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【完結】女侯爵の平穏な結婚  作者: タコン
転:クレーベの騒乱

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寝ないフェリクス

あくる朝、食堂の入口に現れたフェリクスを見てレグが声を上げた。

「お義兄様、どうなさいました!お顔の色が」

フェリクスの顔は土気色になっていた。

艷やかな白金色の髪も心なしかぱさつき、頬がコケて見え、病人のよう。

「そんなに顔色が変でしょうか。自分ではわかりませんが」

そう言ってニコリと笑うが、足元もふらついている。

レグとエリーは二人同時にフェリクスから一歩後ずさった。

それくらい、フェリクスの様子は異常だった。


「今日は初めて、フェリクスと一緒に貴族院議会に参加するはずでしたけど、これでは連れていけませんわ」

食卓の席に座ろうとするフェリクスにわたくしは厳しい声で言った。

「マルグリット。私は大丈夫です。顔色が悪いのなら、温かいタオルで温めれば戻るでしょう」

ヘラヘラと笑って言うけど、そんなレベルではないから!

「いいえ、駄目です。今日は休んでいただきます」

きっぱりと言い、側に控えた家宰に指示を出す。

「フェリクスの部屋に行って、木彫りの作品と道具を全て運び出してきなさい」

「…マルグリット!」

フェリクスは苛立った顔を見せた。こんな子どもっぽい顔を見るのは初めてだ。何か精神的にキテしまっている気がする。

「フェリクス、今日は一日部屋を出ることを禁じます。当主命令です。食事は全て部屋に運ばせます。皆もわかったわね」

使用人たちを見回して言うと

「はい、かしこまりました」

と返事が返ってきた。

「フェリクス。今すぐ部屋へ戻りなさい。そして寝て、食べなさい。その他のことはしてはなりません。わかりまして?」

「‥‥‥」

「反論は許しません」

「…はい」

フェリクスは返事をして、胸に手を当てた。

「私のご主人様の仰せのとおりに」

反感がありありとわかる声だった。

椅子からふらりと立ち上がると背を向け、食堂を出て行く。

その様子があまりに危なっかしいので、体格の良い使用人に後を追わせた。


「お義兄様はどうなさったのです?」

レグが心配そうに言う。

わたくしは指を折って数えた。

「あー、アダルベルト領から帰って今日で…4日?あの様子では5日間徹夜しているのかもしれないわね」

「えー。五徹!?わたくしならとっくに死んでいますわ」

「エリーならね」

わたくしは頷いた。一日、二日ならともかく五日徹夜なんて聞いたことがない。

「お部屋で何かを作ってるとは聞きましたけど、その為ですの?」

「うーん、そうじゃないわね」

あそこまでの異常な様子は、宝石箱を作るのが楽しくて寝ていない、という単純な理由ではない。

「…あれは現実逃避なのかしらねぇ」

「現実逃避?」

現実を直視したくなくて、好きな作業に逃げようとしているように見える。

昼間やるべきことがあればいいけど、夜寝ようとすると余計なことを考えてしまうのかもしれない。

逃避する材料を取り上げたことは、良かったか悪手だったか。

けれどあのまま放って置くわけにもいかない。

素直に寝てくれるといいんだけど。


フェリクスが直視したくない現実が何なのか、想像はついている。

けれど何故そこまで直視したくないのかは、よくわかっていない。

そして1番わからないのは、わたくしがどこまでフェリクスとクレーベ家のことに踏み込んでいいか、だった。



※※※



上級貴族院の議会とその後の派閥の者たちとの会食。どちらもわたくしの席の横にはフェリクスの席が用意されていて、そこが空っぽというのはなんだかすーすーして落ち着かなかった。

次々に顔見知りがやってきて、

「今日は夫君にお会い出来ると思っていたのに、体調を崩されたとは残念なことです」としおらしく言う。

けれどその目は好奇心に満ちていて、

“体調崩したなんて嘘でしょう?何かあったんでしょ、ほら教えて?”とウインクする。

うっとおしい!けれどこのくらいでいちいち腹をたてていては王宮を歩けない。

「夫の不調は妻の不徳の現れと言いますぞ。侯爵も結婚なさったのですから身を慎まねば」

とか言ってきた無礼者もいる。

クレーベ伯爵家の事件を知る者も多く、

「まあ、大変な婿をもらったこと。運が悪かったのね」

などと言われては、苛立ちが収まらない。もちろん、けちょんけちょんに言い返してやったけど。


そうして何も面白くない時間を過ごして、やっと従者を連れて王宮を辞そうという段になった時。

廊下の向こうに見えた茶金の頭に“またか!”と叫びたくなった。くるりと背を向けて全力でこの場から逃げてしまおうかと真剣に悩んだ。

が、それをやって走って追いかけられた過去を思い出してやめた。

回りには物見高い貴族たちがたくさんいるのだ。


今日のアルフレートは王太子に相応しい赤に金縁の礼服を来て、何故か廊下にひとりで突っ立っていた。

王族に出会ってしまえば、足を止め礼をとるのが決まり。通りがかった貴族たちが次々に礼の姿勢をとる。

もしかしたら、アルフレートがここにいる目的はわたくしではないかもしれない。

そんな微かな望みにかけて、わたくしも他の者たちと同じようにドレスを摘みカーテシーをして、そのまま立ち去ろうと試みた。

が、出来るわけがなかった。

「マルグリット、お前」

「…はい、殿下」

声をかけられてヒヤリとする。

こんなに人がいる中で、変なことを言うのはやめてよ?

「もらったばかりの婿はもう捨てたのか?」

「はあ!?」

一瞬でカッとなり、思わず無作法な声が出た。

ああ、失敗。

「コホン。夫は体調を崩して、本日は邸宅で静養してございます」

「へえ?まだ家には置いてやっているのか。いつ追い出すのだ?」

「…なぜ夫を追い出さなければいけないのでしょう?」

「義父は見殺しにしたではないか。犯罪者などは身内ではないということであろう?では犯罪者の子とも離縁するであろう」

「殿下っ」

アルフレートに突撃してその口を塞いでやりたい。

もちろん彼が言うのは、フェリクスの父親がクレーベ伯爵を刺した事件についてだろう。

けれど犯罪者だの離縁だの、まして見殺しなどと人の耳のあるところで言って良い言葉ではない。

「ホ、ホホホ。お面白いご冗談ですわ」

黙れ、馬鹿!の気持ちを込めて笑う。

「我が夫のことで、殿下にはご心配をおかけしてしまったご様子。面目ないことでございます。しかし…」

「ふむ、やはり知っていて見殺しにしているのだな?」

「…殿下。お言葉遊びが過ぎましてよ」

わたくしは背をピンと伸ばして、王太子を睨みつけたが、いつもどおりのニヤケ顔で受け流された。

「離縁するのなら、王宮に戻ってもよいぞ」

自分の妃候補に戻ってもいいぞ、という言葉に会話を聞いていた貴族たちがどよめいた。

何てこと、何てこと言うの!この馬鹿男は!

わたくしの熱くなった脳内で何かがパチンと弾けた。

「離縁など致しません。わたくしの夫は麗しくて賢くて、気の細やかな素晴らしい夫なのですわ。どなたか様と違って!誰が王宮になど戻りますか!我が家のことに口出しなさらないで下さいませ!」

言いながら頭の冷静なところで、あーやっちゃった、と思った。

今日一日の苛立ちもあったせいで、久々に爆発してしまった。

憎らしいことにアルフレートはますますニヤニヤして、わたくしがはあはあと息をついているのを面白そうに見ている。

「お前のようなじゃじゃ馬がそこまで懐くとは、確かに素晴らしい夫君のようだ。いや、素晴らしい調教師なのか?」

「!!…殿下、いい加減になさいませ?…」

他愛もない挑発だとわかっているのに、抑えられない怒りをどうすればいいだろう。

その時、「殿下っ、こちらに!」

バタバタと走ってきた者たちがいる。

アルフレートの護衛や取り巻きたちだ。どうやらアルフレートがどこかで撒いてきたものらしい。

簡単に撒かれるな!ちゃんと仕事しなさいっ!

わたくしはフーと息をして、頭に籠もる熱い空気を吐き出した。

アルフレートを見る。

アルフレートは自分の側近はそっちのけでわたくしを見ていた。何かを案じているような目で。

なんだろうと思った瞬間、その目はいつもどおりのふてぶてしい色に戻っていた。

ああ、これ以上付き合っていられない。早くこの場を去ろう。

「あら、わたくしとしたことがお忙しい殿下を煩わせてしまったようですわね。ホホホ、ではごきげんよう」

「ああ、お前の素晴らしい夫君によろしく伝え申せよ」

だからそういう誤解を招くことを言うなっ、と文句言いたいのをぐっと堪え、にっこり笑う。

そしてやっと王宮を出ることができたのだった。

次回フェリクスがキレます。

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