裁判が終わって
休憩後再開した審議は、二人の主役そっちのけで、判事と弁護人という二人の法律専門家がやりあう展開になった。
話し合われたのは、爵位と領地をマルク個人から取り上げるか、クレーベ家からの取り上げにするか。
マルクはクレーベ当主。本来当主の罪は家全体に及ぶ。
しかしそれではクレーベ家という古くからの貴族家が消える。
広大な農地を管理する一族のノウハウも消える。今のこの食糧不足の時代、それは得策ではない。
「クレーベ家がどうなるか不安ですか?」
フェリクスに尋ねる。
「それはもちろん…」
「大丈夫ですよ。判事にも袖の下を渡してありますから」
フフフと笑うと、フェリクスは目を見開いた。
「あなたの大事なクレーベ家を潰したりしません」
判事と弁護人がわざとか?というくらい理解の難しい単語を並べたて、喧々囂々言い合う中。
今日の主役の片方、エドウィンはずっとうつむいたまま貝のようになり。
主役のもう片方、マルクは散々喚いた挙げ句、鎧姿の警備兵3人に囲まれ、怯えて声が出なくなった。
ちなみにその母親はとっくに裁判室から放り出されている。
「これにて全ての審議が終わりました」
判事が宣言した。
判決はエドウィンは無罪。マルクは領地爵位の取り上げ。クレーベ家は爵位を維持したまま国の管理下に置かれる。
「ふざけるなあ!話を聞けえ!これのどこが裁判だあぁ!」
喉が枯れそうな声で叫ぶマルクが警備兵に引きずられていく。
彼はこのまましばらく、クレーベ邸で兵に監視されながら軟禁生活になるだろう。クレーベ伯爵としての財産を持ち逃げさせない為に。
その後の彼の処遇については、調査の元で更に話し合いが持たれるはずだ。
まだまだ課題を残しながらも、クレーベ伯爵家の騒乱はひとまず一区切りとなった。
※※※
「裁判は終わりましたけど…どうします、フェリクス?」
人が帰り始めた傍聴席で、フェリクスはぼー、とした顔で座っていた。
「…どう、とは?」
「裁判の内容が物足りなかったのでしょう?あまりにもあっけなかったですもの」
わたくしはうんうんと頷いた。
フェリクスとしては、10年以上苦しめた義兄と義母がこれほど簡単にやられてしまっては、物足りなかったわよね。
「二人を縛ってあなたの前に連れてこさせて、跪かせましょう。謝らせるなり、足蹴にするなり、鞭打つなり、お好きになさればよろしいわ」
「‥‥‥いえっ」
驚愕の目で見られた。なぜ?
「いいえ、もう充分です。私とクレーベの為にありがとうございました」
フェリクスがわたくしの手をきゅっと握って言った。
廊下に出るとそこには背を丸めたエドウィンが佇んでいた。
フェリクスが駆け出し、エドウィンに抱きつく。
そのまま親子はしばらく固い抱擁を交わしていた。
良かった。めでたしめでたし、だわ。
二人の気持ちが落ち着くまで見守ったあと声をかける。
「お式以来ですわ、お義父様」
「お義父…っ?とんでもない!侯爵にそんな呼び方されてはっ、はわわ」
あらまあ。この人面白いわ。
「だってフェリクスのお父様なのですから、わたくしのお義父様でしょう?お義父様と呼ぶことを許していただけないのですか?」
少し悲しげに言えば、エドウィンはフェリクスと同じ薄茶色の目を潤ませた。
「あ、いえ、はい、お好きに…」
わたくしの三年前に亡くなった父よりも年上なのに、子犬のような人だと思った。
「そうでした!アダルベルト侯爵っ」
エドウィンは唐突に叫んで、廊下の床に勢いよく膝をついた。
「この度は私の為にご尽力いただき、誠にかたじけなく存じます!!」
「え、ええ…」
「このような情けない親は見捨てられて当然ですのに。なんとお礼を申し上げてよろしいか」
「わたくしの夫のお父様ですもの。当然のことですわ。ホホホ。ですから立って…」
人目、人目があるから!
こんなところで義父を跪かせて、またどんな噂をされるか。
困ってフェリクスを見ると、彼は目をキョロキョロさせて、自分も父の横に跪くべきか迷っていた。
この親子は!
とりあえず移動しようと、王宮の内庭に行き、ベンチに座った。
「これからどうなさいますの?」
「これからですか?」
「お義父様は、さすがにクレーベ邸にはお戻りにはならないでしょうけど、今日からどちらか滞在できるところはありますの?」
昨日まで牢にいた人だ。頼れる友人などはいるのかしら。
「ああ、そうですねぇ」
エドウィンは顔をほころばせた。
「でしたらクレーベに帰ろうと思います」
「クレーベ領にこれからですか?」
クレーベ領は馬で片道3日の距離だったはず。
「他に行くところもありませんから」
「だからと言って」
「私はもうクレーベ一族ではなくなってしまったようですが、クレーベに行けば何か出来ることはあるでしょう」
そう言うエドウィンの目には生気が宿り、彼が故郷に帰るのを夢見ていることがわかった。
「それは止めませんけれど、まだクレーベ領をこれから誰が統治するのかも決まっていませんし、お義父様のお立場も定まっておりません。そのことが決まるまでは王都にいらしてはいかがです?」
「はあ、しかし…」
「それに父様」
横からフェリクスが口を出した。
「どうやってクレーベまで?一銭も持っていないのですよね?馬車も宿も、食事さえできないのではありませんか?」
全くフェリクスの言うとおりである。
エドウィンはへらりと笑った。
「クレーベの方向に歩き出せば、きっと神様が助けてくれるさ。王都にいたって泊まるとこも食べるものもないのだからね」
クレーベへの道半ばで行き倒れるエドウィンが容易に想像出来た。
駄目だわ、この人を放っておいては。
「お義父様、アダルベルト邸においでくださいませ」
「ほえ?」
「諸々が決まるまで!全て整ったらクレーベまで責任持って送りますから!わかりました?よろしいですわね?」
「は、はい…」
こうしてアダルベルト邸にエドウィンが来ることになった。
※※※
「ああ、疲れた…」
誰もいない自分の部屋で、ぼやく。
何に疲れたかって、見ていただけの裁判にではない。フェリクスの前で自信有りげな自分でいることに。
フェリクスはあれだけ頭が良くて、顔が良くて、根性も座っている癖に、とっても卑屈だ。
彼の中には負い目とか罪悪感とか劣等感とかがぎゅうぎゅうに詰まっているっぽい。
わたくしまでが一緒になって落ち込んだり、暗くなっていたら、二人で地面に埋まってしまう。
なので、気分を上向けようと頑張っている。
けれど疲れる。
チェストに近づいて、上に置いた宝石箱に触れてみる。
細かな花が掘られた蓋はなめらかにヤスリがかけられていて、どこも指に引っかかるところはない。
蓋を開けてみる。中は空っぽだ。
この芸術品のような入れ物に何を入れようか、まだ決めかねている。
この宝石箱を作っている時、フェリクスは何を考えていたのかしら。
少なくともわたくしのことではないはず。わたくしへの贈り物を作るとあんなに言いながら、お父様のことやクレーベのことで頭がいっぱいだったに違いない。
想像してため息が出た。
「わたくしにどうしろって言うの?」
フェリクスのあの日の長い話をまとめるなら。
自分が買われたことがプライド的に許せない。クレーベから離れたくなかった。
こういうことだ。
あなたを買ってごめんなさい、とでも言えばいいの?
それともあなたを買ったのはレイビックです。わたくしは知らなかったの、とでも?
フェリクスを大事にしたいと思っていたし、出来ることは何でもしてあげたいとも思っていたけど、起きてしまったことは変えられない。
ということは、彼の鬱屈はわたくしにはどうにもしてあげられないということ。
裁判でお父様を助けられたことで、フェリクスの心境に変化があるといい。
そう願うしかない。
はあ、ともう一度ため息をついて宝石箱にそっと蓋を返す。
それからチェストの宝石箱の横に置かれたふたつのグラスを見た。
さあ使ってくださいと言わんばかりに、コースターに伏せられたふたつの同じ形のグラス。
ちなみに寝台にも枕が2つ置かれている。今日もまた。
別にわたくしが指示している訳ではない。使用人たちが、いつフェリクスがこの部屋を訪れてもいいように、と勝手に仕度しているのだ。
今日こそはという期待か、それとも自分たちの主人にプレッシャーをかけようというのか。
フェリクスの部屋の寝台も同じように枕がふたつ置かれているのではないかと思う。
「いつになったらわたくしたち本当の夫婦になれるのかしら、フェリクス?」
誰も聞いていないので、声に出してぼやいてみた。
次回から最終章です。あと10話くらいで終わるといいなー。




