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【完結】女侯爵の平穏な結婚  作者: タコン
結:結婚の結末
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葛藤

ひとりになって頭を抱えた。

「…さすがにあの誤魔化し方はなかったでしょ」

フェリクスの望みをちゃんと聞いてから、断る方が何倍もマシだった。

「…フェリクス、がっかりしてたわ」

忘れてください、と言った寂しそうな顔。


“いつも私を夫として大事にすると言って下さった。やっとそれがどれほどかけがえない幸せなことかわかったのです”


私を大事にすると言うのなら、私の望みを叶えてくれるでしょう?て意味よね。

それならさぞわたくしに失望したでしょうね。

「…ああ」

ずんと落ち込む。


やっぱりどう考えても、フェリクスの望みはクレーベに帰ることしかない。

自分がクレーベの領主になれる可能性があることに気がついているのかしら。

もしわたくしが

『あなたはクレーベの領主になれるけど、そうしたら離婚しなきゃいけないのよ』

と言ったら、フェリクスはなんて答える?

『やっぱり私はクレーベが1番大事なのです。離婚の手続きはお任せします。ごきげんよう』

麗しい微笑みひとつ残して邸を出ていく…


「…なわけないじゃない!」

首をぶんぶんと横に振る。

そんな勝手ができるわけがない。

フェリクスがクレーベの領主になるにも、この邸を出るにも、わたくしの許しがいる。

わたくしがこの家の当主だから。

フェリクスはわたくしの意思には逆らえない…


はあ、とため息をついた。

「わたくしってひどい妻だったのね」

もうフェリクスを大事にする、なんて言えない。




夕食の時間になり、憂鬱な気持ちで部屋を出た。

パタンとドアを閉めると、廊下の向こうからもドアの音がして、私室から出てきたフェリクスとばちりと目が合った。

「きゃああ!」

口から勝手に悲鳴が飛び出た。

反射的に体が逃げて、今閉めたばかりのドアを開けて私室に飛び込んだ。

バタンと乱暴にドアを閉めて、はあはあ、と息をつく。

…あら、なんでわたくし逃げたのかしら。体が勝手に…

「マルグリット、どうしました?マルグリット?」

ドアが外からノックされる音に心臓がドッキンと跳ねた。

フェリクスの声を聞きたくない!

ギュッと耳を塞いだ。



そのままどれほどたったか、廊下からレグの声が聞こえて、そっとドアを開けた。

そこには呆れた顔の妹が立っていた。横には夕食を乗せたワゴン。

「お姉様、どうなさったんです?」

レグは部屋の中にワゴンを転がしながら尋ねた。

「何でもお義兄様のお顔を見た途端、悲鳴を上げて逃げたのだとか。お義兄様、しょんぼりされていましたわ」

フェリクスがしょんぼり?

「…特に深い意味はなかったのよ。心配させたわね」

なんとか笑って言った。

レグは眉を上げてわたくしを見た。

「まーた、お義兄様と何かございましたの?」

「え、何もないわよ」

レグの目が、ないわけないでしょ、と言っているけれど、本当に何もない。

ただフェリクスを見た瞬間、怖い、逃げなきゃって思った。

なんでかわからないけれど。


妹の目には呆れと心配が入り交じっている。

優しい姉思いの妹。

ああ、わたくしは駄目な姉だわ。

自分のことにばかりにかかずらわってないで、もっと妹のことを考えてあげなきゃ。

「あなたの結婚はちゃんと進めてあげるから安心してね」

反省の気持ちを込めてそう言うと、ギロリと睨まれた。

「まずはわたくしのことよりご自分のことを考えてくださいっ!」

びしりと指を突きつけ、お叱りモードになっている。

「‥‥‥わたくしは大丈夫よ」

「でしたら!明日の朝食は、ちゃんと食堂にお出ましくださいね、お姉様」

レグはプンプンとそう言って、返事も聞かず部屋を出て行った。

最近の我が家の末っ娘は、怒りっぽい。


その日の夜はいろんなことを考えて考えて。眠れなかった。



フェリクスの声が聞きたくない。

フェリクスの顔が見たくない。


けれどいつまでも子どものようなことをしていられないので、次の日の朝は食堂に赴いた。

フェリクスを見ないように席につき、パンとチーズをスープで喉に流し込む。

果物を口に詰め込み、なんとか咀嚼した。

そうして食堂について5分の内に食事を終え、私室に戻ろうと席を立った。

「マルグリット」

フェリクスの声に体が固まる。

「今日はこれから執務室に行かれますか?」

ああ、そうだった。今日は執務室でフェリクスと一緒にいくつかの書類を作成する予定だった。

けれど。

フェリクスに、アダルベルトの内部のことをこれ以上触れさせていいものかしら。

すっごく今更だけど。

「フェリクスは今日は、結構です」

「‥‥‥」

「あなたは執務室に来てはなりません」

そのままフェリクスの顔を見もせず、食堂を後にした。


その日は、片手でつまめるサンドイッチを作らせて、夕刻まで執務室に籠もった。

執務を手伝う事務方が

“これはフェリクス様の手をお借りした方が”

などと言うので、

“フェリクスに頼りっきりでいいと思ってるの?お前たちの仕事はなに!?このやくたたず!”

と部屋を追い出した。

結局1日執務はほとんど進まなかった。


私室に戻り、夕食の為に着替えていると、ドアがコンコンとノックされた。

「マルグリット」

フェリクスの声に、ぐっと喉が詰まった。

「私はお部屋で食事をいただきます。あなたは食堂でゆっくり食事をなさってください」

自分が一緒だとわたくしがまともに食事ができないのだと思ったのだろう。

そしてそれは正解だった。

けれどフェリクスにそんなことを言わせたかったわけじゃない。


ただ聞きたくないだけ。

クレーベに帰りたい、とか。

離婚してください、とか。


それを聞いてしまった瞬間、わたくしたちの関係はきっと終わってしまうから。



ドアの前のフェリクスが立ち去っていく足音。

わたくしはがっくりして、床に座りこんでしまった。



※※※



その日から、フェリクスは部屋に閉じこもるようになってしまった。

室内から物音がするから生きてはいるはずだけど、姿も見せなければ声も聞こえない。

もちろんわたくしに気を使ってるのだとわかった。


フェリクスがいなければエドウィンも食堂に来ない。

なので二人の食事は品数を多くして、3食おやつをしっかり部屋に届けるように料理人に言い含める。


フェリクスの部屋をノックして、“もういいよ、顔を見せて”と言えば、フェリクスは部屋から出てきたはず。でもわたくしは放置し続けた。


食事は結婚前のように三姉妹で取るようになった。

けれど空気が重い。

気のおけないおしゃべりはなく、カラトリーの音だけが響く。

あまり空気を読まないエリーまでが、口をつぐんでもそもそと食べ、黙って食堂を出ていく。

『お義兄様が部屋でひとり寂しく食事をとっておいでですのに、楽しくおしゃべりなんて出来ません』そう言われた。

妹は二人してわたくしに怒っていた。

使用人たちも何か言いたげにしている。


気がつけば、アダルベルト邸は暗雲に覆われたように、暗くひっそりとした空気に包まれていた。



※※※



私室でひとり、窓から外を見ていた。

今日は朝から雨で、いつも以上に気分がどんよりしてしまう。


フェリクスの部屋からは時折ゴリゴリと音がする。また何か作っているらしい。


もう何日目かしら。

もうこの状況をどうにかしたい。

こんな精神的に圧迫されたような生活はもう嫌だ。

全部自分のせいなんだけど、もう疲れた。

邸中の人間がわたくしが行動を起こすのを待っているのを感じる。


いい加減、決着をつけなきゃ!


ぐっとお腹に力を入れて、立ち上がった時だった。

コンコンとドアがノックされた。

フェリクスかと反射的に身構える。

けれどドアの外にいたのは意外な訪問者だった。


「お義父様、どうか?」

「実はまた描いてしまいまして。侯爵にもらっていただけたらなと」

エドウィンはヘラリと笑った。

そう言えばこの義父の姿を見るのも久しぶりだわ。

また油絵を描いたらしい。

こんな時に、と思いながら、布に包まれたままキャンパスを受け取った。

布を取り払う。


油絵の具で描かれていたのは、一組の男女の後ろ姿だった。

これは結婚式?

教会のステンドグラスの複雑な模様の中に浮かび上がるような二人。

男性は白っぽい髪をひとつに括り、重厚な紺のコートを着ている。女性は黒髪を結い上げ、真っ白な花びらのようなドレスを纏っている。

男性の手は女性をエスコートしているが、二人がどんな表情をしているのかは後ろ姿なのでわからない。


「これは、わたくしたちの結婚式?」

「そうです」

エドウィンは嬉しそうに頷いた。

「私から見えた二人です」

前にもらったものと似た抽象的な絵なので、細かなところはぼんやりしている。二人の顔も見えない。

けれど全体から伝わる暖かな空気が、この結婚が祝福されたものだと伝えてくる。

二人にはこの先幸せが待っている、そう信じさせてくれるような絵だ。

エドウィンにはこんな風に見えていたのだわ。


わたくしはこの時何を思っていたかしら。

まだ三月もたってない。その時のことは鮮明に思い出せた。

そう。わたくしは自分の夫に満足していたわ。

見目麗しく礼儀正しい彼を見て、これなら夫として合格だと思った。

もっと言えば、浮かれてたかもしれない。

自分の晴れ舞台。これから始まる新しい生活。

わたくしの唯一無二になるはずの男性。

フェリクスが何を考え自分の横に立っているかなんて、慮ったりはしなかった。


きっとあの時からわたくしは間違えていたのね。

あの時、もしフェリクスの暗い気持ちに気づいていれば。

話を聞き出し、誤解に気づいて、あなたを買ったりはしてないと伝えてたら。

あなたが夫で嬉しい、あなたを心待ちにしていたと伝えていれば。

フェリクスはわたくしを受け入れてくれたのかしら。


涙がほろりと目から落ちた。

「こ、侯爵!?」

おろおろするエドウィンを見る。

「ごめんなさい、お義父様…」

あなたが託してくれたフェリクスの幸せはわたくしでは果たせない。


フェリクスはわたくしと離婚してクレーベに帰るべきなんだわ。

ひとりでうじうじシーンは本当に書きにくい!

そろそろお話を終わりに向けて進めます。

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― 新着の感想 ―
いや…マルグリットの反応は今までを思えばむしろ当然で、なのに妹たちは毎回毎回姉ばかり責めるよね。義兄には何の問題もないと思ってるの?身内とはいえもう少し姉にも寄り添っては?
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