王都帰還
なんだかんだでアダルベルト城を出るのが遅くなり、王都についた時には空は暗くなっていた。
帰りの馬車の中は静かだった。わたくしは何を話せば良いのか話題に困り、結局当たり障りないことを二言三言言っただけだし、フェリクスは普段どおり自分から話しかけてきたりはしなかった。
アダルベルト邸に到着すると、玄関に妹二人が飛び出るように迎えに出てきて、10日ぶりの再会を喜ぶ。
「留守中、何事もなくって良かったこと。エリーも元気になったわね」
「お姉様こそ、アダルベルトでは何事もなく?お義兄様ともちゃんと仲良くされてました?」
「大丈夫よ、レグ。余計な心配しなくてよろしいの」
わたくしたちが立ち話する横で、使用人たちが荷馬車から運び出した荷物を次々に置いていく。
「お夕食はいただいたの?」
「ええ、ちょうど食べ終わったところでした。お姉様たちは?」
「わたくしたちはまだ。けれど遅い時間にお茶もしたし、そんなにお腹が空いてないわね」
あなたはどうかしら?とフェリクスを振り返る。
フェリクスはわたくしの背に寄り添うように立ち、ニコニコしながら姉妹の会話を聞いていた。
そして笑顔をキラッキラさせながら答える。
「そうですね。私は夕食はいただかなくて構いません」
「そう?」
「では、そろそろ私は先に部屋に戻らせていただきます」
フェリクスはわたくしの頬にチュッと唇を当て、妹たちにもにっこり笑顔を振りまいた後、玄関から続く階段を登っていった。
「まあまあ、お姉様!お義兄様と仲良くなったこと!」
「それにお義兄様、ずっとニコニコしてご機嫌麗しいご様子でしたわ。何がございましたの!?」
フェリクスが姿を消すのを見送って、妹たちは興奮したように聞いてきた。
妹たちにはあのキラッキラがご機嫌麗しく見えるらしい。わたくしには貼り付けた不自然な仮面に見えるのだけど。
「…まあ、ずっと一緒だったし、いろいろあったかしらね」
「いろいろって?教えて下さいませんの?」
食いついてくるエリーの頭をペチリと叩く。
「さあ、いつまでもこんなところにいては冷えるわ。今日はもう遅いから、お部屋に戻りなさい。お土産は明日あげますから」
「はぁい、お姉様。お土産はなんでしょう、楽しみですわ」
妹たちの顔が近づいてきて、両側の頬にちゅっとされた。
こうしてアダルベルト帰領は終わった。
※※※
翌朝、朝の挨拶に来たフェリクスは相変わらず、キラッキラだった。
「今日は王宮の、王女様主催のお茶会に行ってきますわ」
お茶会は女性の集まりなので、フェリクスは連れていけない。アダルベルトから帰ってすぐの夫婦別行動になる。
最近ずっと一緒に行動していたから、フェリクスなしで出かけることは何か不思議な気がした。
「フェリクスはどう過ごされます?」
「はい、私は買い物に出かけたいと考えています。よろしいでしょうか?」
「買い物?フェリクスが行きますの?」
驚いて確認する。
普通、買い物は商人を家に呼ぶ。急ぎのものであれば使用人に行かせることもある。
わたくしたちが普段、自分の足で買い物に行くことはあまりない。
もしかしてフェリクスは我が家に遠慮して、買い物も自分で行こうというのかしら?
あれこれ考えていると、フェリクスは少し照れたように言った。
「はい、実はマルグリットへの贈り物の材料を見繕いたいのです。自分で店に出向いた方がよく選べますので」
「…まあ!贈り物って、あのお話の宝石箱ですの?」
フェリクスが手ずから木を使って作るという。
「嬉しいですわ。でも昨日アダルベルトから帰ってばかりですのに。そんなに急いで作って下さらなくていいのですよ」
「いいえ。私は早くマルグリットにご満足いただけるようなものを作りたくて、落ち着かないのです」
そう言うフェリクスは本当にそわそわしているように見える。
「あら、フフフ。では馬車を用意させますから、気をつけて行っていらして」
わたくしはこの時なんとしてもフェリクスを止めるべきだったと、後で後悔する。
※※※
お茶会の参加者は4人。第2王女、第2王子妃、公爵令嬢、現侯爵であるわたくし、と全員が身分の高さで国の女性トップ10に入るという高貴な集まりである。
かと言って、会話の内容まで高貴ということにはならない。
「熱愛の末、やっと掴んだ結婚だそうですわね。幼い頃から密かに思い合っていらっしゃったとか。何故そんな方がいらっしゃるのならわたくしたちにこっそり教えて下さらなかったのです?水臭いこと」
公爵令嬢がおっとりした口調でわたくしを責める。
「マルグリットさんは妃候補でしたもの。言えませんでしたわよね。ですけれど今、こうしてめでたく結ばれたのです。さあ、馴れ初めから全て白状してくださいませ!」
第2王子妃が拳を握った。
わたくしとフェリクスの結婚にまつわる世の噂はわたくしの耳にも入ってきている。
彼女たちは美しいラブロマンスと捉えることにしたようだけど、本当の噂はもっと悪意があり品がないのは知っている。
彼女たちはわたくしが王宮でやんちゃしていた頃からの友人で、いつも好意的なのだ。
恋バナを期待する空気にぜひ話を合わせてあげたいと思うけど、真実というのはつまらないものだった。
「馴れ初めですか?叔父が連れてきたのですわ。見合いで初めて顔を見て、結婚式で初めて言葉を交わしましたわ」
冷静な口調で答えると、高貴なる令嬢たちは不満そうに顔を見合わせた。
「ものすっごく麗しいのでしょう?」
「まあ美形だとは思いますが、どうも何考えているのかよくわからない夫ですわ」
自分の身内を少し貶すのはマナーのようなものだ。
「結婚生活はいかが?」
「穏やかなものですわ。夫は特に主張もしないし、文句も言わないし、黙ってついてくるし。一緒にいて楽な相手ではありますわね」
「あら、よろしいではありませんか。一緒にいて苦にならないのが一番ですわ」
第2王子妃は誰を思い浮かべているのか、しみじみと言った。
第2王女ヨゼフィーネがふぅと息をついた。
「マルグリットのお相手は我が兄とは正反対、ということね〜」
その場の空気が一気に凍る。
彼女の言う兄とは王太子アルフレートのことだ。
「マルグリットが結婚しても、我が兄の奇行が直らなかったことは誠に遺憾なことだわ」
奇行…。アルフレートがアダルベルトに忍びで来たことはすでに知られているらしい。
わたくしは苦笑するしかない。
「あなたの結婚のあと、お兄様ってばそわそわ外ばかり見てるから、いつ城を抜け出すかとお母様が警戒していたのよ。やっぱり行ったわね〜」
はあ、とヨゼフィーネはため息をついた。
「あれでなんでマルグリットのことが好きだと認めないのか、わっからないわ〜」
「いえいえ、王太子殿下ご自身が何度もおっしゃっているではありませんか。あれはわたくしが好きとかではなく、ただの嫌がらせですわ」
「マルグリットはまだそんなこと…」
王女がそう言い、他の2人も呆れたようにわたくしを見る。わたくしの回りの人間はほとんどがこういう反応をする。わたくしを好きでたまらないからこその行動だと。
けれど、アルフレートとはそれなりに長いつきあい。
彼が「我があの無礼娘を好きなはずなかろう」と言うとき、嘘は感じない。
彼がわたくしを見るときはいつも、面白いものを覗き込むような目をしている。
わたくしが妃候補を降りるときも、アルフレートが「いいぞ。望むところだ」と言ったから最終的に決定したのだ。
アルフレートがわたくしを好きなはずがない。
「それはどうでもいいのですが…」
わたくしは目下の困りごとを口にした。
「我が国にお輿入れなさるお隣の王女様がどう思われるか、心配なのです」
「それよね〜」
ヨゼフィーネが相槌を打った。
“王太子は元妃候補の元に足繁く通っている”。なんて情報を聞いた隣の国の王女はどう思うか。彼女は王太子妃、ゆくゆくは王妃になるのだ。
アダルベルト家滅亡の危機にもなりかねない。
「ここはマルグリットさんが夫君と仲睦まじいところを世間に見せつけるしかないのではありませんこと?」
第2王子妃が楽しげに言った。
「どういうことです?」
「ほら、ちょうど熱愛結婚の噂もあることだし。マルグリットさんが夫君とラブラブだとなれば…」
公爵令嬢が手を打ち合わせる。
「ええ、少なくともマルグリットさんは王太子殿下に全く気がないと、世間に知らしめることができますわね」
気楽な意見に肩をすくめる。
「そうでしょうか…そんなに噂とは容易くないと存じますわ」
二股だの、夫は隠れ蓑だとか言われるのが目に見えるようだ。それに結局アルフレートをどうにかしないと意味ない気がするのだけど…。
ヨゼフィーネがにんまりした。
「ラブラブ、いいじゃない!情報矯正は必要かもしれないけど、わたくし協力するわよ〜」
「わたくしも!」
「わたくしも参加致します。アダルベルト侯爵ラブラブ作戦決行ですわ!」
「きゃあ、わくわくして参りましたわね」
「ええ、ええ!」
「…皆様、わたくしで遊んでいらっしゃいますね?」
わたくしはズキズキする額を押さえた。
このあと、マルゴが知らないところでラブラブ作戦は動いていくはずです。




