フェリクスの罪
応接室に場を移して話を聞く。
ひとりがけ椅子にわたくし、ソファに親子が並んで座った。
「印章偽造?」
いきなり飛び出た重い言葉に息を飲んだ。
「フェリクスはクレーベ領主の印章偽造をして、越権行為を働いたようなのです」
エドウィンは両手をもみもみして、どうしていいかわからない、というように言った。
「あらまあ、大変…」
印章とは公私の文書に印を押す為のもので、身分ある者が自分を証明するもの。
それを偽造することは当然重罪だ。
更にそれを使って他人の権限を犯すようなことをすれば、極刑に処されてもおかしくはない。
「…それは結婚前の、フェリクスがクレーベを管理していた時のことですわね?」
「はい、あなたとの婚約が決まってから、結婚するまでの話です」
いつも以上に低い声が抑揚なく答えた。
フェリクスは膝の上に組んだ手をじっと見て、顔を上げない。
「越権行為というのは?偽造印章を何に使いましたの?」
「…話すと長くなりますが、クレーベという地は伯爵家本家と親族家分家が分担して広大な農地の監督を行っていました。それが義兄が領主になり、一族の者たちから土地の権利と資産を取り上げていきました。そのせいでクレーベ領のほぼ全てを私ひとりで引き受ける羽目になったわけです」
長年クレーベを支配してきた一族が崩壊して、農地管理システムが壊れてしまったのね。
「ええ…それで?」
「私がクレーベを出ると決まった時、このままでは領地が立ちいかなくなると思い、領地に残っていた元監督者たちに土地と資金を返還したのです。偽造した印章を使って」
「…土地と資金!」
ずいぶん大胆なことをフェリクスはしたらしい。
エドウィンが引き継ぐように話した。
「フェリクスが結婚してからしばらくした頃、マルクが入るはずのお金が入らないと言い出しまして。印章が使われたとは思っていなかったようですが、何かフェリクスがしたに違いないと。そう言ってアダルベルト邸に行こうとするのを必死に止めようとして…」
話を聞いてはっとした。
「…まさかそれで、あの事件に?」
「はい、そうなのです」
裁判の時マルクが言っていた、“フェリクスのところに行こうとしただけだ”、という台詞にここで繋がるわけだ。
感心してる場合ではないけど、ポンと膝を打つ。
「私も先程フェリクスを問い詰めて、ようやく知ったのです。これはすぐに侯爵に相談せねばと息子を引きずって参りました」
エドウィンは眉をへの字にしてフェリクスを見た。息子を思いやる父親の表情で。
なかなか立派なお父様なんじゃないの。
わたくしの中のエドウィン評価があがった。
「話は大体わかりましたけど…」
わたくしの見解を述べる。
「…バレたら確実に有罪。けれどそんな偽造なんて簡単にバレますわね」
「どうすればいいでしょう、侯爵ぅ!どうにか息子を助けてやってくださいぃ」
エドウィンが必死の表情で言う。
わたくしは口に指を当て、できることを考えた。
「…そうですわね」
なんとか逃げ道を探すしかない。
幸い、まだ国の官吏がクレーベ入りしていない今。アダルベルトからの調査員だけがクレーベにいる今なら、打てる手はあると思う。
まずは弁護人に相談だ。
「とりあえずお義父様。フェリクスを引きずってきていただいて良かったですわ。この件はわたくしが預かります。大丈夫ですわ、誤魔化しようはあります」
たぶん。
安心させる為ににっこりしてみせるとエドウィンは助かった、という表情で両手を組み合わせた。
「不肖の息子を見捨てないでいただき、ほんとぉーにありがとうございますぅ」
見捨てたりしないわよ。大事な婿ですもの。
「それで、フェリクス?」
沈痛な空気を漂わせたままうつむいて、固まったように動かないフェリクスを睨む。
「わたくしは怒ってましてよ?」
「…お怒りごもっともかと」
「フェリクス、顔を上げなさい」
のろのろと上がった顔は、憔悴していた。
色白の透けるような顔が青ざめ、長いまつ毛が震えている。
フェリクスの美貌でこんな表情をされると…、何だか胸がざわざわするわね。
コホンと咳払いをする。
「…偽造印章のことを怒っているわけではありませんわよ?何故とっとと白状しなかったのです。お義父様に連れて来られなかったら、ずっと隠している気でしたの?」
「…申し訳、」
「聞きたいのは、謝罪ではありません!」
びしっと言うと、何故かフェリクスの隣のエドウィンの方がびくりと震えた。
「こ、侯爵。きっとフェリクスには何か考えが、きっと…」
エドウィンの言葉に、それもそうね、と思う。
フェリクスは異常に頭の良い人だもの。
先のことを何も考えてないはずがない。
「バレた時どう対処するつもりでした?それとも絶対バレない手立てを何か講じてますの?」
だったらわたくしが何かする必要はないかもしれない。
そう思ってフェリクスを見ると、彼は躊躇いながら言った。
「…すぐには気づかないだろうと。…義兄が気づくのは結婚後だと計算していました」
「…それは、結婚してしまえばアダルベルトが庇うだろうとか、そういう?」
まさかの他力本願?アダルベルトならどうにかしてくれると期待してた?
フェリクスらしくない。
「そうではなく…その、」
フェリクスは言いかけて唇を噛んだ。
なんだか印章偽造をした話の時よりもフェリクスの口が重い。
何をそんなに言い淀む事があるのかしら。
不思議に思いながら、フェリクスが話すのを待った。
フェリクスはとうとう心を決めたように口を開いた。
「結婚後に処刑されるなら、むしろ幸いと思っていたのです」
「は?」
「…私の罪に巻き込まれるとしたらクレーベではなくアダルベルトだろうから、と…」
「フェリクス!なんてことをっ」
エドウィンが驚愕の声を上げた。
なんか今、とてつもなくひどいことを言われたような気がする…
言われたことを頭の中で転がした。
「…結婚するなら死んだ方がましだと思っていた?アダルベルトを巻き込めれば良い気味だと思った。そういう意味ですの?」
「‥‥‥」
フェリクスは否定しない。
わたくしはズキズキしてきた額に拳を当てた。
えーと?つまり。
結婚に絶望しか感じてなかったフェリクスは、結婚後全て明らかになることを予想しながら罪を犯し、罪に巻き込む気満々で婿入りした。
と、そういうことね。
フェリクスがここまで言いにくそうにする理由がわかった。
それは確かに笑って白状できるようなことじゃないわね!なるほどね!
…もう呆れるしかない。
「…あなた、どれだけ結婚が嫌でしたの?買われるように婿になることがそれほど?」
フェリクスがどれほどわたくしとの結婚を屈辱に感じていたかは、聞かされている。
けれどそこまで?処刑される方がマシなほど?
買われた、買われた、て言うけど…。
あなたの雲より高いプライドがズタズタになったのかもしれないけど。
結婚に際して、片方が片方の家にお金を渡すなんて世間ではよくあることなんだからね!
今更だけど、そう言ってやりたい。
「その…結婚前はマルグリットの事がわかってなく…結婚後は印章のことが気づかれる気配がなかったので…」
「で、お義父様に言われるまで隠していたわけですね?」
「…申し訳ありません」
「謝らなくてよろしい…」
もうそれ以上かける言葉がみつからない。
印章を偽造したとか、違法に作られた権利書をどうしようとかそんなことよりも、このフェリクスをどうするかの方がよっぽど面倒で難しい問題に思えた。
フェリクスの横から、エドウィンがおずおずと言った。
「なんでしょうか?その…買われるように婿になった、とかいうのは?」
「「は?」」
わたくしとフェリクスの声がはもった。




