結末
「またですの!?…いえ、嬉しいのですけど」
フェリクスが差し出してきたのは一本のペンだった。
滑らかな細い木の棒の先の片方には銀色のペン先が嵌まっている。もう片方の先には立体の花が掘られている。
そして棒の中程には、“マルグリット”と飾り文字で掘られていた。
「とても素敵ですわ。ありがとうございます。けれど作り過ぎではありませんか?」
初めて宝石箱をもらったあの日から、そろそろ7ヶ月。季節がふたつ過ぎた。
その間にフェリクスが持ってきた木の作品は…数え間違いでなければ六個目だ。ひと月に大体ひとつ作っている計算になる。
おかげで部屋のチェストの上の場所がいつ埋まるか、心配になってきた今日このごろだ。
「ご迷惑ですか?マルグリットに何かを作って贈るのが私の喜びなのですが。お困りならもうやめます」
「…迷惑なんかではありません。嬉しいですわ」
わたくしがフェリクスの頬にキスをすると、フェリクスもキスを返してくれた。
※※※
「エリー、またあなたは心配させて」
「心配かけてすみません、お姉様。もう熱はとっくに下がってますわ」
エリーが寝台の中から言った。
「本当に?もう体調は問題ないのですか、エリーお姉様」
レグが心配そうにエリーの額に手を当てた。
「ええ。今は大事をとって横になってるだけなのよ。だって明日はレグの結婚式なんですもの!」
そう。とうとう明日はレグの結婚式だ。
そのままお相手の家に行ってしまうので、こうして姉妹で過ごすのは今日が最後。
当主として妹の結婚を進めたのはわたくしだけど、やっぱり寂しい。
「…本当に明日なんて来ますかしら?」
レグがずんと沈んだ声で言った。
「何を言っているの?」
「今日の夜にでも戦争が起きて、隣国が攻めてきて、結婚は中止になるのではありませんか…?」
「物騒!」
「もしくはデルが明日の朝冷たくなって発見されるとか…」
デルとは明日レグの夫になる青年だ。結婚前からお互い愛称呼びしている。
「大丈夫よ!どうしてそんなに悲観的になっているの?」
「どうしてでしょう。なんか明日結婚できるなんて信じられなくて…」
想いが募り過ぎて、とうとう待ち望んだ日が来るという段になっておかしな思考に嵌まってしまったようだ。
「マルゴお姉様は結婚式前に、こんな気持ちにならなかったですか?」
「なるわけないでしょう?」
わたくしはばっさりと言った。
「そ、そうですよね、お姉様は…」
わたくしが結婚式前日に思っていたこと?
あのとんでもない美形貴公子が我が邸に来るのね、とか。
迎える支度に足りないところはなかったかしら、とか。
アダルベルト侯爵としての威厳を見せつけなければ。最初が肝心というし、とか。
まあ、感傷的な気持ちは全くなかったわね。
「わたくしは別に結婚したいなんて思ってなかったのだし」
「それは嘘ですわ。お姉様は結婚が決まってから、希望とやる気に満ち溢れていましたもの」
「そうだったかしら?」
「なのに、結婚初夜にわたくしの部屋にいらっしゃるし…」
「言わないで、レグ!」
「ええ、なにそれ?わたくし知りませんわよ!?」
「知らなくていいのよ、エリー!」
そうそう。あの日からフェリクスとすれ違っていたのだったわ。
その次の早朝、すぐに解決した気でいたけど、結局ずっとしこりが残り続けていた。
コホンと咳払いした。
「レグ、円満な夫婦関係のコツはね。ともかくよく話し合うことよ。よーく夫を観察して、相手の言い分をよく聞いて、自分の気持ちを正直に伝えるの。こういうのは言わない方がいい、とか、言ってもしょうがない、とか考えずにね」
「‥‥‥ええ。お姉様たちを見ていて、よく学ばせていただきましたわ」
レグがどこか疲れたように言った。
「ともかく良かったですわ。最近のお姉様たちが仲睦まじくて…わたくしも安心してお嫁にいけます」
「レグ…」
「本当は赤ちゃんが生まれるまでこの家にいたいのですけど」
「ふふ。そんなこと言ってたら、いつまでもお嫁に行けないわよ」
わたくしはお腹を優しくさすった。
少しだけ膨らみ始めたお腹。
「とりあえず最低二人は生まないといけないんだから」
なぜ二人か。
クレーベとアダルベルトの領主にする為だ。
クレーベは結局アダルベルトの預かりとなった。
崩壊間際の“国の食料生産地”クレーベを治めることは益が少なく責任は重い。王族や名だたる貴族たちはこぞって拒否した。
ここはクレーベ家と縁があり、いち早くクレーベの状況を把握し援助していたアダルベルトに任せようじゃないか、と押し付けられた形だ。
…そうなる予感はしてたけど。
今は領主据え置きのまま、エドウィンを管理者に置き、アダルベルトから何人か人をやって、ひとまずクレーベ領内をまとめようとしている。
なかなか手こずっているようだけど、フェリクスも王都からあれこれ助言を出している。
年内には形になってくるはずだ。
そしてこのままいけば、次期クレーベ領主はフェリクスの子どもということになる。
つまりわたくしの子どもだ。
「アダルベルトの跡継ぎと、クレーベの跡継ぎと、領主なんてなりたくないって言い出す子どもの為にスペアを二人くらい、で四人は生みたいわ」
「お姉様ったらスペアだなんて。…お姉様のお体が1番大事ですわよ」
「わかってるわよ。もうフェリクスが過保護で過保護で…」
妊娠がわかってから、フェリクスの方が心配のあまり死んでしまいそうである。
「わたくしたちのお母様もフェリクスの実のお母様も産褥で亡くなっているからって」
深く考えずに言えば、妹二人が難しい顔で口をつぐみ、場がしん、とした。
しまった。話題を間違えた。
「あー、全然大丈夫なんだけれどね、わたくしは!こんなに元気で、つわりも全くないし!フェリクスは心配性なのよ!ホホホ」
一生懸命自分の言ったことのフォローをしていると、トントンと部屋がノックされた。
「レイビック様がご到着でございます」
明日の式に出る為、アダルベルト城からレイビックがやってきたらしい。
エリーは寝台にいるように言い含めて、レグと二人で迎えに出た。
まだまだ肌寒い春の日。
レグの結婚式はわたくしと同じ教会で行われた。
アダルベルトからの参列者はわたくし、フェリクス、エリー、レイビック。
新郎側は20名程が参加していた。
誰もがにこやかに新郎新婦をみつめていた。
「幸せになれますわよね」
「当然ですよ」
フェリクスがわたくしの肩を抱いた。
「…わたくしみたいに?」
ちょっと意地悪く横目でフェリクスを見て言ってみた。
わたくし自身が望んだわけではない結婚。
すれ違いで始まって、初夜もせず、回りに多大な心配をさせた。
フェリクスの過去に振り回されて、怒ったり泣いたり、結婚三ヶ月で離婚まで決意した。
これだけ聞くと、あまり幸せな結婚とは言えないんじゃないかしら。
けれど。
不思議と結婚しなければ良かった、とは思ったことがない。
違う相手が良かった、とも思ったことはない。
「きっとマルグリットみたいに、夫を困らせたり、困らされたりしながら、幸せな生活を送るんですよ」
フェリクスがしゃあしゃあと言った。
「へえ?世に妻を困らせない夫はいないものかしら?」
「そんな夫はつまらないでしょう?」
フェリクスはずいぶん図太くなったわね。
新郎新婦が花道を通って、教会を出ていく。
教会の前には花で飾られた馬車。
新しい夫の手を借りて、楚々と馬車に乗り込んだ妹は満面の笑みで手を振った。
「お姉様、お元気で!」
わたくしもはしたないほどに大きく手を振り返す。
遠ざかる馬車が見えなくなるまで。
「行ってしまいましたわ…」
なんとなく甘えたい気持ちになって、フェリクスの腕にギュッと抱きついた。
「寂しいですか?」
「ええ、少し。でも結婚するって素晴らしいことですもの。レグを心から祝福してますわ」
「そうですね」
春になりきらない冷たい風がフェリクスの白金色の髪を揺らす。
キラキラ、と陽の光を弾く様を見るともなしに眺めた。
「当主様ー!いつまでもそのようなところにいて、体を冷やしてはなりません!」
レイビックの声に振り返ると、アダルベルト家の馬車の横でレイビックとエリーが呼んでいる。
「お姉様、早く帰りましょう!」
フェリクスがエスコートの手を差し出した。
「マルグリット、家に帰りましょう」
その暖かく頼もしい手をきゅっと握った。
「ええ、フェリクス。帰りましょうか」
最後まで読んで下さってありがとうございます。
ブクマ、評価、各話にいいねをつけて下さった方々、本当に本当に本当にありがとうございます。
生まれて初めて最後までお話を書ききることができました。
読者様がいるって、素晴らしいことですね!
もしかしたら後日、アルフレート視点とかレグ視点とか、1、2話付け足すかもしれません。
もしよければ、どこが好きとか誰が嫌いとか、ここの意味わかんねえぞ、とか感想いただけると嬉しいです!
ではまた、次回作で。




