フェリクスの好きなこと
アダルベルト城の朝食はアダルベルト邸と同じく、パンとスープ、チーズ、果物だ。
わたくしとフェリクス、レイビックとカトリナの四人が食卓についた。
「婿殿、育毛剤とは?詳しく教えていただきたいのですが」
昨日の話を聞いたレイビックが千切る前のパンを持ったまま切り出した。
「大層なものではなく、クレーベで昔からある民間療法を教えただけなのです」
フェリクスがなんでもないことのように言う。
「ほう、それはぜひ私にも伝授いただきたい!」
レイビックが身を乗り出した。
「レイ、あなた別に禿げていませんわ」
「無くなる前に対策することが肝要なのだよ、リーナ」
わたくしのお祖父様、レイビックのお父様がつるつるだったので、ずっと恐怖しているらしい。
レイビックを無視して、フェリクスを問いただす。
「ヴェーゲナー社長が言うには、他にも何か工夫なさったり、アイディアを出したりしたものがあるのでしょう?どんなものを?」
フェリクスはパンをもぐもぐごっくんして答えた。
「そんな大したものはございません。…例えばペンに飾り文字で名前を入れるサービスですとか」
「それ、知ってますわ!わたくし、レイにいただいた名入りのペンを愛用してます。ねえ?」
カトリナがレイビックを見て言った。
「飾り文字とは懐かしいこと」
飾り文字とはわたくしも通った王立の学校で流行っていたもので、その名のとおり装飾的に変形させた文字だ。
けっこう複雑で、綺麗に書くには練習が必要。
学生時代は学友たちと一生懸命練習したし、未だに装飾文字で書いた手紙を送りあったりしている。
名前をペンに彫るサービスというのも面白いけど、それが飾り文字ならずいぶんおしゃれに見えるだろう。
「他には?」
「そうですね、アクセサリーを木の箱に入れて売るアイディアですとか」
「ああ、知っています。流行ってますわね」
市民向けの安価なアクセサリーは、店頭では何にも入れずそのままで並んでいるし、適当な袋に入れて持ち帰るものだった。
それをある宝飾店がアクセサリーひとつひとつを木箱に入れて売る形を始めた。
店の焼印が押された蓋付きの薄い木箱で、中にはアクセサリーを引き立てる黒布が引かれている。
それが高級感があり、アクセサリーを大事にしているように感じる、とお店は大人気になり、他の店も次々に真似るようになった。
今や貴族向けのアクセサリーまで箱付きが当たり前になってきているのだ。
「あれはあなたのアイディアだったのですか」
信じられない想いでフェリクスを見る。
「学友たちは商家の者が多かったですから。彼らが家の売り物について話している時に、思いつきを話しただけなのです。まさか本当に実行するとは思いませんでしたが」
フェリクスが苦笑した。
「どうやって思いついたんですの?」
カトリナが興味津々で尋ねる。
フェリクスは困ったように笑って答えた。
「私は木などを使って小物を作る事が好きなものでして」
好きですって!
初めてフェリクスから聞けた、“好きなこと第1号”である。
そう。フェリクスは木を使った小物づくりが好きなのね。
「それはさすがクレーベのお血筋ですね」
レイビックは頷いた。
「クレーベの?」
「ええ、クレーベ伯爵家の方々は昔から素朴な小物を作ることで有名で。私が子どもの頃はクレーベで作られた木彫りの動物の置物が良き守りとして流行ったことがありますよ」
「そうなのですか?」
フェリクスに尋ねると、彼は面映ゆい様子で答えた。
「おそらく祖父の作です」
「あらまあ」
「私の手も祖父から教えを受けたものでして」
「ほぅ!」
「では、お父様のクレーベ卿も何か?」
ふと思いついて聞いてみるとフェリクスは頷く。
「父は少し毛色が違いまして。よく絵を描いております。油絵が好きなようです」
「それも素敵。見てみたいですわ」
「クレーベはものづくり一族なのですねえ」
フェリクスの目元がほんのり赤くなった。
自分の家を褒められると嬉しくなるのはよくわかる。
「フェリクス、あなたそのアイディアをただでご友人に渡しましたの?」
産業の領地の領主としてはそこが気になった。
フェリクスは一瞬顔を強張らせ、それから首を横に振った。
「いいえ。あの学校の友人たちは皆権利というものをよく知っている者たちでしたから。私も一定のアイディア料を受け取るようにしてました」
「あら、それならよろしかったですわ」
それならなぜ、フェリクスは顔を強張らせたのかしら。
疑問に思っていると、フェリクスは自分から懺悔した。
「その時に得た金は全てクレーベに使って手元にないのです。申し訳ありません」
「‥‥‥」
わいわいしていた朝食の席が一瞬でシンとした。
婚前のお金をすでに使ったことに何の問題もない。が、それをわたくしに謝る心は?
聞き方によってはわたくしが彼にお金を無心しているようではないの。
レイビックがゴホンと咳ばらいした。
「婿殿、一体何を謝っているのか、さっぱりわからないのですが」
わたくしも頷いた。
「ええ、わたくしもよくわかりませんでしたが、何か問題がありますの?…コーヒーをちょうだい」
使用人にコーヒーをサーブさせる。
「あ、いえ、詮無い事を申しました」
フェリクスもコーヒーを頼むと、ふっと微笑んだ。
「マルグリット、あなたに何かを作って贈ってもよろしいでしょうか?」
「まあ、素敵!」
カトリナが手をパンと叩いた。
「よろしいのですか?…でしたら、宝石箱なんて作れますかしら?」
アクセサリーの箱の話から自然にそれが思い浮かんだ。
「わかりました。精一杯作らせていただきます」
「まあ、嬉しいこと」
どんな宝石箱になるか、すごく楽しみだわ。
「さて、そろそろお客様方もお帰りの準備を始める頃合いでしょうか」
昨日のお披露目パーティーに遠方から来た客が城の客室に泊まっている。全員が今日帰路につくそうだから、そのお見送りが本日1番の仕事。
2番目の仕事は昨日いただいた贈り物の確認と整理、礼状書きである。
「フェリクス、一緒に片付けて参りましょう」
「はい、わからない事が多いので、教えてください」
「私もお手伝いさせていただきますから、大丈夫ですよ、婿殿」
そんな会話をしていた時だった。
「当主様、街より知らせが」
城の家宰が早足でわたくしの元へ来る。
「警備兵より連絡がございました。王太子殿下がご来訪とのこと」
レイビックがガタと立ち上がった。
「いつの報告だ?」
「10時10分。ウォーズロー商店通りだそうです」
「もう30分経ってるのか」
レイビックが険しい顔をする。
わたくしもカタンと立ち上がった。
「着替えます、支度を」
使用人たちがバタバタと準備に走った。
「いらっしゃるのはボンマン茶店でしょう?」
「そのようでございます」
「全くあの方はまた、あいも変わらず…」
わたくしはため息をついた。
「レイビック。わたくしがいない間にお帰りになる方には丁重にお詫び申し上げてくださいね」
「心得ております」
「そして、フェリクスは…」
黙って様子を覗っているフェリクスは事情がわからないはずだ。簡単に説明をする。
「王太子殿下がアダルベルトの商店街にお出でだそうです。領主としてご挨拶に参らなければいけません。フェリクスも一緒にいらっしゃる?すっごく不快な思いはするでしょうけど」
「ぜひ、エスコートさせてください」
フェリクスはためらいを見せずに言った。
次回は元マルゴの夫候補、王太子くんの登場です。




