♡♡大作戦①
部屋に飛び込んできたわたくしに仰天しながらも、フェリクスは優しく事情を聞いてくれた。
「お茶会の時に王太子殿下の奇行にも困ったもの、という話になりまして」
「はい」
「ラブラブ大作戦っていうのは、わたくしたちが仲の良い夫婦であることを世間にみせつけたらどうかという話から出たものでして」
「そうなんですね」
「わたくしはそんな話のことなんて忘れていたんですわ!」
「なるほど」
フェリクスはうんうんと頷いた。
「この手紙に、ア、アダルベルトの未来がないって書いてあって…ヨゼフィーネ様は冗談を言う方ではないのです。フェリクス、お願いですわ。助けてくださいませ!」
「もちろんです。大丈夫。落ち着いて…」
久しぶりに見る柔らかい微笑み。
フェリクスがすごく優しい。
何日もフェリクスから逃げて放置し続けていたわたくしが、今度はお願いがあるからと突然飛び込んできたわけだから、普通は怒る気がするけど。
フェリクスは人が出来ているのね!
と感動していたら、こんなことを言った。
「もう逃げなくてよろしいのですか?このように私を近くに置いて」
あぅ!
そうよね。そう思うわよね。
「あ、あ、あの、フェリクス。逃げたのは申し訳なかったと思っていますわ」
「マルグリット。謝るなと言うのはあなたの口癖ではありませんか」
「うっ」
謝りたい時に謝れないのは、なかなかつらいものなのね。知らなかったわ。
「あ、あの。実はここ最近悩んでいたことにやっと答えが出たので、ちょうどあなたのところに行こうと思ったところで、この手紙が来ましたのよ」
この手紙が来なくてもあなたのところへ来るつもりでいたのよ、と言い訳する。
「そうなのですね。その答えとはどんなことか聞いても?」
「え?あの…」
エドウィンと話したあと、フェリクスに会いに行って話をしようと決めて。
“クレーベに帰っていいわよ”
“離婚しましょう”
そう言うはずだったけど。
いやいや、今アダルベルトを出ていかれては困るわ。
ヨゼフィーネの課題を終えるまでは。
「マルグリット?」
フェリクスがにこにこ笑顔のままで聞いてくる。
あら、笑顔なのになんか目が怖いわ。
「あ、あの。手紙にびっくりして忘れてしまったようですわ。そのお話はまた日を改めてもよろしいかしら?」
「‥‥‥‥」
「フェリクス?怒ってらっしゃる?」
怒られる心当たりがありすぎる。
フェリクスの顔を見ているのも怖くなって目を伏せると、そっと手をとられた。
「いつ答えをいただけますか?」
「え?あの、…この手紙の件が片付いたら、でよろしいかしら」
「わかりました。もう逃げませんね?」
「ええ、もう逃げません…」
やっぱりフェリクスは怒っていたわ。
お手紙の件が片付いたら…わたくしが悩んで決めた答えを聞いたら喜んでくれるわよね?
手を引かれて椅子に座らされると、フェリクスはその横に椅子を運んできて座った。
ヨゼフィーネの手紙はメッセージ一枚と、詳細が書かれた“別紙”が2枚あった。
二人で同時に“別紙”を覗き込む。
「指定の日は明後日ですね」
「そうなんですの。急すぎますわ。どうしたらいいのか」
「この日は何か大切な予定が?」
「いいえ、それは大丈夫です」
フェリクスは2枚とも上から下までざっと読んで頷いた。
「この紙に書いてあるとおりにすればいいのですよね?そんなに難しいことはなさそうですが」
「そう?難しくない?わたくし、よくわからないところがたくさんあるのですけれど」
書いてあることは理解できるのだけど、それで何をさせたいのかがわからない。
「これは全て、私たち夫婦の仲が良いことを世間に見せる為のものなんですよね?」
「…たぶん、そうだと」
わたくしが首を傾げながら言うと、フェリクスは楽しそうに笑って、わたくしの方に体を寄せた。
「それならきっと大丈夫ですよ。仲良くすればいいだけのことです」
※※※
その日は、カラッと陽射しの眩しい日になった。
真っ白なデイドレスをまとい、髪を編み込んだ上から白いつば付き帽子をかぶり、小さなバッグを持ってアダルベルト邸から馬車に乗り込む。
バッグから“別紙”を取り出し中身を確認する。
内容は①〜⑤の項目に分かれていて、①から順番に書いてある指示をこなしていく形になっている。
①噴水広場でまちあわせをすること
噴水広場とは王都の宿場通り近くにある広い公園。
フェリクスが先に広場へ行き噴水前で待ち、わたくしが乗った馬車を迎えるように、と書いてある。
なぜフェリクスと一緒に行ってはいけないのかしら。
そう思うけど言うとおりにしないと怖いので、フェリクスには一足早くでかけてもらった。
行き先が王都内なので、少し馬車に揺られればあっという間に噴水広場の馬車駐めにつく。
広場の中にはたくさんの市民たちがいるのが見えた。
特に女性が多いようだ。皆なにやら楽しそうに立ち話をしている。
噴水の方向から、見慣れた白金色の髪の貴公子が近づいてきた。
やっぱりフェリクスはキラキラしてるわね!
御者の手で扉が開かれ、入口の外からフェリクスが手を差し伸べた。
「ありがとう」
手をかけ、ドレスの裾を気にしながら馬車を降りた。
「マルグリット。今日の装いも美しいですね。よくお似合いです」
フェリクスがにっこり笑う。
途端、どよどよっと空気が揺れた。
何事なの!?
動きを止めて回りを見回すと、広場中の人間がわたくしたちを見ていた。
若い女性たちが口を手で押さえ、きゃあと黄色い声を上げている。
老女がフェリクスを遠慮ない目で凝視していた。
これは‥‥‥、みんなフェリクスの美貌に興奮してるんだわ!
「フェリクス、あなた皆に見られてますわ」
「噴水前で立っていたら、注目を集めてしまいまして」
フェリクスが苦笑する。
この、大したことじゃない、みたいな反応。
こういうこと初めてじゃないのね?
「アダルベルト領では、ここまでの騒ぎはなかったですわよね?」
アダルベルト領はお披露目の為の帰領だったので、二人で様々な場所に顔を出した。
フェリクスを顔を見て動きを止める者や、遠くから聞こえる興奮したひそひそ声。
そういうのは確かにあったけど、ここまであからさまではなかった。
フェリクスはわたくしの手を公園の出口の方向に引きながら言った。
「アダルベルト領では私が侯爵の夫だと皆が知っていましたから」
それもそうかしら。
アダルベルト領では皆がフェリクスを“これが侯爵の夫か”という目で見ていたわけで。
その美貌に驚いても、わたくしの目の前でわざわざ黄色い悲鳴をあげる者はいなかった。
この広場では、正体不明の美形でしかない。
それがひとり、人待ち顔で広場に立っていれば。
一体どこの貴公子か。独り身か。あそこで誰かを待っているのか。話しかけることは許されるか。
見る者の想像力が膨らむのもしょうがない。
そしてそこにわたくしが登場した、と…。
ああ、視線が痛い。
「ねえ、もしかしてヨゼフィーネ様がわざわざ待ち合わせをさせた理由って…」
「人目を集めさせたかったのかもしれませんね」
「やっぱりそう思いまして?」
“ラブラブ大作戦”の目的は、わたくしとフェリクスが仲睦まじいところを世間に見せつけることだった。
ということは、注目されることは正しい。
けれどこうして並んで歩くだけで意味があるのかしら。
「ひとまず①はクリアですわね。次に行きましょうか」
「はい、そうしましょう」
フェリクスの神がかった美貌のせいか、はたまたわたくしたちが貴族然としている為か。
人々はさあ、と道を開けてくれて、わたくしたちは誰にも邪魔されずにまっすぐ広場を出ることができた。
②商店街で花売りから花を買う
噴水広場から通りに出て、商店の並ぶ方向へ歩く。
後ろにはわたくしのバッグを持って付いてくる護衛兼従者がひとりだけいる。
これも手紙の指示だ。
通りはそこそこの人通りで、活気があった。
勢いよく走り抜けていく若者や、大荷物を運ぶ商人、買い物に来たらしい女性たちなど、様々な種類の人たちがいる。
目的地に向かって移動する者たちの中では、フェリクスも広場ほど注目されない。
ただ通りすがりに二度見されるのは当たり前。
フェリクスに見惚れて立ち止まってしまい、他の人の通行を邪魔してしまう女性もいた。
「もちろん、あなたがとてつもなく麗しいことは知っていましたけど。これほど人を引き寄せてしまうなんて。これまでも外出するときはいつもこのような感じでしたの?」
「まあ…見られることには慣れております」
フェリクスはなんでもないことのように答えた。
「あなたっていつも動じなくて肝が据わってると思っていましたけど、その理由がわかりましたわ」
アダルベルト領の大勢の視線の前でも、全く平気そうだったもの。
きっと幼い頃から見られ過ぎていて、もう何も感じないのだわ。
フェリクスはちらりとわたくしを見て言った。
「私はマルグリットには動じてばかりいるのですが」
…どういう意味かしら。
さて、手紙に書いてあった“商店街の花売り”とやらから花を買わなければいけない。
幸い、それらしきものをすぐに見つけることができた。
色とりどりの花でいっぱいにした大きなワゴン。その前に立つ赤い頭巾のお嬢さん。
「あそこで買えばいいのかしら」
「待ってください。あの花売りは何かおかしくありませんか?」
フェリクスが言う。
「花売りにしては身なりが整い過ぎです。それに回りにいるのは護衛ですよ」
「え?」
花売りなんてこれまで接したことがないから、どんなのが普通かわからない。
ただ確かに、護衛らしい男たちがさり気なく花売りを囲んでいるようだ。
「あ、あら?あの方は…」
花売りの顔がこっちを向いて、仰天した。
フェリクスがエスコートしてくれる手を反対に引っ張るようにワゴンに近づき、花売りに小声で話しかける。
「アデーレ様、アデーレ様ですわよね!?第2王子妃がここで何を?」
「あーん、ばれちゃいました!こんなに変装してきたのに、なんで?」
アデーレはばっと手を広げ、フリルいっぱいのエプロンがぱっと広がった。
「なんでって。普通にわかりましたが」
確かに服装は町娘っぽいし、いつもまとめている髪の毛をおろしている。けれどそれで顔が変わるわけじゃない。
「つまんないですわ!驚かせたかったのに!」
「充分驚きましたわよ。なぜこんなことを?」
「わたくし子どもの時からお花屋さんになりたかったんですのよ!」
アデーレは腰に手を当て胸を張った。
王子妃の夢が花屋なんて!
かなりびっくりだけど、そういうことならわたくしが口を挟むことではない。
護衛もいるみたいだし、ここは見なかった振りをしよう…
「そ、そうだったのですね。では頑張ってくださいませ。ごきげんよう」
ヨゼフィーネの手紙のことはすっかり忘れて、わたくしはさっさとそこを離れようとした。
「お待ちになって!お花を買ってくださらないと!」
「え?」
「もちろんこれはわたくしたちが練ったラブラブ大作戦の一部ですことよ。お花を売って、それからあなたたちが指示どおりに動くかを監視するのがわたくしの役目なのですわ」
「‥‥‥」
「さあ、マルグリットさんのお婿様。わたくしからお花を買ってくださいな」
「…はい。ではこちらを」
それまで黙ってわたくしたちのやり取りを見ていたフェリクスは、迷いなくワゴンから1輪の赤いミニバラを抜き取った。
それをわたくしの帽子の下、左耳の辺りにそっと差し込んでくれた。
「似合いますね。今日の装いとぴったりです」
囁くように言って、花を差したその手を滑らせてつっと頬を撫でた。
「‥‥‥っ」
驚いてびくりと離れると、さっと右手を取られた。
そのままフェリクスの頭が下がり、手の甲にそっと唇が触れた。
「きゃあああ」
「まあああ」
道行く人たちから声が上がった。
さすがのわたくしも顔が熱くなった。
違うのよ。これも指示なの。手紙に書いてあるの!
でもフェリクスったらスムーズ過ぎよ!
わたくしの夫はこんなに不埒な男ではなかったはずなのに。
アデーレがパチパチと拍手した。
「素晴らしい!素晴らしいですわ!目の保養ごちそうさまです!」
「恐れ入ります」
フェリクスはさらりと言った。
なんなの?この余裕は!?
わたくしの夫はなんて恐ろしい。
思ったより文章が長くなりました。大作戦の④くらいまでは書くつもりだったのに…。




