♡♡大作戦③
⑤教会公園内を並んで歩く。
「ここまでにアデーレ第2王子妃、エレア公爵令嬢がいらっしゃいましたでしょう?ということは次はヨゼフィーネ第2王女がいらっしゃるのかもしれませんわ。それで何をなさるつもりかはわかりませんが」
「まあ、行くしかないでしょう。大丈夫ですよ。なんとかなります」
ここまでの実績からして、フェリクスなら何が起きてもスマートにどうにかしてくれそう。
頼もしく思いながらわたくしたちは並んで教会公園に入った。
「ここでお見合いをしたのでしたわね」
「ええ、そうでしたね。あなたは東屋でお茶とお菓子に囲まれていました」
「ま、見ていたのはそこですの?」
会話をしながら公園の整備された散歩道をゆっくり歩いていく。
陽射しは強いけど、風は爽やかで気持ちがいい。耳の上でミニバラがさわさわ揺れる。
わたくしはフェリクスの手に導かれて、すっかりリラックスしていた。
と、道の向こうに誰かが立ち塞がるように仁王立ちをしていた。
「‥‥‥っ!」
あまりに予想を外したその人物に、口がカパリと開いた。
「あれは…王太子殿下、ですか?」
フェリクスもさすがに驚愕したようだ。
「フェリクス、どうしましょう。逃げます?」
「そういうわけには…」
アルフレートはお忍び姿どころではなく、王宮での礼装。つまり見る者が見れば遠目にも王太子だとひと目でわかる格好だった。
その姿でこんなところで何をしたいのか。
状況がわからない。
それでもフェリクスの手に引かれて、止む無くアルフレートの前に進んだ。
「王太子殿下にご挨拶致します」
アルフレートは腕を組み、口をへの字に曲げて、心底嫌そうにわたくしたちを見た。
あら?なんだかいつもと様子が違うわ。
心から会いたくなかったって感じね。
わたくしに会いに来たわけじゃないのかしら?
アルフレートが口をつぐんだまま、くいっと顎をしゃくった。
それに釣られるように道の脇の東屋を見る。
東屋はいつかわたくしがしたように、絨毯が敷かれてお茶の準備がされていた。
そしてそこに座っているのは。
「え、は…?」
「マルグリット?」
「お、王妃殿下…」
「…え?」
我が国の最も高貴なる女性が軽やかなデイドレス姿で東屋に座っている。
その脇に寄り添うのは、娘であるヨゼフィーネと義娘であるアデーレ。
「王妃殿下と、第2王女ヨゼフィーネ様と、第2王子妃アデーレ様…ですわ…」
さすがのフェリクスも絶句した。
「…それはまた…」
王家の女性3人が東屋に座り、こちらを興味しんしんな様子で見ている。
ヨゼフィーネが笑顔で手を振った。
その横で王妃は、…つまりアルフレートとヨゼフィーネの母は厳しい顔でこちらを見据えていた。
ギギギと首を動かし、目の前に立つアルフレートをもう一度見た。
「殿下。これは何事でございましょう」
アルフレートはもう一度くいっとさっきと違う方向に顎をしゃくる。
そっちの方向を見ると、木の影に先程は暴漢に襲われていたエレア公爵令嬢がいた。その横にはメモを手にした新聞記者らしき男。
離れたところからわたくしたちを囲むように立つ護衛兵が10名以上。
その更に遠くから何事かと覗き込んでいるギャラリー。
この状況は何?
これから何をする気なの?
フェリクスの手をギュッと握る。
フェリクスはわたくしを庇うように小さく一歩前に進んだ。
アルフレートが鼻にシワを寄せ、嫌そうに、心底嫌そうに言った。
「一度しか言わんぞ。よく聞け」
すーと息を吸い、大きな声で言った。
「我はもうお前の元へ訪うことはしない」
「‥‥‥っ」
わたくしはアルフレートをまじまじ見て、それからまた東屋の方を見た。
ヨゼフィーネがパッチンとウインクを寄越した。
これは、ラブラブ大作戦の一部…なの?
アルフレートが続ける。
「マルグリットは夫とラブラブで相思相愛のようだからな、仕方ない。我は身を引こう」
「な、」
ラブラブで相思相愛って、何恥ずかしいこと大声で言ってくれちゃってるの!?
大体、身を引くとか、アルフレートあなたそんな感情わたくしにないでしょう!?
この状況では言いたいことも言えず、わなわな震えるしかない。
わたくしの表情を見たアルフレートの固かった表情が面白そうに緩んだ。
やっぱり相変わらずのアルフレートだわ。
彼はばっと腕を振った。
「アダルベルト侯爵夫妻、これよりは良き臣下として我に仕えるように」
いつものからかうような声ではなく、王太子としての威厳を込めた命令。
王家に、ではなくアルフレートに仕えるように?
こんな場でずいぶん重いことを言ってくれる。
一瞬でぐるぐるぐる、と思考が回った。
…まあ、いいわ。
アルフレートのことはよく知っているもの。
夫としては絶対お断りだけど、臣下として重用するというなら問題ないでしょう。
「仰せのままに」
最上級の礼を捧げると、フェリクスもそれに習った。
フンと鼻を鳴らしてコートを翻し、アルフレートが場を去っていく。
東屋を見れば、王族女性3人がハイタッチをしていた。
※※※
ヨゼフィーネが満面の笑みで言った。
「聞きしに勝る美丈夫ねー!マルグリットのお婿様は」
「恐れ入ります…」
「ラブラブ大作戦は大・成・功☆これでお兄様ももうマルグリットを追いかけ回さないでしょーし、あなたたちが仲睦まじいことも世間に知れ渡ったわよー!良かったわねー!」
「…ええ」
王家女性3人に見送られて、公園を出ると帰りの馬車が迎えに来ていた。ヨゼフィーネの指示らしいけど、手配の手際が良すぎるわ。
馬車に乗り込むとすぐに動き出した。
ふぅーと深く息を吐くと、こらえきれないものがお腹からこみ上げてきた。
「ふふっ」
「マルグリット?」
「フフフフッハハハッ、ああ、おかしい!」
大笑いしているわたくしをフェリクスはびっくりした目で見た。
「あのアルフレート様のっ!嫌々言わされてます、って顔!あのアルフレート様がお母様に睨まれて!アハハハっ」
王妃に厳しい目で見られながら、“もう訪わない”と言ったアルフレートは、まさに親に叱られて謝らされてる子どもだった。
王妃はこれまでだって散々、“マルグリットの元へ行くのはやめるように”と叱ってはいた。
けれど全く聞く耳を持たない息子に、温和な王妃もとうとう堪忍袋の緒が切れたのに違いない。
「叱られたくらいであの方が言うこと聞くわけありませんもの。何かよほどの事があったんですわ。何かで脅されたのかしら?どうしたらアルフレート様が聞き分けよくなるのか、気になりますわ〜。プフフっ」
まあでも、もうわたくしには関係ないことだ。
アルフレートはあれで有言実行なところがある。それにプライドも高い。
あれ程の人の前で宣言しておいて、それを翻したりはしないはずだ。
つまりもう意味なくわたくしの前にアルフレートが現れることはない。
「わたくしはアルフレートから開放されたのですわ!信じられないけど」
これまで何年、アルフレートに悩まされてきたかと思うと、笑い過ぎて涙が出そうになった。
フェリクスがそっと肩を抱いた。
「良かったですね」
「ええ‥‥‥」
「王女殿下の大作戦も無事クリアですね?」
「ヨゼフィーネ様が大・成・功☆っておっしゃっていましたもの」
今日のことは一気に噂が流れるだろうし、あらゆる新聞が記事にして載せる手筈が出来ているに違いない。
麗しき夫にアダルベルト侯爵は夢中で、その様子を見た王太子は身を引くと宣言した、というようなことが。
ちょっと納得出来ない部分もあるけど、しょうがない。
なにより重要なのは、アダルベルト家の未来が繋がったこと。
良かったわー!!
教会公園からアダルベルト邸までは近い。
馬車はあっという間に邸についた。
フェリクスのエスコートで馬車から降りる。
使用人たちが出迎え、邸の入口が大きく開く。
玄関には心配そうな二人の妹の顔も覗いていた。
ああ、全て終わったんだわ。
そう実感がこみ上げてくる。
わたくしはフェリクスから手を離し、彼の顔を見上げてにっこり笑った。
フェリクスもつられたように笑顔になった。
「フェリクス、今日は本当に助かりましたわ。ありがとうございました」
「マルグリット、お礼なんて…」
「これでもう、あなたにしていただくことはおしまいですわ。クレーベへお帰りなさい。離婚しましょう」
「…えっ」
フェリクスの笑みが消え、ポカンとした顔になった。
あら。フェリクスのこんな、“理解が追いつかない”みたいな顔は初めて見るわ。
わたくしはフェリクスから一歩下がり、髪からミニバラを抜きとった。
胸を張って顎を上げて息を吸って宣言する。
「わたくしは決めました。あなたをクレーベの領主に致します。そしてクレーベの領主はアダルベルトの婿にはしておけません。ですのでお別れです」
一気に大事なことをまとめて言った。
言った!わたくしは言うこと言ったわ!
これで全部終わったんだわ!
心臓がばっくんばっくんと鳴っている。
「では!そういうことですので!」
「‥‥‥っ、待ってくだ…」
わたくしは脱兎のごとく逃げた。
啞然とした表情のフェリクスを残して。
玄関をくぐり抜け、目を丸くしている妹たちの横を走り去り、使用人たちの間を抜け、そのまま階段を上る。
「お義兄様、お姉様を捕まえて!」
エリーの声が聞こえた。
え!?
心では勢いよく、実際はゼエゼエと息切れしながら階段を昇っていると、後ろからダンダンと鋭い音が近づいてくる。
チラッと見ると、フェリクスが猛然と追いかけてきていた。
階段にたどり着き、二段飛ばしで勢いよく昇ってくる。
「きゃあああ!来ないで!」
わたくしは逃げた。膝が折れそうになりながら階段の最後の一段を登りきり、右に折れ、私室に逃げ込もうとした。
私室のドアの取手に手を延ばした時、もう片方の手が後ろから掴まれた。
「きゃあっ!!」
くるりと体が回り、廊下の壁にトンと背中がぶつかった。
「は、離して、」
気づけば、左手が壁に押し付けられ動けなくされていた。
目の前にはフェリクスの紺のクラヴァット。
はあはあと息切れが苦しい。心臓がドンドンと鳴っている。
「は、離して、ください、ませ」
「話をしましょうか、マルグリット」
「ひゃっ」
低い低い声が耳元で聞こえた。
「お話、なんて何も…」
「もう逃げないとお約束して下さったはずですが?」
「‥‥‥それは、」
そう言えば、確かに言ったわ。
恐る恐る顔を見上げる。
フェリクスはにこりと恐ろしい顔で笑った。
「そろそろ私の我慢も限界ですよ?」
心臓が凍りついた。




