのでしょう?それは複雑な気持ちもあるでしょう。政略結婚とはそういうものです、そうでしょう?」
「それは、そうかもしれないけど‥‥‥」
突きつけた指をぶんと振りながら説教をする妹に、私はたじたじと答えた。
「それでもお義兄様はそういうお心をあらわにすることなく、今日一日ご立派な振る舞いに見えましたけれど?」
「そ、そうね」
「それなのにお姉様は、隠したお心を勝手に暴いて、怒っていらっしゃる。そして夕食でのあの振る舞い‥‥‥不満を表明しているのはお姉様でしたわね」
「‥‥‥っ」
反論できない。
もしかしてわたくしが悪かったのかしら、という気持ちになってきた。
「格下の家から婿にいらして、さぞご不安もあろうと存じます。なのに初日からお姉様に寝室を追い出され、そのことを明日、家中の者が知るのですわ。この家でお義兄様はこれからどのようにお過ごしになることか」
「うっ」
使用人たちはあからさまに蔑むようなことはなくとも、紙の上だけの夫を軽んじる空気がにじむだろう。
使用人が知り、叔父が知り、アダルベルト傍系の者たちにまで伝わる。もしかすると、他家の者にまで。
家にいても外へ出ても嘲笑の的にされるフェリクスを想像して、居ても立っても居られない気持ちになった。
「あなたの言うとおりかもしれないけど、でもわたくしを侮辱するような事を言ったのはあちらよ。“買った”だなんて…」
すると、レグはふと表情を変えた。
手を口に当ててためらいつつ言った。
「その“買っていただいた身”発言について、わたくしちょっと考えてしまったのですが…」
「なに?」
「もしもですけど、叔父様がクレーベ伯爵家にお金をお渡しになっていたのなら」
「婚家への援助金ってこと?」
「名目は援助金でも何でも良いのですが、もし叔父様が何としてもお姉様のお相手を探そうとして、お金を払ってお義兄様をお婿さんにもらってきたのだとしたら」
レグの言いたいことがわかって、わたくしは息を呑んだ。
「お義兄様は本当に、ご自分がお金で買われた身だと思われていらっしゃるのでは」
「な、何てこと…」
思わず両手で頬を押さえた。
フェリクスとの会話を思い出す。そう言えばそんな感じの振る舞いだったかもしれない。
でも。
「待って。お父様であるクレーベ卿は逆に、金銭は必要経費であっても受け取らない、という方だったわ。お金アレルギー、だなんて御冗談を言うくらい」
「それもずいぶん極端なお話ではありません?前もって叔父様とクレーベ卿の間でお金に関する何かがあったのでは?」
「‥‥‥」
否定できない。
レイビックはお金で結婚を買うほど、切羽つまっていたの?だとしたらそれは、行き遅れでわがままなわたくしのせいだけど。
レイビックはアダルベルト侯爵代理として結婚相手を探していたはず。
ということは、侯爵であるわたくしがフェリクスを買ったということになる?
フェリクスはそう信じているの?
それならさぞ、我が身が惨めに感じるだろう。
そして自分は買われた自由のない身なのだと、悲痛な想いを微笑みに隠しながら、教会の道を進んだと言うのだろうか?
「わぁぁぁ、どうしましょう!」
悲鳴を上げるわたくしにレグが
「もしかしたら、ですから。わたくしの勝手な想像ですわ」
宥めるように言い聞かせてくる。
でもフェリクスの言動を思い返すと、けっこう当たっている気がする…
「ああ、わたくしは夫をお金で買った侯爵‥‥‥」
泣きそうだ。
「ど、どちらにせよ。お義兄様をこのまま放置していてはいけませんわ。今からでもお部屋に戻ってお召しになってくださいませ。まだ寝るには少し早い時間ですもの。きっと間に合いますわ」
「…そんな事、出来ないわ」
“やっぱり今から初夜しましょう”と言って呼び出すの?
わたくしのプライドはズタズタだし、フェリクスもわたくしと夫婦の契りを交わしたい、とは思っていないと思う。
「でしたら、どうなさいますの?明日からお義兄様を針の筵に置きます?」
レグが嫌な事を言う。
「あ、明日…」
「明日?」
「そう、明日の早朝使用人たちが起き出す前に、彼の部屋に忍ぶわ。それでどうにか体面は保てるでしょう!?」
朝、寝間着姿のわたくしが夫の部屋にいれば、皆納得するだろう。夜のあれこれがなかった事に目聡い者は気が付くかもしれないけど、新婚一晩目はうまくいかない事もあると聞くし、問題ないはず。
「‥‥‥」
レグは何かを言いたげにわたくしを見て、それから深ーいため息を吐いた。
「それはありなの…いえ、結構です。お姉様の思うとおりなさいませ」
「…言いたい事があれば言っていいのよ?」
「いいえ。夫婦のことですもの。これ以上わたくしが出しゃばってはよろしくありませんもの」
その夜はくぅくぅ眠るレグの横で、窓のカーテンをひたすら睨みながら朝を待った。
次回フェリクスの部屋に忍びます




