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【完結】女侯爵の平穏な結婚  作者: タコン
転:クレーベの騒乱
24/44

激高

王宮を辞したあと、いくつかの用事を済ませて邸に帰ると、もう皆寝静まるような時間だった。

帰宅を出迎えた使用人にフェリクスの様子を聞く。食事は完食はしなかったものの、手はつけたらしい。

言いつけどおり、寝台で大人しくしているけど、眠っているかはわからないとのこと。


王宮参内用のドレスを脱いで、髪を解いて、楽な部屋着に着替えてふぅと息をつく。

それからワゴンにお菓子とハーブティー、ランプと書類も乗せて、フェリクスの私室へ向かった。

小さめにノックをしてみると「はい」とすぐに低い声で応えが返った。



「お休みになれまして?」

ワゴンをがらがらと押して暗い部屋に入ると、寝台に入っていたフェリクスは怠そうに身を起こし、床に足をつけて座った。

乱れた髪をうっとおしげに掻き上げて、わたくしを見上げ「おかげさまで」と返事をする。

ランプの明かりでは顔色はわからないけど、声はしゃがれているし、すごく不機嫌そうだ。

睡眠をとってすっきり、という感じは全くしない。


ポットに入ったハーブティーをカップに注ぎ、フェリクスに渡す。

「リラックス効果のあるお茶ですわ。味の好みは分かれますけど、試してみてくださる?」

「…いただきます」

渋々という様子で受け取ったフェリクスは口をつけると、結構な勢いでそれを飲んだ。

「おかわりは?」

「いえ」

フェリクスから返ったカップをワゴンに置き、わたくしは寝台のフェリクスの横にポスンと座った。

「宝石箱が作りたいですか?」

「いえ」

「眠れないのですか?」

「いえ」

「夢見が悪いのかしら?」

「いえ」

「心配事があるのでしょう?」

「いえ」

「ジンジャークッキー、食べます?」

「いえ、結構です」

おぅ、まるで親に反抗する10歳代の子どものよう。

睡眠不足の時、人はイライラするもの。わたくしにも経験がないわけじゃない。

フェリクスもきっと寝不足のあまり、精神的に不安定になっているのだと思う。


こんな時に重い話をして大丈夫かしら。

けれど、不眠の原因を解消しないといつまでも眠れなそうだし。

手を伸ばしワゴンを寝台に引き寄せた。

ワゴンの上に置かれたランプが近づき、寝台に横並びに座ったお互いの姿が照らされる。

「ねえ、フェリクス。お父様が心配なのではないですか?」

「…いいえ」

「ではわたくし、大変なお節介を致しましたわ」

ワゴンの上から書類を手にとって、パラリと捲ってみせる。

「暗くて読めませんわよね。これはクレーベ伯爵家について我が家の諜報員からの報告書。こっちの用紙はあなたのお父様の後見人請負証書です」

「…なんですって?」

フェリクスははっと目が覚めたように首を回してわたくしを見た。

「あなたのお義兄様のマルクさんはお腹を刺されはしたもののだいぶ浅かったようです。得物はペーパーナイフだったのですって。医師の診断は命の別状なし。身体欠損なし。5日間の安静。王都のおうちで何やら罵詈雑言を叫んでおられる毎日だと。お元気そうでよろしかったこと」

「‥‥‥」

フェリクスの歯がぎりっと鳴った。

その憎らしげな様子を見て、義兄がフェリクスにとってどういう存在なのかがわかった。

「今はあなたのお義母様が伯爵家の采配をとられているようですわ。伯爵を傷つけた加害者であるクレーベ卿、あなたのお父様については夫人と離婚、クレーベ伯爵家から除名の手続きをした上で、徹底的に罪を問う所存だそうで」

「なっ…」

フェリクスは唇を震わせた。が、言葉は出ない。

わたくしは話を続けた。

「そしてこちらの後見人請負証書ですけど。これはお父様の後見をあなたが請け負いました、という証書です。牢に入れられた者の後見をするというのがどういうことかご存知?」

「…いえ、浅学にて…」

中央政治に関わっていないフェリクスが知らなくても無理はない。

「乱暴に言えば、囚人の権利を本人の代わりに買えますということです。牢での待遇を良くすること、裁判の要求、弁護人をつけること。全て後見として金払いしてあげることで出来ます」

コクンと唾を飲む音がした。

「その後見にあなたが?」

強張った声で問われ、首を横に振った。

「いいえ。手続きはわたくしがしましたが、証書に書かれた後見人の名はわたくしではありません」

「…どういうことです?」

「あなたです、フェリクス。あなたがお父様の後見人になっています」

書かれたフェリクスの名が見えるように、ランプの明かりに証書を照らした。

「…っ、何故、そんなことを」

見開かれた瞳が明かりを映してゆらゆら揺れている。自分が父の後見人になったことに喜ぶ様子はまるでない。戸惑いと驚愕だけがあった。

わたくしはふぅと息を吐いた。


「勝手なことを致しました。あなたの気持ちをゆっくり聞いている余裕がなかったのですわ。…あなたのお父様の命が危険だと思いましたから」

「…命が危険?…父は牢にいるのでは?」

「ええ、ローヴァーズ第三囚獄塔においでです」

アルフレートは義父を見殺しにしたと表現した。あれはお前の夫の父親が第三塔に入れられたことを知っているか?と確認したかったのだ、おそらく。

そしてもちろんわたくしは知っていた。だから急いだのだ。フェリクスの意思確認は後回しにして。

「あそこは刑が決まる前の者たちの中でも、貧民か、誰からも見捨てられた者たちが入れられる牢です。囚人たちは劣悪な環境で放置され、誰にも見向きされないので刑もなかなか決まらない。刑が決まる頃には三分の一が死に、三分の一が心を壊していると言います」

ここに入れておいて勝手に死んでくれれば面倒がない、そんなゴミみたいに扱われる囚人たちの牢。

まだ貴族であるはずのフェリクスの父親が本来入れられるはずがない所だが、おそらく刺された伯爵か夫人の意思があったのだろう。

仮にも夫や義父をそんな扱いするとは恐ろしい。

「‥‥‥っ」

フェリクスの口が喘ぐように戦慄いた。

「そしてお金も後見人もなければお父様は裁判も要求できません。クレーベ伯爵家から要請があれば簡単に死刑が決まるでしょう」

わたくしは身内に聞かせるには残酷な事実を淡々と伝える。聞かせなければいけないことだからだ。

「わたくしはあなたの名で後見人になり、今日あなたのお父様を第三塔から第一塔に移してきたのです。そして裁判を要求しました。これでしばらくお父様は無事なはずです。ですからここからはあなたが考えてください」

「…考える、何を?」

フェリクスは今にも息絶えそうな声で聞いた。

わたくしは手に持った紙をフェリクスに押し付けた。フェリクスは反射的に受け取った。

「ここまではわたくしのお節介でしたわ。フェリクスがお父様とどういう関係で、あなたが何を思ってらっしゃるのかまるでわからなかったのですもの。とりあえず、あなたがこれからどうとでも出来るようにしたのです」

「‥‥‥」

フェリクスは証書を持つ手から力を抜いた。はらりと紙は床に落ちた。

わたくしは寝台から降りてそれを拾って、フェリクスの前に立って、もう一度突きつけた。

「これはあなたの権利です。後見人の立場とアダルベルトの力があれば、お父様を生かすも死なすも容易いこと。もしもお父様を憎んでいるのなら…」


「やめてください!」

「きゃっ」

怒鳴り声と同時に、証書がはたき落とされた。

わたくしの手にあった紙が床にぱさりと落ちた。

今、乱暴を働かれた?

あまりことに驚愕し、呆然とフェリクスを見た。

フェリクスは寝台に座ったままわたくしを見上げ、ひどくいびつな笑顔を浮かべた。

「…権利ですって?父を好きにする?」

くくっと短く、掠れた笑い声。

「あなたは私に何でも下さるのですね」

「フェリクス?何?」

暗い明かりの中でフェリクスの薄茶色の瞳が異様な光を放っていた。

その光に見すくめられて、動けない。

フェリクスは何かにひどく怒っている。

「婿の立場も、立派な部屋も、金銭やあらゆる権利も。親を自由にする権利まで」

ゆっくりと数え上げるように言う。

「何の為ですか?」

「え?」

「あなたは私を買って何をしたかったのですか?私を甘やかして、何でもあげようと言い、それで何を求めるのです?この何も持たない私に」

フェリクスがどんどん早口になっていく。何を言いたいのかわからない。

とうとう彼は激高した。

「全て命じればいい、思うままに!私はあなたが買ったおもちゃなのだから!」

「フェリクス、やめて!」

ひっ、と耳を塞いだ。

聞いたことのない怒号に身が竦む。

なぜ怒っているの?

わたくしは何を言ったのだった?混乱してわからない。

「‥‥‥っ」

フェリクスははっとしたように口を手で押さえた。

はあはあ、と荒い息がもれている。

そのままくぐもった声で言った。

「すみません、どうかしていました」

わたくしは言葉もなく頷いた。

フェリクスは項垂れて、頭がどんどん下がっていき、膝に額がついた。

「どうか、時間をください、すみません」

わたくしはもう一度頷いた。


ワゴンを押して部屋を出る。

ゴロゴロ言う車輪の音が廊下に響いた。

人間は5日も寝ないでいると、感情がコントロールできなくなるそうです。

次回はたぶんフェリクス視点になると思います。

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