♡♡大作戦②
③みやげ物屋前で困っている女性を助ける
「みやげ物屋ってどこかしら」
「あっちに進んでくださいね」
アデーレが指差す。
「わたくしは後ろからこっそり見守っておりますわ。頑張って」
大きく手を振る花売りに見送られ、教えられた方向へ進む。
「ものすっごく見られてますわ」
フェリクスがあんな派手なことするから!
「マルグリットだって、王妃候補だったのです。注目されるのには馴れているでしょう?」
「視線の種類が全然違いますけど」
注目されるのは狙いどおりなんだけど、あまりに視線が暑苦しい。
これでフェリクスとの仲がラブラブで、円満な夫婦であることが世間に知れ渡るならいいのかしら。
‥‥‥円満な夫婦?
わたくしをエスコートしながら、フェリクスが今更なことを尋ねてきた。
「今日の計画は私たちの仲が良いことが世間に知れるように、ということでしたが、そもそも何のためにそのようなアピールをする必要があるのですか?」
「ああ、それは王太子殿下とわたくしの仲についてひどい噂が広がってるからですわ。もうすぐお隣の国の王女が嫁いでいらっしゃるのに、このままではまずいですわね、ということで」
「そうだったのですね」
フェリクスは納得したように頷いた。
わたくしったらそこを説明していなかったわ。
「それで、王女殿下や王子妃殿下というそうそうたる方々がお力添え下さってるのですね」
「あの方々は楽しんでいるだけのような…」
フェリクスは苦笑した。
「でしたら王家の方々のお力添えを無駄にしないように、私たちはこれからずっと仲の良い夫婦でなければいけませんね」
「ええ。‥‥‥?」
あら?
ちょっと待って。
これからわたくしたち離婚するんじゃなかったかしら。
ヨゼフィーネ様の手紙に脅されて、指示どおりにしているけど。
これって大丈夫なのかしら?
むむと考えているとフェリクスが訝しげな顔をした。
「マルグリット、どうかしました?」
「あ、いえ…」
その時、妙に高い声が響いた。
「あれ〜、やめてくださいませ〜」
「いいから、よこせー」
続いて男の声がする。
見れば20歩ほど先に、道に座り込んだ女性と、その女性からカバンを取り上げようとする男性の姿が見えた。
女性は一生懸命抗ってカバンを取り戻そうとしてる、ように見える。
対し男性はそのカバンを掴んで、
「カバンをよこせー。いいからよこせー」と恥ずかしそうに声を上げている。
二人の後ろを見ると、“ランクル土産物”と看板を掲げる店があった。
「“みやげ物屋前で困っている女性を助ける”。あれですわね。準備がよろしいこと」
「まさかあの方々もご友人ですか?」
フェリクスの問いに頷いた。
「ええ、あれは友人のエレアさん。公爵令嬢ですわ。男性の方は家人でも連れてきたのかしら」
いつも物静かでおっとりとしたあの令嬢までこんな企みに。
なんてことかしら。
額を押さえて目を閉じる。
「“別紙”によると、私があの男を追い払って、マルグリットが女性を助け起こすのですね」
「それ、しなきゃいけないのかしら」
「あのままお二人にお芝居を続けさせるのはお気の毒ではありませんか」
こそこそとそんな話をする。
道行く人たちが何事だろうと足を止めていく。
“誰か助けた方がいいんじゃないか”そんな声が聞こえた。
「…行きます?」
「はい、行ってきます」
フェリクスは人目を気にせず、スタスタと二人の方へ歩いて行った。
強盗役の男は、やっと来てくれたと言わんばかりの顔でフェリクスを見た。
フェリクスは無言でその男の後ろに回ったと思うと、腕を後ろにひねり上げる。
「いててて、やめっ、ホント痛いですっ」
男が叫ぶ。
あら、本気で痛そうだわ。フェリクスったらわざとやってるのかしら。
それから男の背をトンと押すと、強盗役男はわわわっと前にたたらを踏んで、なんとか転ばずに止まった。
振り返って驚愕の顔でフェリクスを見て、なにやらもごもご言ったあと、
「覚えてろよ」
おそらく芝居の脚本どおりの台詞を叫んで、走り去った。
あらあら。あっという間に片付いたわね。
道ばたに出来ていた人だかりから、パチパチパチと拍手がおきた。
次はわたくしの出番である。
嫌嫌ながら友人扮する町娘の元へ歩み寄った。
「…立ってくださいませ」
手を差し伸べると、彼女はその手を掴んで大きな声で言った。
「アダルベルト侯爵様、ありがとうございました!」
「はい?」
「アダルベルト侯爵様は優しい方ですわー!」
見事な棒読みだけど、その声は辺りに響いた。
「え、あれアダルベルト侯爵なの?」
「あの、よく新聞に載ってる?」
「本物?」
そんな声がどこからか聞こえてきた。
事態を理解して、はあ、とためいきをつく。
「わたくしがアダルベルト侯爵だと触れ回るのがエレアさんのお役目ですのね?」
「そのとおりなんですの。アダルベルト侯爵様ー!!」
ここまでラブラブ大作戦は順調なようである。
※※※
④カフェ・クグロワのテラス席でお茶をする。
カフェ・クグロワはわたくしも何度も行ったことがある。
王宮近い地区にある格の高いカフェだ。
室内席、個室、テラス、とありいつも使うのは個室だけど、今日の指定はテラス。
今日の作戦?の意図を考えれば、とにかく人目のあるところでラブラブしろ、ということかしら。
今日は天気が良いのでテラス席はあらかた埋まっていたけれど、前もって予約されていたようで、スムーズに席につくことができた。
まずコーヒーを頼み、メニューを開く。
「このカフェは甘いものがどれもとっても美味しいのです。フェリクスは甘いものもお好きでしょう?何を注文なさる?」
わたくしがうきうきと言うと、フェリクスは優しく微笑んだ。
「それは楽しみです。ちょうどお茶時で良かったですね。マルグリットは何を頼みますか?」
「それが悩んでいるのですわ!じゃがいものパンケーキが美味しいけど、前来た時にも食べたし…」
「なるほど」
「このプリンカフェが気になるけど、少し冒険かしら…」
「それでは、じゃがいものパンケーキとプリンカフェを注文しましょうか。二人で分けて食べましょう」
「え、え?」
二人で同じお皿から食べるだなんて、はしたなくないかしら。
そう戸惑っている間にフェリクスはさっさと注文を終えてしまった。
「まあ、フェリクスったら」
正直なところ両方食べられるのは嬉しい。
くすくす笑うと、フェリクスが目を細めた。
「マルグリットが笑うのを久々に見た気がします」
「あ、そうかも、しれません…」
わたくし自身もここしばらく笑った記憶がない。
けど久々に笑った理由が食べ物って。わたくしったら食いしん坊みたいじゃない。
「今日は一緒に来られて良かったです」
フェリクスがふわりと微笑んだ。
コーヒーは家で飲むよりもすっきりして、飲みやすかった。
「もう④まで来ましたわね。いろいろ驚かされましたけど、課題としては簡単でしたわ。良かったこと」
「そうですね。ですが最後の⑤が曲者かもしれません」
「そうですか?」
「ええ。⑤は教会公園を歩く、としか指示がありませんが、ここまでの流れからしてなにやらイベントが準備されている気がするのです」
「それはありそうなことですわ」
むうと起こりそうなイベントを考えるけど、思いつかない。
デザートが運ばれてきた。
「まあっ!」
先にパンケーキはフェリクスに渡して、わたくしはプリンカフェを前に置いた。
透明なグラスの中に2色のアイスと卵のプリン、フルーツが添えられていて、目に美しい。
スプーンを手にとってまずプリンを口に運び、頬を押さえた。
「おいし〜い!」
卵の味が濃厚でどっしりしていて、ばっちりわたくし好みだ。
「マルグリットは甘いものが好きですね」
「女性はみんなそうですわ」
次にアイスを食べ、冷たさと甘さと酸味のハーモニーにもう一度頬を押さえた。
「フェリクスはいかが?そちらも美味しいでしょう?」
「確かに。これは美味しいですね」
フェリクスがもぐもぐした後、感心したようにそう言う。
おすすめして良かったわ!
しばらくしてお皿を交換し、パンケーキも味わう。2種類食べられるなんて幸せだ。
ふっと気がつくと、フェリクスは自分の分を食べ終わり、目を細めてわたくしを見ていた。
「なんですの?」
「いえ。マルグリットが幸せそうに召し上がるので、私も幸せな気持ちになるな、と」
「‥‥‥っ」
今日のフェリクスの言うことはいちいち破壊力がある。
「あのフェリクス、少しやりすぎじゃありませんこと?」
いくら仲睦まじいところを世間に見せつけるって言ってもね。
「やりすぎ?何がです?」
「…まあいいですわ」
フェリクスがこんなに乗りがいい人だなんて知らなかったわ。
「あら、あそこの席にアデーレ様とエレア様がいらっしゃったわ」
いつの間に来たのか、同じテラス席でお茶をしている。席が遠いので声は聞こえない。
目が合うと二人とも手を振ってきた。わたくしも手を振り返す。
回りを見回せば、ほとんどのテーブルでは相方とおしゃべりしていたり、新聞を読んでいたり、思いのままにのんびり過ごしている。
ちらちらとフェリクスを見てはひそひそ楽しそうにしているテーブルもあるけれど。
「人目が気になりますか?」
「いいえ」
わたくしはふふふと笑った。
「わたくしだって、あなたほどでなくても、いろんな視線に晒されてきましたのよ。受け流す術は身につけておりますわ」
「さすがマルグリットです」
「けれど、今日はあなたがどんな世界で生きてきたかが少しわかりました」
フェリクスは首を傾げる。
他には見ない薄い色の髪の毛がサラサラと流れる。
「あなたって幼い頃からさぞ麗しくって、皆の注目を集めてきたのでしょうね?」
「…自分の見た目が普通とは違う自覚はありました」
「きっとそのことが今のあなたを作ったのですわね」
滅多なことでは動じない精神力や、隙がなさすぎる所作。
常に浮かぶ微笑みと隠される感情の色。
特別な容貌を持って生まれて、きっと良いことばかりではなかったわね。
そんなことに、思いを馳せる。
「美し過ぎても苦労があるのですわね!そのことがわかって良かったですわ」
ふふふと笑うとフェリクスは困ったように眉を下げた。
まだまだわたくしはフェリクスのことを知らないことばかりだな、と思う。
せっかく夫婦になったのに、こんなに知らないまままた他人になるのは、すごく寂しいことのような気がした。
「さて、最後の課題を片付けに行きましょう」
それが終われば、わたくしたちの親密な時間も終わるだろう。
⑤まで入れるはずだったのになあ…。
あと3話で完結するはずです。




