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アルフレートの栄光の道 前編

寄宿学校は12歳で卒業だ。

卒業にあたって、最も気の合う4人の学友を我が側近候補として選んだ。


学校では恋愛の真似事もした。

王子である我と近距離に座り、語り、指一本でも触れれば、女子どもは自分が特別な存在になったような気持ちになるものらしい。

高揚した顔で、一生懸命可愛らしいことを言う女子どもを見ているのは、悪い気持ちではなかった。

だが、それも学校卒業までの子どもの戯れだ。


我は第一王子アルフレート。

偉大なる父王の後を継ぐことが定められた特別な身。

いずれこの国で最も尊い人間になり、歴史にさえ名を残すだろう。

我がこれから進むは、光り輝く栄光の道なのだ。




王宮に戻った我の前に妃候補として連れて来られたのは、アダルベルト侯爵家の6歳の姫。

くるくると広がる黒髪と碧眼を持つ少女であった。

大人顔負けのカーテシーを披露し、なめらかに初対面の挨拶を述べ、しとやかに目を伏せる姿は…



「なんか、可愛くない姫でしたねえ」

私室に戻ると真っ先にオスカーが言った。

「子どもらしくないっつーかな。大人に仕込まれたとおりにしてただけなんだろうけど」

ヨーゼフが砕けた口調で言う。

「見た目も微妙でしたねえ。髪は真っ黒だし、目は釣り上がってるし。あれは成長して美人になるタイプにも見えませんねえ」

オスカーの論評に、ヴィムとエーリヒも同感とばかりに頷いた。


オスカー、ヨーゼフ、ヴィム、エーリヒの4人は我の元学友で、見習い侍従として我に仕え始めたばかり。

こんな風に大人のいないところでは、学校の時と変わらず気楽で遠慮のない関係だ。


我は大きくため息をついて、愚痴った。

「はあ。あれが我の妃になるのか。もうちょっとこう、なあー」

「殿下はどんな姫をお望みで?」

「それは、やっぱりこう…」


見た目は花のように可愛らしく、恥ずかしがりやで弱々しく、けれど我にだけには笑顔を見せる。

そんな女の子が好みだ。

アダルベルトの幼い姫は、すでに我の好みから外れている。

学校にはもっと好みの女子がたくさんいたのにな。


「まだ候補にしか過ぎません。陛下にお願いして、別の姫に変えていただくわけには参りませんか?」

ヴィムが提案するのに、首を振る。

「聞いていただけるとは思えん」

きっと大人同士のこんがらがった利権とか、派閥だとか、様々な事情の中で選ばれた姫なのだろうから。

我の意志など聞いてもらえるわけがない。


「アダルベルト家がまた強引な手を使ったのかもしれませんね。成り上がりの侯爵家如きが」

エーリヒが言うと、

「“強欲の”アダルベルトだからねえ」

「それな」

「全くです」

友人らが湧いた。

アダルベルト家とはずいぶんと嫌われた家らしい。

そんな碌でもない家の姫は性格も捻くれているに違いない。

「うわ、最悪だな」

見た目も性格も悪いなんて。

なんで寄りにもよってそんなのが選ばれたのか。

尊敬すべき父王を少しだけ恨んだ。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




姫と二人テーブルを挟んで、茶を飲みながら語らう。


今日のドレスはよく似合っているな。

昨日は何をしていた?

城での勉強は大変なことはないか?


少女が答える。

「恐れ入ります」

「昨日は殿下の御前に上がる為のお勉強をしておりました」

「よく学ばせていただいております。殿下をお助けできる妃になる為、精進致します」


6歳の少女が、微笑みの形に口を固定し、大人に教えられたままの台詞を返してくるのは、不気味な人形を見ているようで気味が悪い。


質問、答え、沈黙。質問、答え、沈黙。

それを1時間繰り返す。


そんな判を押したような茶会が、毎月毎月行われた。




「もううんざりだ!姫との茶会にはもう行かないぞ!」

「殿下、お気持ちはわかりますが…」

エーリヒがうつむいて、ぼそぼそと言う。

「侍従長も執事も、月に一度茶会を行う決まりになっていると、その一点張りでして…」

「どうあっても殿下には次もご参加いただくように、と言われております」

ヴィムも言いにくそうに言う。

「‥‥‥‥」


こいつらがなぜこんなにびくびくしているか。

我が決められたことをしないと、こいつらが侍従長たちから罰されるからだ。

王子がやるべきことをさせるのが、お前たちの役目だ、という理由で。


「いいよ。私たちのことは気にしなくて」

ヨーゼフが肩を竦めて言った。

「侍従の為に主人が我慢するって、なんか違うしさ。別に大した罰を受けるわけじゃないし?」

「ヨーゼフ…」

「私もそう思います。エーリヒとヴィムはびくびくしすぎ。殿下に負担かけるな」

「オスカー…」

我はなんと言えば良いかわからず、ぐっと眉を寄せた。


学校から王宮に戻り数ヶ月。

王宮の“教育”という名の洗礼を受けた友人らは、学校の頃とは変わっていった。

心弱っていく友人の姿が辛い。

平気だと笑う友人の姿も辛い。

あんなに気安い関係だった友人らが、今は我に絡みつく鎖のようだ。


自由も刺激もない毎日。

勉強、勉強、剣の稽古、勉強。時々くだらない行事に出席させられ、そして苦痛な茶会。

いつも誰かが決めたスケジュールどおりに動かされている。

友人らを上手く使われて、我が意も通らない。

四人といても、前のように無心で笑い合えない。


学校を卒業した時には、こんな風になるなんて想像していなかった。


「ちくしょう…っ」

ムシャクシャする。

出来ることなら、思いっきり暴れて王宮中を全部壊してやりたい。




それは数え間違えでなければ、妃候補の少女との6回目の茶会だった。


ヨーゼフを連れて茶会室に入ると、いつも冷淡な表情で控えている姫の侍女が、妙にはらはらした様子で姫を見ていた。

姫はいつもどおりの良く出来た挨拶を述べて席につくと、挑むような目で我を真正面から見た。


「姫、今日はいつもと何か違うようだ」

我が言うと、少女は“そのとおり、よく言った!”というように目をキラキラさせた。


「殿下!姫じゃなくて、マルグリットって呼んでくださいませ!」

「姫!おやめください!」

侍女が焦ったように注意するが、少女は…マルグリットは完全に無視の構えだ。

「わたくしはアダルベルトのマルグリットです!」


ほほう、と思った。

これは子どもに有りがちな“大人への反抗”というやつだ。

人形のように見えたこの少女にも、実は胸奥に隠していた子どもらしい反発心があったのだ。

少女なりの主張を、我は好ましく思った。

「うむ。マルグリット。これで良いか?」

言ってやると、マルグリットは笑顔になった。

子どもらしい、陽が輝くような笑顔だ。

初めて自分の妃候補をかわいいと思った。


「はい!殿下!わたくしは我慢をやめたのですわ!」

「ほお?」

「今まではお人形の振りをしてました。でもこれからはマルグリットに戻ります!いいですか?」

人形の自覚があったのか!

しかし、いいですか?と言われても…


王宮というところは、子どもが大人の思惑を外れて動くことを許さない。

マルグリットの主張は我には可愛らしく好ましく感じるが、彼女の侍女が今の発言を許すはずがない。

王妃候補につく侍女は教育係でもある。

茶会の後でマルグリットがひどく叱られ、厳しい罰を受けることは間違いない。

明日には“これからはいい子になります”と泣きながら謝ることになるだろう。

想像するとすごく嫌な気持ちになった。


ほら、侍女が後ろから…

「姫!いい加減になさいまし!無礼にも程がございます。今日はもう下がらせていただきましょう!」

我が許可もしてないのに侍女がそのように言うことが無礼なのだが。

マルグリットにこれ以上言わせまいと躍起になっていたのだろう。

「いや!」

マルグリットは逆らおうと腕をばたつかせたが、侍女は後ろから脇の下に手を回し、マルグリットを力づくで椅子から持ち上げようとした。


「待て、良い…」

我が思わず止めようとした時だった。

マルグリットは「きぃあああぁぁぁ」とキーンと頭に響く高い声をあげた。

これまで聞いたこともない奇声にその場の誰もが啞然とその子どもを見る。


叫びながら無茶苦茶に暴れる体を侍女の力では支えきれず、マルグリットはテーブルにガンとぶつかり、床に落ちた。

テーブルの上のカップが倒れ、茶が溢れる。


「あ‥‥‥」

部屋には護衛やお茶を給仕する者、我の後ろにはヨーゼフも控えていたが、誰も手を出せなかった。

一瞬あと。

「うっぎゃああああああ、わああああん、わあああん!」

とてつもない泣き声が床から聞こえてきた。


引きつった顔で侍女が後退る。

いや、そこは助け起こしてやらんと。


しかし子どもとは、いや人間とは、こんな声が出せるものか。

全て破壊してやる、というような暴力的な声。

こんなに野性的で生命力に溢れた声は聞いたことがない。


「うわああん!わあああん」

しーんと静まった部屋に野獣のような鳴き声だけが響きわたる。

しばし呆然とその声を聞いていたが、だんだん口がムズムズしてきた。

「うぎゃあああ、うぎゃあああ」

「ハハッ、すごい声だな」

マルグリットの鳴き声は、勢い衰えない。

「うわあああああああんっ」

「ウハハハッ」

一度笑い出すと止まらなくなった。

「アハハハッ、いいぞ、もっと泣け!」


大人どもが皆、子どもの泣き声に圧倒されている。

なんだかすごく愉快な気持ちだ。

マルグリットが床からガンとテーブルの足を蹴った。

「うっわあああああん!わらうなあ!ばかああ!うわああああん!」

「アッハハハハ!」

こんなに楽しいのは、こんなに笑ったのはいつぶりだろう。

もっと叫べばいい、侍女も護衛もみんな困らせてやれ、もっとめちゃくちゃしてやれ!

「アハハハハッ」


「殿下、ひっど…」

ヨーゼフの呟きは耳まで届かなかった。




茶会はそのまま、侍女の平謝りでもって終わった。

とてもとても、もう一度テーブルにつける惨状ではなかった。


茶会室を後にした我は非常に気分が良かった。

胸の鬱憤が晴れたような、爽快感があった。


「いやあ、面白かった。なんだあの珍獣は」

「殿下、笑いすぎ…」


機嫌良く私室に戻って、腰を落ち着けようとした時だった。

ヴィムが焦った様子で部屋に入ってきた。

ドアを閉めるのももどかしそうに、興奮した様子で言う。

「殿下!大ニュースです!!陛下が、隣国の親善大使出迎えの責任者に殿下を指名すると!」

「‥‥‥!」

ヨーゼフとオスカーがばっと我を見た。

「え!すごいじゃん!」

「それは大役!殿下おめでとうございます!殿下が次期王として認められたということですねえ」

「‥‥‥っ」


喜色溢れる友人の表情を見て、それが喜ばしくすごいことなんだと、理解が追いつく。


他国の大使の前に責任者として立つ。

それは言ってみれば、国王代理という立場に立つということ。

大役だ。

王子として、王家を担う一人として、始めて任される大きな役目。


これまで王子王子と特別扱いされてきても、国にとって重要な場に出席すれば、椅子に座っているだけの存在だった。

目立つことや、皆にすごいと言われるようなことはさせてもらったことがない。

けどやっと。

公の場に我の実力を示す機会がきた。


ぐっと拳を握った。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



しかしその責任者という役目は、我が思うようなものではなかった。


「なぜ我が、聞いたこともない事業の責任者であったことになっておるのだ?」

大使の歓迎パーティで読むようにと渡された原稿を手に、式務長官を問いただす。

「殿下には今回が初めての本格的な外交になります。けれどそれで大使に下に見られるようなことはあってはなりません。そのための箔付けです」

長官の目には、我を侮る色が見えた。

何もできない王子を責任者として担ぎ上げる為に、したくもない工作をしてやったのだ、と言わんばかり。


「いや、しかしこのような嘘をつくのは気持ちがよくない。我は王子であるのに箔付けなど必要か?」

長官はやれやれ、というように首を振った。

「外交は始めてです、という学校を卒業したばかりの王子が責任者と言われ、大使はどう思いますか。我が国に侮られているのか、と受け取るかもしれません」

王子であることに何の価値もない、と言われたようでむっかーとしたが、うまく言い返せん。

「国内のことならともかく、他国に対しては、どこからも文句が出ないようにすることが一番大切です。ご理解いただきますように」

「‥‥‥」


文句が出ないように、子どものお前はこっちの言うとおりにしろ、そう言われている。


パーティの原稿のことひとつではない。

大使出迎えの責任者となった我が求められたのは、言われたとおりに動き、用意された原稿を読み、あとはにこやかに立っていること、それだけ。

日程の調整、大使滞在中のスケジュール、人員配置から細かな支度まで、全てはこれまでどおり式務室と外務室が担うらしい。


もっと何かがしたい。もっとすごいこと。

責任者と言える何か。

言いなりになるだけなのは嫌だ。

しかし何をすればいいのか、まるで検討もつかないのが実際のところだった。


「……だったらなぜ我が責任者に指名されたのだ…」

「陛下のご采配の意向は私などにははかれません。…こちらの内容はこれから陛下にご報告致しますので」

そう言って長官は原稿だけ置いて、忙しそうに出ていった。



「馬鹿にしおって!我が責任者だぞ!」

「しかし殿下。殿下にはこれが初めてのお役目。今回は経験ある長官に任せ、近くでやり方を学ぶ機会にされれば」

ヴィムが不器用な笑いを浮かべながら、宥めるようなことを言った。

最近こいつは大人の意を受けたようなことばかり言う。

「ヴィム、お前は長官側につくのだな」

「まさか、殿下、そのような…」

「なら我にもっとまともな役目を持ってこい!」


わかっている。

彼らとて我と同じ、まだ13歳の子ども。

王宮に上がって半年。

我以上に王宮の渡り方も仕事の仕方も知らんのだ。

だが言わずにはいられなかった。


しんと静まった部屋で、のんきなヨーゼフの声が言う。

「殿下、そろそろ姫との茶会の時間かも?」


そうだ。今日はあれからひと月後のマルグリットとの茶会だった。




茶会室で待っていたマルグリットはしずしずと椅子から降りて、

「殿下、お越しいただきありがとうございます。お待ちしておりました」

と文句のつけようがないカーテシーをした。

これはいつもどおりの流れ。

前回の珍獣は幻だったか、と思うほどである。


しかしそのあと、にかりと笑った顔を見て、おやと思う。

「今日の機嫌はどうだ?マルグリット」

椅子に腰掛けながら言うと、彼女も座りながら

「名前を呼んで下さってありがとうございます!機嫌はよろしいですわ」

元気に言った。


この元気はどうしたことだ。

前回の茶会のあと、さぞこっぴどく叱られただろうと思っていたが。

ちらりと侍女を見ると、いつもの顔ではない。

「いつもの侍女ではないのだな」


我がそう言うと、マルグリットはにんまりして、自分の黒髪の前髪の一部をかきあげた。

「わたくしに怪我をさせたので、彼女は教育係から降ろされましたの」

よくよく見ると、額の付け根のところに、消えかけた傷跡のようなものが見える。

なるほど。

あの時、ガンと思い切りテーブルにぶつかる音がしていたが、怪我をしていたか。

王妃候補の顔に傷をつけたとあれば、教育係を降ろされて当然の失態。


しかし少女が自分の手柄のように、フフン、どうよ、という顔をしているのは解せない。


「前回の侍女が降ろされたから、叱られなくて済んだか?」

マルグリットは思いっきり首を横に振った。

「いいえ?わたくしの教育係はたくさんいるのです。みんなに囲まれて長ーいこと怒られて、暗い部屋に閉じ込められて、お食事無しでした。けどわたくしは全然平気でした!」

「ほお?」

マルグリットは自分の武勇伝を語るように言った。

後ろで新しい侍女が額を押さえている。


「そしたら次の日にお父様が呼ばれて、教育係たちが“こんな悪い子は王妃に出来ない”って言ったんです。そしたらお父様が“そうですか。妃になれないんでしたら娘は連れ帰ります”、て言って、そしたらみんな黙っちゃったんです」

「ほお!」

マルグリットの父とは財務長官、アダルベルト侯爵だ。

強欲に権力を求める男だと聞いていたが、娘が王妃となることにはそれほど興味がないのか。

そういうポーズを見せただけなのか。


どちらにせよ教育係たちは焦っただろう。

教育係の独断で父親を呼んで姫を叱ってもらおうとしたのだろうが、それで王妃候補を失うことになれば。

それこそ教育係の首が飛ぶ事態だ。

しかし姫の教育係は揃って質が悪いな。


マルグリットはちょっとうつむいた。

「でも。この間お茶会をめちゃくちゃにしてしまったのはやりすぎたなって思ってるんです。お茶もこぼしちゃったし、殿下にも失礼なことを言いました。ごめんなさい」

あんまりに素直な言様に頬が緩んだ。

と同時に、この間の獣のような泣き声を思い出して、吹き出しそうになった。

「ああ。いや、あれはなかなかに面白かった。またやっても良いぞ」

すると少女がむっとした顔になり、頬がぷうと膨れた。

元々丸いふっくらした頬が膨らみ、唇がおちょぼ口になった顔は、なんともかわいい。

「アハハッ。その頬はなんだ!もっと膨らませてみよ!」

「笑わないでください!もう!もう!」

「アッハハハ!」

前回からこの少女のやることなす事全てが面白くて仕方ない。


姫の侍女が死んだような目をしている。

「殿下、さすがにちょっと…」

オスカーが後ろで呟くのは聞こえなかった。



「なあ、マルグリット。お前どうして突然そんなに変わったのだ?」

不気味な人形のようだった少女と、前回の珍獣の間に何があったのだろうか。不思議でならない。

「えーと。わたくしは一生懸命がんばって、教育係たちの言うとおりの立派なレディをずっとしていたのです。けど、なんにもいいことなかったんですわ」

マルグリットは生意気にため息をついて言った。

立派なレディ…まあ確かに大人顔負けの完璧な所作ではあった。だからこそ不気味だったのだが。

「ちゃんと言われたとおりにしてるのに、みんな変とか、生意気とか言うのです。だからもうやめよ、って」

マルグリットの言うことはわかる。

しかしそう思い至ったからとて、ある日ばっさりとやめられるものか?

「教育係たちは怒ったであろう?」

マルグリットはふんと鼻で笑った。

「教育係たちだって間違ってばっかりなんですわ。言うこと聞いてたって、正しい王妃様にはならないってわかったんです。だからわたくしはわたくしが考えた言葉を言うことにしたんです。わたくし子どもですから、間違ったって良いのです!」


「…っ、へええ!」

我は心底感嘆した。

「確かに確かに。大人も間違えることはあるな」

うんうんとマルグリットは頷いた。

「子どもの内は間違っても許されるしな。どうせ間違えるなら言われたとおりにするより、自分の言葉で間違えた方が良いな」

「そう、それ!」

「マルグリット、お前良いことを言う」

えへへ~とマルグリットは笑った。

「それでこの前の獣のような泣き声がお前の言葉というわけだな?」

「あ、あれは違うんです。ただみんなを困らせてやりたくて…」

「故意か!アッハハハ!」

「笑わないでってば!」



前回のようにマルグリットが茶を零すこともなかったが、なかなか愉快な茶会だった。

茶会が終わって、気分良く部屋に戻る。

するとヴィムが早足で部屋に入ってきた。


…なんだ。前も同じようなことがあったな。

先月もマルグリットの茶会の後でヴィムがやってきて…


「なんだ、ヴィム。また大ニュースか?」

冗談めかして言うと、ヴィムは首を傾げた。

「はい?いえ、式務長官が控室にいらしてます…」

茶会の前に好き勝手言ってくれた長官がまだ我に用があるらしい。

せっかく良い気分なのにと思いながら渋々長官の元へ行った。



「殿下、大変恐れ多いことでございますが」

式務長官は言いにくそうに切り出した。

「先程お渡しした原稿は破棄していただきたいのです。やはり殿下が責任者ですから、殿下ご自身のお言葉をいただきたく…」

「…ずいぶん意見が変わったな」

信じられない気持ちで長官を見る。

マルグリットと茶会をしている短い間に何があった?


「実は、陛下のご意向でございまして」

「父上が?」


長官は少し前にあったやり取りを聞かせた。


『せっかく王子に与えた機会を奪うとは何事だ。

王子に経験を積ませる為に、責任者に据えたのだ。まだ経験のない子どもゆえ、多少の失敗は想定内。

そこは長官どもが補えば良い。まずは王子に考えさせてみよ』

そう父王は言ったらしい。


失敗は想定内…

そうか。我ならうまくやれると思われたから任されたのではないのか。

ショックなような。

父上のお気持ちが嬉しいような。


「陛下は殿下に並々ならぬ期待を寄せておられるご様子。責任ある立場で様々なものをご覧になることが、殿下の将来への糧になると思われているのでしょう」

「…そうか」

「正直に申し上げますと、殿下が責任者に任命されたことは名ばかりのことと思っておりました。もしくは隣国に殿下をお披露目する口実かと」

「そうか」

「しかし陛下のご意向がそうであれば、話は違います。殿下には責任者としていくつかのお役目をお任せできればと。よろしゅうございますか?」

「‥‥‥っ、もちろんだ!」

望むところだ。

そう勇んで言ったところで、ふと。

安請け合いして大丈夫か、と不安を覚えた。

何せ、失敗は想定内と言われたばかりだ。

我にちゃんとできることだろうか。

「…だが正直、我も始めての事ゆえ右も左も分からぬのだ。何をどうしたらいいか教えてくれるか…」

呆れられるかもしれんと思ったが、長官は何故か嬉しそうな顔をした。

「それはもちろんでございます。まずはこれまでの親善大使を迎えた時の資料をお持ち致します。それを見ながら、今回はどうするかを考えて参りましょう」

「頼む」


それから今後の準備の進め方について、少し説明を受けた。

素直にわからないことを質問すれば、嫌な顔もせず教えてくれる。

少し説明はくどいが。

あれほど嫌な奴だと思っていた式務長官も、話してみればそれほど悪い奴でもない。


我がやるべきことを並べられると、気分がほくほくして、やるぞ、という気持ちが湧き上がってきた。


「よろしゅうございました。殿下のご活躍が楽しみです」

「陛下は殿下に期待されているのですねえ」

長官が帰ると、話を聞いていたヴィムとオスカーが自分のことのように喜んだ。

「ああ、お前らも協力しろよ」

「ぜひお手伝いさせてください」


…それにしても。

失敗するのは想定内、まずは考えろ、か。


なんだ。マルグリットが言ったことに似てるな。


“わたくしはわたくしが考えた言葉を言うことにしたんです。わたくし子どもですから、間違ったって良いのです”


あんな子どもの言葉と、偉大なる父王の言葉が重なるとは。

もちろんマルグリットのは、自分が子どもだからと、開き直ってるだけだがな。


しかし偉そうだったマルグリットを思い出すと、また笑いがこみ上げてくるのだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「アルフレート様!笑わないで!わたくし怒ってますの!」

「怒ってるお前が面白いんだから、仕方なかろう?」

「ふざけないでください!わたくしは真剣に怒ってるんですわ!」

「真剣に怒ってるのか!アハハハハッ」

「きいいいい〜!」

「アハハハハッ」


人形でなくなったマルグリットとの茶会は愉快だ。

特にちょっとしたことでムキになって怒る姿は面白くて、癖になりそうである。


そしてマルグリットと別れたあとには、不思議と良いことが起こる。


「なんだな。あれが幸運を呼んでるのか?」

「あの珍獣がですか?」

マルグリットが床で寝そべって泣き叫んだ茶会の時から、友人たちとの間であの少女は“珍獣”で通っている。

「あれも理解できん生き物だからな。多少の不思議があってもおかしくない」

アハハハハッと友人たちが笑った。

「これからは“幸運の珍獣”と呼んでやろうか」




「さすが殿下でございます」

「我々ではなかなかそういったことは思いつきません」

大使を迎える為のちょっとしたアイデアを口にしたら、官吏どもに褒め称えられた。

どうも我は他の者にはない才があるらしい。


大使を迎える準備は、想像以上にやることが多くて考えることも多いが、やりがいがあった。


「殿下のお供をして様々な者と話している内に、大人との話し方がわかってきた気がします」

そう言ったのはエーリヒだ。

「そうそう。最近あんま怒られなくなった」

とオスカー。

「侍従長の扱いがわかってきたよなー」

「コツを掴んだ気が致します」


友人らも王宮の渡り方がわかってきたのだろうか。

最近は見せしめのようなこともなくなり、少しづつ前の明るい関係に戻りつつある。


王宮に戻ってそろそろ1年がたつ。

最近はいろんなことが上手く回り始めていた。



12歳〜13歳というのは、小6〜中1くらいということになりますかね。

甘やかされて育てられたその年頃の男の子たちですから、ちょっとお馬鹿でもしょうがないと思ってやってください。

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