お披露目パーティー
アダルベルト城についてから3日目。
城で開かれたお披露目パーティーには500人以上の人々が集まった。王都での披露パーティー客の3倍近い人数だ。
その半分が貴族やそれに準ずる身分の者。侯爵領に関わる家やアダルベルト親族家、近隣領地のつきあいのある貴族たち。
あと半分がアダルベルト領で働く平民たち。ほとんどが産業に関わるまとめ役である。
今日は城の大広間も小広間も庭も食堂も1階の表部分ほとんどをパーティー客に開放している。
人数が多いこともあるが、身分差による衝突をなるべく避ける為だ。
おかげでわたくしもあちこち回って歩かなければいけない。
フェリクスは王都の結婚披露パーティーでエスコートにずいぶん慣れたらしく、腕の高さ、歩幅などわたくしにぴったり合わせられるようになった。
おかげで無駄な力が抜けて、足への負担が少ない。とても助かる。
「おめでとう存じます。ああ、良かったこと」
と王都の客と同じような寿ぎの声をかけてくるのは、アダルベルトの親族家の者たち。
「心からお喜び申し上げます。末永くアダルベルト家の繁栄が続きますようお祈り致します」
格式ばった挨拶を述べるのは、大体、他領から招待したつきあいのある貴族家の者だ。
そして、
「これでますますアダルベルト領は栄えることでございましょう。アダルベルト侯爵様とご夫君に心から祝福を申し上げます。これからも精一杯領主様にお仕えさせていただきますので、どうぞ変わらぬご愛顧をいただけますよう」
要は、“これでこの領も安泰ですね。これからもよしなに”という意味だが、こういう挨拶を長々述べるのは、アダルベルト領に工場や大商店を持つ経営者たち。
貴族のような刺繍いっぱいの分厚い衣装ではなく、すっきりとしたスーツを着た者が多いのは、貴族たちに生意気だと目をつけられるのを避ける為だろう。
こうして貴族階級の者と市民を同じ所に集めるとトラブルが起きがちだが、あえてそうするにはいろいろな理由がある。
このアダルベルト領は労働者によって支えられ大都会とまで呼ばれるようになった地。
特に今日ここにいるのは、数え切れない労働者を動かす雇用主であり、そこらの平凡貴族よりも金と影響力を持つ者たちなのだ。
彼らが今日ここに参じたのは、領主であるわたくしに挨拶し伴侶となった者の人となりを見ておく為…だけでなく、これぞという人脈を築く機会を持つ為だ。
アダルベルト領主としては、こういう機会を設けるのも務めのひとつ。
先程も珍しい商品を扱う卸売業の者に貴族の方から商売の話を持ちかける場面を見かけた。領の発展の為にどんどん頑張って欲しいところだ。
だというのに。
「たかが平民が!!」
庭園を回っている時、ひどいわめき声が聞こえてきて、やっぱりこうなるかとため息ひとつ。
見れば明らかに貴族の身なりをした男が、紺のスーツの男を怒鳴りつけている。
よく見れば二人とも顔は知っている。
貴族の方は先程挨拶をしたばかりの隣の領地の伯爵、スーツの男は最近代替わりしたヴェーゲナー社の若き社長だった。
「あれはどういう事情かしら?」
近くにいた工場長を捕まえて聞いてみる。
彼は小さく肩をすくめた。
「どうやら、かの伯爵様ご所望の品が人気で、すぐにご用意できないということのようです」
「あの方はヴェーゲナー社長…ヴェーゲナー社の人気商品と言えば…」
「お察しのとおり、育毛剤です」
わたくしは怒りで顔を真っ赤にした伯爵の額を見た。
「まあ、なんてお気の毒なこと…」
冷めた声が出た。
「順番が何だと言う!?私よりもそこらの平民の客が先だと言うのか!?」
伯爵が怒鳴る。
ヴェーゲナー社長は落ち着いた様子で、小声で何か言った。
するとますます伯爵は憤怒の表情になった。
「特急料金だと?この欲深い商売人めが!」
工場主がヒソヒソとわたくしに言った。
「特急料金を払うなら急いで用立てよう、と申し出たようですが」
「予定にない量を用意させようとすれば、材料費も割高、人件費もかかりますものねえ」
「伯爵様にはそのような事情はわからんでしょう」
「うーん…」
わたくしが出れば、すぐに場はおさまるだろう。
しかし怒鳴られ続けているヴェーゲナー社長は、怯える様子も見せず丁重な姿勢も崩さず、堂々と立っている。
彼もこういう事は初めてではないだろうし、自分で対処出来るはずだ。
もう少し様子を見ていましょう、と思ったところで、フェリクスが声をかけてきた。
「マルグリット、私に行かせてもらえませんか?」
「あなたが?」
驚いて隣にある彼の顔を見上げる。
「はい、騒ぎを大きくすることは致しません。エスコートの手を離すことをお許しいただけますか?」
彼の方から何かを申し出るのは初めてのことではないかしら。
「…よろしいですわ。行ってらしてください」
わたくしは自分から彼の手を離した。
おもしろいわ。お手並み拝見させていただきましょう。
フェリクスはスタスタと騒ぎのところへ歩いていった。
そしてヴェーゲナー社長に声をかけた。
「アレクサンダー!久しぶりだ」
「…フェリクス!?」
なんと。二人は知り合いであったらしい。
驚いた様子のヴェーゲナー社長は、すぐに非礼に気が付き謝罪した。
「いや、失礼致しました。アダルベルト侯爵様の夫君、フェリクス様」
フェリクスは貴族らしい振る舞いで大様に頷き、伯爵の方を見た。
「伯爵、お話の途中で失礼を。旧友を見かけ、思わず声をかけてしまいました」
「いや、これはこれはご夫君…旧友とは?」
伯爵はびっくりまなこでフェリクスを見た。
フェリクスはキラキラ微笑んで言った。
「この者は私が結婚前からつきあいがある者でして。商売に関してもいろいろ助言を与えております」
どうやらフェリクスはヴェーゲナー社長は自分の庇護下にあるのだと示したいらしい…
と思っていたら、社長は驚くようなことを言った。
「はい、伯爵様ご希望のお品に関しましても、フェリクス様のお力添えにて開発されたものでございます」
「…なんですと?」
伯爵は目を丸くしているが、わたくしもぽかんとした。
「小さなアイディアを与えただけです」
フェリクスは平然と答える。
そして目を細め、伯爵を意味ありげに見た。
「ところで、伯爵。アレをご希望なのですか?」
問われた伯爵は
「あ、いや、そう…急ぎではないのですがね」
しどろもどろ答えた。
平民に無理強いしているところを見られたのが気まずかったのか。
それとも侯爵の配偶者が関係してると知って焦ったか。
何にせよ、フェリクスの艶髪の前で育毛剤の話をするのはいたたまれないだろう。
「今日のところはこれで。また機会があればお話させていただきましょう」
そう言うと、伯爵はせかせかと立ち去っていった。
「まあまあまあ!」
ちょっと興奮してしまった。
「先程はご夫君を呼び捨てにしてしまい、大変に申し訳ありません」
ヴェーゲナーがわたくしに謝ってくる。
フェリクスがそれをフォローした。
「私たちの学校では皆、名前を呼び捨てで呼ぶという決まりがあったのです」
「アダルベルトの学校の?」
アダルベルト領立の寄宿学校は平民の富豪と呼ばれるような家の子どもが多い学校で、そこにヴェーゲナー社長がいたのは納得だ。
むしろ伯爵家のフェリクスがそこに在席していたことが不思議である。
「はい、彼は良き学友でした」
フェリクスは柔らかい笑顔で言った。
「それで、商品を開発ですって?」
「開発というほどのものでは」
「いいえ、フェリクス様は店に売られている商品に一工夫を加えたり、新しいアイデアを出したりと、様々なものをこの街にもたらした方です。学友たちもフェリクス様が再びアダルベルトにいらしたと聞けばさぞ喜ぶでしょう」
「なんとまあ…」
あまりにも意外なフェリクスの功績に開いた口が塞がらない。
わたくしは社長を手招いた。
「ヴェーゲナー社長」
「はい」
「今度我が城に参って、わたくしの夫についてよく話を聞かせてくれますように」
命じると、ヴェーゲナー社長はわたくしを見て、フェリクスを見て、それから今にも笑い出しそうな顔で答えた。
「喜んで伺わせていただきます」
新たなフェリクス情報源を手に入れたことにわたくしはほくほくした。
※※※
「今日はお疲れ様でした、フェリクス」
わたくしが主寝室に行くと、すでにフェリクスは寝台の中にいて、紙の束をめくっていた。
「マルグリット。お疲れ様でした」
「何を見てらっしゃるの?」
「今度視察で繊維工場を回ると聞いたので、その資料を」
「勉強家ですわね。ですけど、必要ありませんわ。視察という名のお楽しみなのです」
わたくしはふふふと笑った。
「わたくしとフェリクスの服を糸から選ぼうかと思いまして。工場で目の前で作るのを見て回るのです」
「それはなんとも良いですね」
フェリクスは寝台脇のチェストに紙を揃えて置いた。
「楽しみですね」
フェリクスはにっこり笑い、わたくしも笑う。
「フェリクス、今日のあなたも侯爵の夫として立派でしたわ。誇らしいわ」
フェリクスの頭を引き寄せ、頬にキスをする。
「私も同じ気持ちです」
キスのお返しが頬に落ちてくる。
キスは一度してしまうと、とても簡単で何度でもできた。
妹たちにもするのだもの。頬にするキスなら大したことではない。
「おやすみなさいませ」
「良い夢を」
また明日も平和だといい。




