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【完結】女侯爵の平穏な結婚  作者: タコン
転:クレーベの騒乱
22/44

違和感

ほとんどお茶を飲む間もなかったお茶会から邸に戻った。

彼女たちとは気が合うし話していて楽しいけれど、大体いつもわたくしがおもちゃにされるのはどうしてかしら。あの中でわたくしが1番年上なのだけど。


私室でしばし休憩をしていると、わたくしより遅れて買い物から帰ってきたフェリクスが部屋に来た。

やっぱりキラキラ笑顔が張り付いている。

「帰りが遅くなりまして申し訳ありません」

「別に構いませんわ。所望の品は手に入りまして?」

「はい、おかげさまで。それで外で軽く食べてきてしまい、夕食が入りそうにありません。今晩は失礼してもよろしいでしょうか?」

「あら、そうですの。では厨房に伝えておいてくださいね」

今日のお茶会のことを話したかったけど、仕方ない。

フェリクスはそれ以上話を続けることなく、部屋を出て行った。


その日はそのあと時折、フェリクスの部屋からゴリゴリ、トントンと音が聞こえた。



翌朝、明るい日の入る食堂で見たフェリクスの目元がなんだか暗い。

「まあ、フェリクス。それ、隈ではありません?」

「そうですか?自分ではよくわかりませんが」

「お義兄様、夜ふかしされましたの?」

「そんなことは…、いえ、そうですね。少し夜ふかしだったかもしれません」

どうもフェリクスの“好きなこと”だという木の制作を始めたら楽しくなってしまったようね、とわたくしは思った。

まあ、健康な男性のことなので、多少の夜ふかしは平気だろう。

「今日は領の予算関係に取り掛かりますけど、フェリクスも手伝ってくださる?お金のことも少しずつ覚えていただきたいのですわ」

「もちろんです。ぜひ教えて下さい」

「ええ、では執務室で」



一年に一度行う予算配分は、領地運営の要である。

アダルベルトが治める各領地、各地区から予算案が届く。それを精査して、資金調整を行う。

各地から届く陳情も考慮しながら、全体のバランスを見て資金を割り振っていく作業は、まだ当主になって3年目のわたくしには難しい務めだ。

もちろんアダルベルトに仕える事務方が大体の形を作ってくれるのだけど、決定するのはわたくし。

積み上げられた膨大な資料の前で、途方に暮れることもしばしだ。


フェリクスにはまず全体を見せようと、去年の予算を領ごとにまとめたものを見せる。

上から下までざっと見たフェリクスは頷いた。

「なるほど。こういう感じなのですね」

その予算を読む時の目の動かし方が、我が家のベテラン事務方と同じで、“この人、デキる”と思った。

実際、フェリクスが特に数字に滅法強いことはすぐにわかった。

計算機など触れもせず10桁近い数の計算をし、全体を把握し、数字の隙間を見つける。

予算項目についても、次々に鋭い質問をされて、わたくしの方があたふたする有様。

一日経つ内に、フェリクスはアダルベルト全体の予算というものをわたくし以上に理解してしまったようだ。

「恐ろしいこと。あなたの頭はどうなっているの?」

「クレーベでも予算を扱っていましたから。けれど、さすがにアダルベルトはクレーベとは内容も金額の桁も違いますね」

フェリクスはさらりと言った。

「披露パーティであなたのお義兄様が、あなたがクレーベからいなくなって困っているように言っていましたけれど、これ程の有能さでは本当にクレーベに申し訳なくなりますわね」

そう言ってしまってから、義兄のことはタブーだったかしらと気がついたけど、フェリクスは

「どうでしょうか」

と首を傾げただけだった。

「来年の予算はあなたに任せちゃいましょうか、わたくしは楽が出来ますわ」

フフフと笑うと、フェリクスは苦笑した。

「私に出来ることなど僅かなことです。マルグリットはいつも領地のことを考え、領主の責任を背負ってくださっている。そのことに私は感服しているのです」

「まあ。…フェリクスは褒め上手な素晴らしいお婿様ですこと」

彼の頬にお礼のキスを贈った。

領主の本当の役目とは細々した執務を行うことではない。領地を想い、責任を背負うこと。

フェリクスは本当によくわかっていると思う。




その日はずっと一緒に執務をしたので、昼食も夕食も一緒に取った。

けれどフェリクスの食べる量がアダルベルト城にいた時と比べて少ないし、食べるスピードが遅い。

「食欲がないのです?それとも味のお好みが合わない?作り直させましょうか?」

「いえ、とんでもありません。ただ少し疲れているのかもしれません」

フェリクスはふわりと笑う。

その笑みになんだか不安な気持ちがこみ上げた。

「そういえば、あなた寝不足でしたわね。なのに今日はたくさん働いてくださったもの。お疲れでしょう。…今晩は夜ふかしせず、寝てくださいね」

「はい、申し訳ありません」

「謝らなくて良いのです」

そんな会話をして、フェリクスは夕食を早めに切り上げ私室へ戻って行った。


そして夜また、ゴリゴリと音がするのだった。



翌朝。

「あなたがこんなにしょうのない方だとは思いませんでしたわ!」

わたくしは叱りつけた。フェリクスの隈が消えるどころか更に濃くなっていたからだ。せっかくの美貌も色あせて見える。

「申し訳ありません」

「謝らなくてよろしいですわ!」

「マルグリットに早く宝石箱を作って差し上げたかったもので…」

フェリクスの言い訳にふんとそっぽを向く。

わたくしへの贈り物という口実で趣味に没頭しているようにしか見えない。

「誰がこんなに根を詰めて良いと言いました!そんな無茶するなら出来上がっても受け取りませんわ」

フェリクスの顔が目に見えて落ち込んだ。こんなに感情が見えるのは珍しい。

「今日はわたくし所用で出かけて参ります。あなたはお部屋で寝ていてください」

「いえ、私は昨日の続きを」

「結構。寝ていてください!」

「…わかりました」

しおしおと部屋に戻るフェリクスの背を睨みつけるように見送った。


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