8.ひとさらい…?
「お帰りなさいませ。旦那様。」
馬車を降りると、黒の燕尾服を着た眼鏡姿の、いかにも執事長といった男が2人を出迎える。
「ああ。ただいま。」
「その…あまり驚かずに聞いてほしいんだが、婚約者を連れてきた。だからみんなをホールに集めてくれ、紹介する。」
「………。ん?今なんとおしゃられましたか?」
絶対に聞こえていたが、リフィスの口からは出るはずのない言葉に、セバンは自分の耳を疑った。いや、脳を疑ったのかもしれない。
フリーズしつつも、いやいやそんなはずはないと、眼鏡をクイっと直し、眉を垂らした笑顔で聞き返す。
「申し訳ございません。このセバン。ボケが進んだのが、上手く聞き取れませんでした。大変申し訳ございませんが、もう一度お伺いしても?」
「…。お前がボケていないことなど、俺が一番わかっている。」
「ハァ…。まあ、信じられないのはわかるが、本当に、婚約者と一緒なんだ。」
深くため息をし、少し恥じらいながら言うリフィスに、
セバンはこれは聞き間違いでも、自分がボケているわけでも、リフィスの冗談でもないことをやっと理解する。
リフィスは扉の方に手を差し伸べ、サラを、エスコートする。
その姿に、旦那様にもやっと幸せが舞い込んだと、セバンの瞳が潤んだ。
リフィスの手を取り、ゆっくりと出てくるベールをかぶった少女を見て、感動……ではなく、衝撃の方が上回った。
先ほどまで感動で潤んでいたセバンの瞳だったが、かっぴらいたことにより、逆に目が乾いてしまう。
「紹介する。俺の婚約者で聖女のサラスティアだ。」
「サラ、こちらは執事長のセバン・ローだ。」
「初めまして。まだまだ未熟者で至らぬ点も多いかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。」
煌びやかな、可愛らしい笑顔でそう挨拶するサラスティアにセバンは開いた口と目がふさがらない。
「だだだだだだ、旦那様、まままままさかひひひひひとさらいをしたわけでは、ごごございませんよね?」
動揺してとんでもないことを主人に聞いてしまう。
『婚約者』というだけでも腰を抜かしそうなのを、こんなにも愛らしい人を連れて来て、
セバンの頭の中はもうぐちゃぐちゃにかき回されてしまったのだ。
「セバン。落ち着け。そんなわけがないだろう。神殿に紹介されたんだ。聖女を嫁にどうだってな。」
「なるほど…。そうでございましたか…。ああ…。なんと…。」
まだ脳がショートしている様子で、セバンは神の子をボッーと見続ける。
その様子に、またため息をつき、リフィスが背中をたたく。
「おい!しっかりしろ!挨拶!」
バンっ!と背中を叩かれたことで、故障した部分が治ったのか、ハッ!といつものセバンに戻った。
「大変失礼いたしました!!!!!!」
「サラスティア様、お初にお目にかかります。私、リフィス様に仕えておりまして、ここの執事長をしております。」
「奥様には…、本当に…!な、なんとお礼を申し上げたらよいのか…!まさか死ぬ前にこのような吉事を経験させていただけるとは、努努思いませんでしたゆえ…!!」
と、乾いていた瞳が、今度こそ涙で溢れかえる。
サラは笑顔で「いや、そんな…」と少し動揺しつつ、セバンをなぐさめる。こんなにも喜ばれるとは、
勿論予想だにしていない。
「セバン…、もういいからとにかく皆んなを集めろ…」
「かしこまりました…!」
「……これで、シュダリー様も浮かばれることでしょう…。」
その『シュダリー』という言葉に、またピクッとリフィスが反応する。
「ああ…。」
悲しげに、寂しそうに微笑みながらリフィスはサラを屋敷までエスコートする。
そして、仮の婚約生活が始まった――。




