結婚披露パーティー
教会で式を上げて10日後。
予定していたとおり、王都のアダルベルト邸にて結婚披露パーティーを開いた。
わたくしがフェリクスのエスコートで広間に出ると、大きな拍手がおきた。
今日のフェリクスは白地に銀糸でびっしり刺繍されたコートを着ていて、クラヴァットと髪のリボンは群青。白金色の髪の一部が顔にかかり、その麗しさと来たら半端ではない。
彼が自分の夫だと紹介できて、わたくしはとても鼻が高い。
「フェリクスはパーティーはお好きかしら?」
「このようにきらびやかで高貴な方が集まるパーティーというのは初めてです。無作法がなければ良いのですが」
「ホホ。無作法でない貴族などいるものかしら」
逆にフェリクスほど作法をわきまえた貴族など見たことがない気がする。
無作法なんてお互い様よ、とフェリクスを励まし、お祝いに訪れた招待客の挨拶を受ける。
この披露宴が終われば、明日にはアダルベルト領に向かい、そちらで本格的なお披露目のパーティーをすることになる。
なので、今日ここに招いた客は王都住み貴族がほとんど。王宮でしかお見かけできないような高位のお方も来ている。
高位の貴族など大抵性格がひねくれているもので、出来れば顔を合わせたくないけど、つきあいなので仕方ない。
幸い今、広間は和やかだ。奇妙なほど。
お祝いムードがいっぱいに満ちて、誰も彼もが嬉しそうに笑っている。
誰もわたくしに嫌味を言ってこない。
コソコソ、ヒソヒソ、クスクス、みたいな陰口も聞こえない。
なんだろう、この広間中に広がる
“これで一安心。ホッとしたねー”みたいな空気。
「まことに喜ばしいことで。心よりお祝い申し上げます。ああ、良かった」
「なんてご立派なお婿殿を見つけられましたこと。さすが侯爵ですわ。まあ、良かったこと」
「本日は素晴らしい披露パーティーで。私もお二人の麗しいお似合いの姿を見れて若返る気持ちです。ああ、良かった、良かった」
皆が寿いでくれるのは嬉しいけど、何故必ず“ああ良かった”、と言うのか。
まるで誰も彼もがわたくしの結婚を待ちかねていたみたいじゃないの。
いえ、待ってたんだわ。元皇太子妃候補で、現侯爵で、行き遅れのわたくしの結婚を、今か今かと。
そして結婚相手のフェリクスは大した権力も持たないクレーベ伯爵家出身。
これ以上アダルベルトに力を持たせたくない者たちもこれが婿なら問題なし、と判断し喜んだだろう。
そのフェリクスはこういう場は初めてと言ったわりに俯くこともなく、玲瓏とした佇まいで、わたくしに寄り添っている。
声をかけられれば、滑らかに返す。
結婚してからの短期間で招待客の情報も頭に入れたようで、何を言われても申し分のない返しができていた。
わたくしがちらりと顔を見れば、少し首を傾げて微笑んでくれる。
作法は完璧。
なんて良い夫をもらったものかしら。
フェリクスと言えば、お父様のクレーベ卿はどうしただろうか。
「招待状など要りませんっ、大丈夫ですっ、結婚後はクレーベとの縁はないものと思っていただいてっ」
とか言っていたが、とりあえず「都合がつけばお越しください」と招待状を渡しておいた。
どこかに来ているのだろうか。
「フェリクス、あなたのお父様は…」
わたくしが問いかけた時だった。
「ご挨拶をさせてください」
そう声をかけてきたのは、まだ20台と思われる茶髪の男性だった。
貴族らしい豪奢な衣装を着ているが、板についていない印象を受ける。だらしない姿勢と落ち窪んだ目。
我が家の客にはあまり見ないタイプだ。この広間でも浮いて見える。
「私はクレーベ伯爵です。以後お見知りおきを。ぜひ末永いお付き合いをよろしくお願い致します」
伯爵は背を丸めて一礼した。
わたくしは驚いてフェリクスを見た。
「あなたの?」
「はい、私の血の繋がらない兄です」
フェリクスは無表情で頷く。
クレーベ卿に渡した招待状は彼の義兄に渡ったらしい。
クレーベ伯爵はフェリクスの方はまるで見ることなく、わたくしに向けてヘラヘラと笑いかけた。
「フェリクスにはクレーベの領地運営をずっと任せてまして。義弟が家から出ちまっていろいろ問題もあるんすが、アダルベルト侯爵家に入れてもらえた事は光栄なことだと思っております」
少し訛りのある発音で、せかせかと言う。
つまり?
アダルベルト家にフェリクスを婿にやってしまったから、クレーベ家はとても困ってます、という意味に聞こえたけど。
一気にこの男が嫌いになった。
わたくしがもしフェリクスを買ったのだとしたら、売ったのはクレーベ伯爵家の者である。
「ホホホ。働き者の弟さんをいただけて、嬉しく思いますわ。では、これで」
彼とは話す価値がない。
話を打ち切ろうとすると、伯爵は追いすがるように言った。
「これからの我が家とのつきあい方について、お話しする時間を設けていただきたいんすが」
わたくしは思いっきり眉をひそめてやった。
伯爵の言う“お付き合い”の内容は、察しがつく。仲良くなってアダルベルト家にいろいろ助けてもらいたい、ということだ。
「お付き合いですか?当家はクレーベ家との縁はないものと考えておりますが」
「え、でも」
「フェリクスさんのお父様ともそのようにお話が出来ておりますわ」
というより、クレーベ卿の方から申し出てきたことだ。
「なんすって!?」
伯爵は知らないことだったらしい。
驚いているのを今度こそ無視して、くるりと伯爵に背を向けた。
「あの、侯爵様、」
とか聞こえるが、無視だ。
「義兄がご無礼を。お許しください」
横をピタリとついてきたフェリクスが丁重に謝ってきた。
「フフ、ねぇ、フェリクス。皆、無作法なものでしょう?」
フェリクスのエスコートの手にぐっと力が入った。
あの程度のことはよくある。大したことではない。
けれどフェリクスはあのような義兄が領主で、苦労も多かったでしょうね。同情してしまう。
それから向かったのは、学生時代の学友たちが集まるテーブルだった。
すでに盛り上がりも佳境といった雰囲気の友人たちに苦言を呈した。
「来てくださってありがとう、と言いたいところですが、少しはしゃぎ過ぎですわ、皆さん」
友人たちはもう大体が既婚者で、子どもがいる者もいるくらいなのに、いつまでも少年少女のように落ち着きがない。
「おめでとう存じますわ、マルグリットさん!もうわたくし感動して、感動して」
「今日はお招きありがとうございます。お二人を見るのをどんなに、楽しみにしてきたことか」
「もう私は、永遠にマルグリットさんの花嫁姿を見る日は来ないのかと…」
「フェリクスさん、マルグリットさんをよろしくお願いしますわ!マルグリットさんは、見た目よりずっと繊細で優しい方ですから、」
皆は一斉にわたくしたちの回りを囲んだ。
学生時代、わたくしの結婚相手と目されていたのは第一王子だった。けれどわたくしと王子の仲があまりに悪いので、先生も友人たちもたいそう気をもんでいたものだ。
そのおかげでわたくしのクラスはまとまって、学校始まって以来の団結クラスと呼ばれたくらい。
かつての王子は今は王太子と呼ばれるようになり、わたくしはもう妃候補ではないけれど、学友たちはまだ心配していてくれたのだろう。
良い友人に恵まれたものね。
と言っても…
「学校でのマルグリットさんといったら、、」
とフェリクスに言うのが聞こえた辺りで、黙っていられなくなった。
「あることないこと言うのはやめて下さる!?」
「本当のことしか言ってません〜」
学友たちは皆笑ってる。
少しだけ後ろに立ったフェリクスを見ると、何だか微笑ましいものを見るような顔をしていた。
「フェリクス、全て真に受けてはいけませんよ」
「そういえば兄から聞きました。フェリクスさんは学校であのフレイバー教授にも認められた秀才だったそうですね!」
「ああ、わたくしも聞いた事がありますわ。学校の先輩に、とぉっても麗しくて、頭脳明晰な方がいらしたと。なんでも熱心なファンクラブまであったそうですわね」
友人たちが一斉にフェリクスの顔を見て、わかりますわ〜、と黄色い声が上がった。
わたくしは身上書の内容を思い出す。
フェリクスは4年生まで王立の寄宿学校にいたのだ。
5歳上だから、わたくしが入学する二年前には彼は転校している。
「そうなんですの、フェリクス?」
「…私はそちらの学校を卒業出来なかった者ですから」
フェリクスは苦笑して控えめに答えた。
「おうちの事情はいろいろですわ」
友人がさらりと言った。
上流貴族の家の者が突然学校から姿を消した時、よほどの問題児でない限り、それは家の都合だ。家の都合は誰にでも起こりえるとわたくしたちは皆知っている。
それはそれとして。
まさか披露パーティーでフェリクスの事が聞けるなんて。
「わたくし、フェリクスの事が聞きたいのですわ!どなたかもっと何か知りませんの?」
わたくしは勢い良く言った。
「マルグリット、そのような…」
フェリクスが後ろから小さな声で止めようとする。
けど、止める気はない。
「だってあなた、ご自分のことを全然お話にならないのですもの。ここで情報を仕入れなくては!」
わたくしはびしりと言ってやった。
「情報を仕入れるのですか?」
「そうですわ!」
実はフェリクスには不満を感じている。
「いっつもお話するのはわたくしや妹ばかり。フェリクスはにこにこして相槌打って、つまらない返事を返すだけ!フェリクスはわたくしたちのことをたくさん知ったでしょう?わたくしは結婚して10日もたつのにフェリクスのこと、ほとんどわからないままです。ずるいと思われません?」
10日間ためた文句を一気に言ってやった。
フェリクスはすごく困ったような顔になって、わたくしの横に身を屈め、耳元で言った。
「でしたら、どうぞ私に直接お尋ねください。なんでもお話し致しますから」
「…本当に?」
「ええ、マルグリットがそんなに私のことを知りたいとは思っていなかったのです」
「だってあなたはわたくしの夫ですのよ?夫のことを知りたいのは当然のことでしょう?」
ねえ?と同意を求めて友人たちを見た。
すると、皆揃ってポカンとした顔でわたくしを見ていた。
「皆さん、どうかなさって…?」
「まあ!」
「おお!」
「へえ!」
彼らはおかしな声を上げた。
「夫婦っぽい…」
「なんか、甘〜い…」
わたくしは眉を寄せて不可解な友人たちを見た。
「何をおっしゃってますの?皆さん」
「いえいえ、大丈夫。これならお二人は大丈夫です。私たちは本当に安心しました。ああ、良かった良かった」
何が大丈夫なのか。訳がわからない、と思いながら、隣にいるフェリクスの顔を見上げてみると、フェリクスはなんとも言えない顔でわたくしを見下ろしていた。
言いたい事があるなら、はっきり言ってください!
披露パーティーは大盛況で幕を下ろした。
結婚というものがこれほど祝福されるものだとは思っていなかったから、かけられる祝いの言葉に圧倒されるほどだった。
結婚とはなかなかに良いものなのね。
次回はアダルベルト領へ。
明日から出かけるので、更新が数日空きます。




