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【完結】女侯爵の平穏な結婚  作者: タコン
承:アダルベルト領
19/44

第一王子妃候補だった頃

馬車に乗り込むと、どっと疲れを感じた。

「帰りはゆっくり参りましょう」

「はい」

フェリクスがわたくしの横に座る。

馬車の扉が外から閉じられ、馬車が動き出す。


「フェリクス、ご立派でしたわ」

「私など何も…」

「いいえ。あなたがわたくしの夫で、本当に嬉しく思いましたわ」

わたくしはフェリクスの手を取ってぎゅっと握った。

王太子という存在に初めて会い、しかも唐突でなんの準備もなく、あそこまで対応できる者がそうそういるだろうか。

後ろから黙って見守り、わたくしの様子が崩れた時にはすかさず横にきてわたくしを支えてくれた。

何て優雅で自然な振る舞いだったこと。

なにより、あのアルフレートから助けてくれた。そんな者は今まで現れなかった!


フェリクスはわたくしに握られた手を困ったように見て、疑問を口にした。

「王太子殿下はアダルベルトにご用は何もなかったということでしょうか」

「殿下はいつも用もないのに、ああしていらっしゃるの。ああ、でも今日はあなたを見たかったのかもしれません」

「私を?わざわざアダルベルト領に来てですか?」

「王都だとアダルベルト邸を訪れて、取り次ぎさせなければいけないでしょう?アダルベルト領なら勝手に挨拶に来るから都合がよろしいのよ」

「なるほど」

フェリクスは感心したような声だ。


「それにしてもお恥ずかしいところをお見せしましたわ。感情的になりすぎました」

先程のわたくしの振る舞いは、どう思い返しても淑女らしくはなかった。

アルフレート相手なら今更だけど、フェリクスの前であのような様は披露したくなかったわ。

「確かにマルグリットがあれほど感情を顕にするのは初めて見ました」

「あれは癖なのですわ」

「癖なのですか」

フェリクスが首を傾げた。わたくしは重々しく頷く。

「子どもの頃ですけど、王妃教育に嫌気がさしまして。怒っている時は思いっきり怒ってみせるんだ、と変に頑張っていた時代がありますの」

「怒るんですか?」

「そう。おかしいでしょう?怒って怒鳴って…それが王妃教育への最大の反抗でしたの、フフ。フェリクス、王妃教育っていうのはね…」


わたくしが受けた王妃教育は、王妃という人形を作る為のものだった。

決められた答え、決められた表情、決められた姿勢。“正解”をひたすら叩き込む教育。

そしてそれまでのわたくし、“アダルベルトの姫”を消す教育。


「自分で考えて行動することはご法度。ただ、教わったとおりに。姿勢はこう。こう言われたら、こう返す。こういう場面ではこうして、次にこう。一言一句間違えずに発音正しく、手の位置はこう、表情は少し悲しげに微笑んで…」


王妃教育の教師たちが一番嫌ったのは、「お家ではこうした」「これまではこうだった」「アダルベルトでは…」

こうしたことを言うたびにひどく叱られて「王宮では決してそんなことはしません」と馬鹿にされた。

皮肉なことに、教師たちがアダルベルトを否定する度に、「わたくしはアダルベルトなのだ」という想いは強くなっていった。


それでも、わたくしは真面目な子だったので、真面目に取り組んだ。

それなりに賢くて覚えも悪くなかった。

教師たちの意を酌むことも覚えて、“アダルベルトでどうだったかなんて忘れましたわ”と嘯くこともできた。

わたくしはたくさんの“正解”を覚えた。

けれど人前に出れば、どんなに“正解”を答えても、怒られ、意地悪を言われ、嘲笑われた。

“正解”をすれば皆がわたくしをさすが未来の王妃だと尊敬するはず、“正解”を知っていればどんな時にも適切な行動が取れるはず、だったのにそんなことは全然なかった。

わたくしの回りは悪意に満ちていて、どんな努力も報われたことがなかった。

頑張って身につけた“正解”は全くわたくしを助けてくれなかった。


“正解”は“正解”じゃない。そうやっと悟ったのは王妃教育を受け始めて1年半くらいがたった時だった。

“正解”を信じちゃ駄目なんだわ。

“正解”はわたくしが考えよう。

間違えてもいい。だってみんな間違えてる。あの偉そうな教師たちだって間違える。

わたくしだって間違えてもいいじゃない。

これがわたくしなんですもん、と笑っちゃえばいい。


わたくしは吹っ切れた。それまで押し込められていた感情が爆発したとも言えるかもしれない。

それからは思うことを言い、反論し、皆の前で思いっきり怒ったり、泣いたりした。

教師たちはあたふたしていたが、いい気味だ。

わたくしの評判は地に落ちたらしいが、それがわたくしなーのーよー!


未来の旦那様だというアルフレートの前では特に大袈裟に感情的に振る舞った。

王妃教育は結局はこの人の為だったし、そのことをまるで理解していない様子に腹がたった。

これがわたくし!これがわたくしの今の気持ち!わかったか!!


…面白い生き物呼ばわりされておしまいだったけど。


「どうしても殿下の前ではあの頃の癖が抜けなくて。殿下もこちらを挑発してきますし…もちろん王妃教育の内容を忘れた訳ではありませんよ。本当に必要な時には王妃候補として過不足なく振る舞っていましたわ」

「ええ、マルグリットの所作は常に美しくて隙がなくて、王妃様のようだと思っていました」

「まあ」

フェリクスはなぜわたくしを喜ばせることをスルスル言うのだろう。おべっかだとしても嬉しい。

「にしても不思議です。マルグリットはアダルベルト侯爵家の姫だから王妃候補になったのでしょうに、アダルベルトを否定するとは」

「あら、王宮に住まう方々たちにはアダルベルトなんてどうでもよろしいのよ。たまたま王子の相手を探すタイミングで条件が揃ったのがわたくしだったの」

「まさか、天下のアダルベルトが…」

フェリクスが衝撃を受けたような顔をする。こういうところはフェリクスも田舎者ね。王宮のことをまるで知らない。

「わたくしが他国の王女様だったら、あそこまで否定はされなかったでしょうね。けどたかが侯爵家の娘。王室至上主義の方々にはアダルベルトなどそこらの草。むしろ変に伸び過ぎた雑草よ。根っこから排除しなければって躍起になっていましたわ」

「たかが、などと言ってはいけません。アダルベルトは力ある侯爵家ではありませんか」

フェリクスが眉を潜めて宥めるように言う。

「あら。たかがアダルベルト、とわたくしほど言われた者はきっといませんわ。そして、実際たかが、でしたわ。おわかりでしょう?わたくしはずっと妃候補で、婚約者にはならなかったのですもの」

「‥‥‥!」

わたくしはフフフと笑った。

フェリクスったらそんなにショックを受けなくていいのに。

「もしも婚約者になっていたら婚約解消するのはきっと大変でしたから、良かったですわ」

「…なぜ、マルグリットは候補で無くなったのか、お聞きしても?」

「ああ、それはレイビック叔父様が…」


会話の途中で馬車が止まり、アダルベルト城に着いたのがわかった。

馬車の扉が外から開かれるのとほぼ同時にレイビックの声が響いた。

「当主様。お早いお戻りで。して、王太子殿下にご無礼などしておりませんでしょうな」

わたくしは吹き出した。

レイビックはわたくしとアルフレートの関係をよく知っている。

「大丈夫です、叔父様。無礼なことなど何もしておりませんわ。ねえ、フェリクス」

「はい、マルグリットは立派に対応されておいででした」

レイビックは本当か?という目でわたくしたちを見る。

従者として付いてきていた使用人は、何と答えたものか、という顔だ。


わたくしが13歳。アルフレートが19歳の時。

わたくしは妃候補から降りた。

内密に婚約が決まろうしていた時だった。

次期アダルベルト侯爵に決められていたレイビックが突然当主になることを辞退した為、わたくしが侯爵位を継ぐことになった。

というのが、公の理由だ。

「マルグリットと殿下は相性が悪すぎる。上手く行くとは思えん。アダルベルト出身の王妃のせいで国が滅びたらどうする」

レイビックはその頃存命だった父にそう言ったらしい。

つまり、レイビックはわたくしの為にアダルベルト侯爵になることを諦め、父もそれを認めた、ということだ。


「叔父様、お客様は?」

「おふた方お帰りになりました。まだ3組、残っておられます」

「わかりました。急いで着替えて参りますわ。フェリクスもそうなさって」

「はい」


わたくしはわがままだった。

アルフレートは大嫌いだったし、王宮は散々わたくしを傷つけて、一生ここで暮らすなんて地獄だと思った。

けど、それはどこにでも普通にあるようなことで、そんなつまらない理由でやめたいと言っていい婚約じゃなかった。

なのに、レイビックと父はわたくしの心を汲み取ってくれた。

「お前の情の深さと我の強さはアダルベルトの血だ。だから仕方ない」と言ってくれた。

王家からの婚約を断るのはさぞ大変だったろうと思う。いろんな人の人生も狂わせた。

その中で、一番の被害者で一番わたくしに多くを与えてくれたのは、たぶんレイビックだ。

わたくしはいつかちゃんと叔父様に恩を返さなければいけない。


「あ、叔父様。そう言えば、殿下が良い店に案内しろ、て言うのを無視して帰って来てしまいましたの」

「何ですって!?」

「わたくしを引き止める口実だったとは思うのですけど、一応誰か案内に行かせた方が…」

「当主様!なぜ早くおっしゃらないのです。ああ、誰か殿下にお詫びを申し上げ、店に案内出来る者は…。私か。仕方ない。私が行って参ります。留守は頼みました」

レイビックはそう言うと、わたくしたちが乗って来た馬車にサッサカと向かう。


まあ、恩返しはおいおいに考えよう。

いえ、レイビックの言うとおり結婚してあげたのだから、もういいのかしら…


「フェリクス、叔父様が行ってしまったから、予定より頑張らないといけませんわ」

「はい、急いで着替えて参ります」


わたくしはフェリクスと並んでアダルベルト城に入った。

レイビック感謝回になりました。レイビックが侯爵にならなかったのは、王都に住みたくない、とか、アダルベルトの永続が1番大事な人だから、とかいろいろあるんですが。

そろそろアダルベルト領の滞在もおしまいです。

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