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【完結】女侯爵の平穏な結婚  作者: タコン
転:クレーベの騒乱

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フェリクスの後悔①

ドアを開けると、父がしくしく泣いていた。

私の方を見もせず、泣き続ける。

いつまで私に気づかないんだろう。不思議に思いながら震える背中をみつめ、ま、いつものことだと思い直した。

次の瞬間、笑いがこみ上げた。

「ははははっははははっ」

自分のものとは思えない笑い声があがった。

いつの間にか手にはペンナイフが握られていて、私はそれを高く頭上に掲げて、躊躇いなく振り下ろした。

その父の背中に。

ぐさりと柔らかいものを突き刺した感触がして、じわりと赤いものが滲み出してくる。

ナイフを放り投げようとして、手から離れず振り回す。

どんどん視界が赤く染まっていき、私は耐えられず悲鳴を上げた。



…もちろん夢だった。

けれど目を閉じると、瞼の裏に何度でも再生される。手の感触までも。

何より恐ろしいのは、こんな夢を見る自分だ。

それが私の願望であるように頭の中で何度も父を殺す。そんなことは望んでいないはずなのに。

ただただ頭の中の映像を消したい。

それで木を切って、組み立て、彫った。



※※※



マルグリットが部屋を出て、廊下を転がるワゴンの音がどんどん遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。

部屋の中には時計がカチコチなる音だけが響いていた。

私はずるずると寝台から落ちて、床にへたり込み足を投げ出した。なんてざまだろう。私としたことが。

とにかく体が重い。頭が痛くてものを考えるのも苦痛だ。


「私は何をやってるんだ…」


目の前の床の上に、四角い影が落ちている。

マルグリット曰く、父を生かすことも殺すこともできる証書。

なのに、何故それを素直に受け取れなかったのだろう。


ー父様が死ぬかもしれなかった?

アダルベルト城でマルグリットが新聞の内容を確認しようと言ってくれて、なのに私はそれを必要ないと言った。

マルグリットが私の言うとおりに何もしていなかったら…父は今頃…


「つっ、うぅ…」

ズッキンと痛んだ頭を両手で抱えた。

「違う。こうしてる場合じゃない。マルグリットの元に行かなくては」

立ち上がろうとしたが、まるで力が入らない。

まだ彼女はさっきこの部屋を出たばかり。すぐに追いかけ先程の失言を詫び、父の命を乞うべきだ。

そう思うのに。

「なんでそんなことも出来ないんだ!?私は」

思いっきり自分の頭を殴り、髪を引っ張る。

ぶちぶちと毛が抜けた。


“フェリクス”

突然部屋に声が響いた。

驚いて顔を上げ、首を巡らす。

が、もちろん暗い部屋の中には誰もいない。

「幻聴…か?」

“フェリクス、最愛の息子”

再びはっきり聞こえた。父の声だ。

“私の誇り。お前の幸せだけが私の願いだよ”

それは結婚式の日、父が言った言葉。

ばっと手で耳を塞いだ。これは幻聴だ。わかっている。

「ハハ、幻聴まで聞こえるなんて、相当だな…」

自分を茶化す。

どうも私は本当におかしいようだ。マルグリットが怒る訳だ。


“フェリクス”

今度聞こえてきたのはマルグリットの声だった。

優しい質問が降ってくる。

“宝石箱が作りたいですか?”

「手を動かしていると、ほんの少し楽なのです。だからずっと作っていました」

幻聴相手とわかっているのに素直に答えた。

“眠れないのですか?”

「そうなのです。もうずっと眠れていません」

“夢見が悪いのかしら?”

「ひどい夢を見て、もう眠るのが怖いのです」

“心配事がありますか?”

「はい」

“お父様のことが心配ですか?”

「はい。心配で心配で眠れません」

心の内をさらけ出す。

何だか鼻がツンとするなあと思ったら、目から涙が溢れてきた。

泣くなんていつぶりだろう。

何故泣いているのだろう、私は。

どうも最近私は感情のコントロールが出来ない。マルグリットや環境に甘やかされているせいだ。

泣いていてはマルグリットの元にいけないではないか。困った。

水分で瞼が重くて目に張り付く。

もういいか。疲れたから、このまま少しだけ目をつぶろう…


マルグリットが父様を救ってくれて本当に良かった…



※※※



眩しいところにいた。

「どこだ、ここは」

妙に広くて開放的な部屋だ。

窓から入る陽の光が、空気中でキラキラ舞っている。

喉の乾きを覚えて、水差しから水をグラスに注いで飲み干した。

ごくごくと行儀の悪い音がするが止められない。

人心地ついて、もう一度部屋を見回す。

「いや、ここは私の部屋だ…」

どうも寝ぼけていたらしい。ここはアダルベルト邸の私の私室だ。

寝台横に置かれたベルを鳴らすと、待ち構えていたような速さで使用人がやってくる。

「お目覚めでしょうか、フェリクス様」

何か、こちらを案じているような表情だ。

「何か食べたいが、用意出来るか?」

尋ねると、使用人はほっと顔をほころばした。

「はい、すぐにご用意出来ます」


私は丸一日以上寝ていたらしい。

フェリクスくんは床で寝ちゃって、気づいた使用人さんが寝台の上に運んでくれました。起きたら寝台でしたが気づいていません。

フェリクス視点は空気が重くて、ひとりうじうじするので書きにくいです。

でももう一話続きます。次回はフェリクスくんがあれこれ暴露する予定です。

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