勘違い
フェリクスとエドウィン。
ソファに並んだ二人は同じ薄茶の目でわたくしをみつめ、まるで子犬二匹だ。
初めてエドウィンを見た時、似てない親子だと思ったけど、こうしてみるとそっくりね。
それはさておき。
印章偽造から話が流れ、フェリクスの結婚前の話になり、『アダルベルトに買われた』問題にたどりついた。
わたくしたちのすれ違いも、結婚前のフェリクスが絶望していたのも、元はと言えばここから来ている。
「…フェリクスが“自分は買われた身だ”などと言うので、レイビックがわたくしの代理でクレーベに資金援助でもしたのだろうと思っていたのですが…」
「と、と、とんでもないっ。なぜフェリクスはそんなことを!?」
父親に問われて、フェリクスは答えた。
「アダルベルト侯爵から父様に“金に困っているなら息子を買ってあげよう”という申し出があったのだと結婚前に聞いていて…っ」
そこでフェリクスははっと口を押さえた。
「まさか、そこから全部騙されていた…?」
フェリクスが愕然としているけれど、そんな話を聞いて愕然としたいのはわたくしよ。
金に困ってるなら買ってあげよう、てどこの奴隷商なの、わたくしは?
どんな人間だと思われてたわけ?
…これはどうも単純な資金援助とかいう話ではないらしい。
「そんなっ、埒もない話をお前、なんだって…」
あわあわして無意味に手を振り回しているエドウィンを、まずはなだめる。
「まあ、落ち着いてください。お義父様」
「い、いや、意味がわからんことで…」
エドウィンが情けない顔でわたくしを見た。
「ええ、お義父様。わたくしもさっぱりわからなくて困っていますのよ」
この場で1番訳がわからなくて困っているのはわたくしですけど?と言うと、エドウィンは身を縮こまらせた。
「さ、さもありましょう…」
「もう初めのところからわからないのですが」
「初めの?」
「そもそもわたくしたちの結婚というお話は、どこから始まったのでしょうか?」
この結婚の最初の最初。
根本的なところから勘違いがある気がする。
アダルベルト家とクレーベ家は同じ国の貴族家という以外にはなんの縁もない家だった。
それがどこから繋がって結婚まで進んだのか、詳しいことをわたくしは知らない。
それを知っているのはレイビックと、このエドウィンのはず。
「ど、どこから?…アダルベルト子爵からのお話をいただいたので…」
「もう少し詳しく。お願いしますわ」
エドウィンは困った顔で首をひねり、それから考え考え話した。
「ある日、私が王都の家にひとりで過ごしておりましたところ、突然アダルベルト子爵が訪ねていらして。フェリクスを当主様の婿にどうかと思っている、とおっしゃいました…」
ええ?レイビックは知り合いでもない家に前触れなく押しかけて、突然婿入り話をしたわけ?何やってるのかしら。
「…そうなのですね。それで?」
「このままでは当主様は永遠に結婚出来そうにない。とても困っている。フェリクスは調べたところとてもよく出来た男のようだ。ぜひとも我が家に欲しい、とそのようなお話をしたと思います…」
「永遠に結婚出来なそうで困っている、ね。確かにレイビックが言いそうなことですわ」
わたくしの嫌な顔に気が付かないエドウィンは話しながら調子が出てきたようだ。
どんどん早口になっていく。
「それで私は嬉しくてですね。フェリクスはずっと私のせいで不憫な目に合っていて、どうにかせねばと思いながら、どうにも出来ないままで。私は立場も金もなく、結婚の話をなんとか用意しても全部妻に潰されて…これほど才あふれる息子がクレーベで潰れていく未来しか見えず…」
エドウィンの頬が紅潮し、瞳は潤んでいく。
「父様。そんなことを考えて…」
フェリクスが息を飲んで、自分の服の胸の辺りを掴んだ。
「アダルベルト子爵のお話を聞いて、これは神が与え給うた最後のチャンスだと思いました。決して妻に知られず、フェリクスをアダルベルトにやらなければならんと。…結局途中でバレましたが」
エドウィンが肩を落とす。
まあこのエドウィンだもの。手落ちがあるのはしょうがない。
フェリクスの為にきっと彼なりにできる限りのことをしたのでしょうね。
親心だわー。
ほろりときたものの、今確認しなければいけないのはもう少し現実的なことだった。
「借金にお困りだったと聞きましたが、レイビックから援助のお話はありましたの?」
エドウィンは手を大きく振って否定した。
「いいえ、いいえ!とんでもないことです!そんなことしたら妻にバレてしまいます。それにこれほど格上の家にフェリクスをやるのです。クレーベのせいで婚姻後、惨めな思いをさせてはならんと。なるべく縁を作らず、婚姻後はクレーベとは関わりなく生きていけるようにと、精一杯…っ」
話す内にエドウィンの目から涙が溢れた。
つまりエドウィンには結婚に伴う下心なんてかけらもなかった、息子を思う心100%で行動したというわけね。
フェリクスは衝撃が大きかったのか、胸を押さえたまま固まっている。
ここはギュッと親を抱擁するところでしょうに。しょうのない人ね。
わたくしは立ち上がってソファの方へ行き、エドウィンの手を両手で取った。
「お気持ちよくわかりましたわ。フェリクスをわたくしにくださってありがとうございます、お義父様」
エドウィンの涙が滝のようになった。
「あ、アダルベルト侯爵…なんて優しいっ…」
「嫌ですわ、お義父様。義理の娘なのですからマルグリットとお呼び捨てくださいませ」
「と、とんでもないことです、恐れ多い…」
結婚式当日のフェリクスと同じ反応。
この親子は…。
涙が止まるのを待って、エドウィンの手をそっと離す。
さて、ここまでの話にはどこにも勘違いが生まれる要素がなかったんだけど…
「“金に困ってるなら買ってあげよう”とわたくしが言ったというのは、どこから出たお話ですの?」
尋ねると、フェリクスがぎくりとした。
「それは私が悪かったのです。あの女の言うことを真に受けて…」
「あの女?」
「…義母です」
おそらくは隠されていた結婚話を知ってしまった義母の嫌がらせだったのだろう、とフェリクスは言った。
「なぜお義母様があなたの結婚をそこまで厭うのです?」
「それはいろいろ…クレーベの面倒を見ていた私がいなくなるということも面倒でしたでしょうし、クレーベより格上のアダルベルトに私が行くのも業腹なことでしょうし…」
裁判の時の派手で小太りで騒がしかった夫人を思い出す。
あの夫人がフェリクスに『お前はお金で買われたのよ!アダルベルトに行って大事にされるなんて思わないことねー!オーホホホ!』
とでも言ったのかしら。…言いそうだわ、すごく。
「まあ、呆れた方…それで?」
「それで?」
「ええ、先程、“そこから騙されていたのか”っておっしゃいましたでしょう?ということは他にも騙されていたことがあるのでは?この際ですから、全てを明らかに致しましょう」
フェリクスは顔を青ざめさせた。
「フェリクス、あれに何を言われたんだ?」
エドウィンも促すが、フェリクスの唇は固い。
首を横に振って悲壮な声で言った。
「どうか、お許しください。それだけは言えません…」
あらあらまあ…
これだけの事を白状しながら、まだそれ以上の隠したいことがあるらしい。
「…どうしても?」
「言えません…」
そんなにひどいことなの?
はあ、とため息をついた。
印章偽造に、フェリクスが処刑覚悟で婿入りしていたこと。実はフェリクスが『買われて』なかったことに、ついでにエドウィンの親心。
これだけの事をいっぺんに明かされて、わたくしももうお腹いっぱいだわ。
わたくしは可愛そうなフェリクスの頭をポンと叩いた。
「わかりました。もう良いですわ」
フェリクスが目に見えてほっとした。
くるりと二人に背を向け、ひとりがけ椅子に戻った。腕を組む。
「話をまとめると、アダルベルト家の者がクレーベ家の者にお金を渡したことはない、そういうことでよろしいのかしら」
「も、もちろんです」
エドウィンが請け合う。
「ということですわ。良かったですわね〜、フェリクス」
思いっきり嫌味を込めて言ってやるとフェリクスの顔が引きつった。
「なんだか今日は、いろんなことを聞きすぎたようですわ。ひとまず頭を整理させてくださいませ」
わたくしはクラクラする頭を押さえて部屋に帰った。
窓際で完全に冷めたコーヒーと乾いたクッキーを見て悲しくなった。
「つまり全部勘違いだったってこと?」
寝台に向かう。
ポツンとひとつだけ置かれた枕をむんずと掴んだ。
「あんだけ人を責めておいて?勘違い?は!?」
枕を頭上に上げ、振り下ろした。
寝台にぶつかってボスンと鈍い音がした。
「どっこにも問題ない、ふっつうの結婚だったんじゃない!」
ボッスンボッスン!
続けざまに怒りをぶつける。
「なんであそこまで言われなきゃいけなかったの!?」
結婚式あとの“結婚したくなかった”という態度。
初夜が出来なかったこと。
睡眠不足のフェリクスには理不尽に責められたし。
その後“自分が惨めだ。もう施されたくない”とか失礼なことを言われた。
全部、全部、わたくしがフェリクスを買ったとかいう勘違いのせいだった。
ボッスン!
「フェリクスのばかー!!」
ビリッ
布が破れる音がして中から飛び出た白い羽が部屋を舞った。
フェリクスがどうしても言えないことは、『フェリクスの結婚①②③』を読んでもらえればわかると思います。…そりゃ言えないよねー。
ちなみに初夜ができなかったのは、マルゴに責任があると思うんですが、本人はフェリクスのせいだと思い込んでいます。




