9.鎖骨
セバンは駆け足で屋敷に戻り、泣きながら屋敷で働く者たちをホールに集めた。
皆、「何事だ?」と不安になりつつも、ホールに集まる。
ホールがざわざわと不安の声で満ちている時、玄関の扉が開く。
リフィスが少女をエスコートしている姿を見て、使用人たち全員が、セバンと同じ反応をした。
泣いている者もいれば、
理解できずショートする者もいれば、
うそだああああ!!!と絶叫したものもいた。勿論、心の中で。
そして、皆が二人を祝福した。――仮、とは知らずに。
「旦那様!こんなに可愛らしい奥様をいただいたからには、これからはもっと、ちゃんとしなければなりませんよ!………。」
「それから本当に、おめでとうございます……!」
心配そうにリフィスにくぎを打ちながらも、心の底から嬉しそうに祝福したのは、メイド長の、マリッサ・ローだ。
「お、奥様って…。まだ、婚約者だ。まあでも、わかっているよ。」
「マリッサ、サラはきっと疲れているから、早く部屋へ案内してやってくれ。あと、湯浴みの準備も。」
「もちろんでございます。さあ奥様、こちらへ。」
とても優しい笑顔で、マリッサはサラを部屋へ案内する。
「気軽にサラと呼んでください。これからよろしくお願いいたします。マリッサさん」
そう愛らしい笑顔で話すサラを見て、マリッサは心を打たれる。まだ会ってから数分だが、この方が来てくれてよかった、としみじみと感じた。
「サラ様、私たちに敬語は不要です。お気軽に私のこともマリッサとお呼びください。」
「ああそれと!サラ様には侍女をつけさせていただきますね。といっても、メイドは私を含めて三人しかいませんので、皆で、サラ様にお仕えさせていただきますが、何か、ご不明な点などございましたお気軽にお声がかけください。」
「あ、ありがとう……。マリッサ。」
たどたどしく少し照れた様子でそう返す。
急に婚約者として一緒に屋敷に来た自分を、受け入れてもらえるかどうか、サラは不安だった。
しかし、マリッサのあたたかい対応に、少しほっとした。
「こちらがお部屋になります。」
「今、湯浴みの準備をいたしますので、おきつろぎながらお待ちください。」
サラは長時間座り続けた腰を休ませるため、寝台に横たわる。
上質なシーツに、よりリフィスの凄さを感じた。そもそもこの屋敷も、男爵とは思えないほどとても立派だ。
《そんな人の婚約者か…ちょっと気が重いな》
するとふと、〝あの時〟のリフィスの顔が脳裏に出てきた。
「………。」
「サラ様、湯浴みの準備が出来ました。」
「…はーい!」
サラは脳裏に出てきたリフィスをかき消し、マリッサの方へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
湯浴みが終わり、さすがに眠たくなってきたサラは、寝る準備を始めた。
寝台に座り髪をとかしていると、コンコンと、ノックの音が聞こえた。
サラはすぐにドアの方に行き、扉を開ける。
「お、おう……。わ、悪いなこんな夜中に……。」
リフィスが少し気まずそうな顔をしながらサラの部屋を訪ねてきた。リフィスがいくら鈍感で、慣れてないとはいえ、この時間に訪ねてくる意味くらいは知っているだろう。
「全然!あ、こんなに素敵な部屋、本当にありがとう!!こんな素敵な部屋で過ごせるなんて……、私にはもったいないくらいなのに…。」
「いや、そんなことはな…」
そう言いかけた時、リフィスはサラの服装に目が留まった。
サラはもう湯浴みを済ませている状態で、着ているのはそう、ネグリジェだ。
上品な絹の生地で、胸元が少し開き、鎖骨とばっちり目が合う。…鎖骨と。
「なっ……!!!お…サ、サラ!!!なんていう格好で出てきたんだ!!!!」
「あっ…。急いで出なきゃと思って羽織るの忘れちゃった。」
リフィスは真っ赤になりながらサラの後ろにある部屋を見ると、寝台に羽織が置いてあるのが目に入った。
その瞬間に考えるよりも先に体が動いた。すぐにでもサラに羽織を着せねばと、大股でそれを取りに行く。
それを取り、後ろを振り向いた時、自分はサラの部屋に入ってしまったことに気が付いた。
「わ、悪い……。勝手に入って。」
「何で謝るの?ここはあなたの屋敷でしょ?それに、私の婚約者じゃない。」
サラはそう言いながら、寝台に腰掛ける。
「…。とにかく、冷えるしこれを着ろ。」
そっと優しく、サラの肩に羽織をかける。
「ふふ。ありがとう。」
「………。リフィス、立ってないで座ったら?」
自分を上から見下ろしているリフィスに、サラは自分の隣を手でポンポンする。
その仕草に、流れるようにサラの隣に座った。
《………。しまったああああああああ!!!!》
こんな時間に、寝台で、2人で座っている。という状況に、リフィスは汗が止まらない。
自分は紳士として失格ではないか、と火照っていた顔の温度が急降下する。
リフィスはこの状態をどう抜け出そうか考えていると――
「ねえ……。」
「シュダリ―…。ってどなたか聞いてもいい?」
「………。」
そう問いかけられ、リフィスはまたピクっと反応し、拳を、強く、とても強く握りしめていた。




