7.名前
―馬車内―
「サラスティアか…」
彼女の名前の響きに浸り、続けてサラスティアに問う。
「サラは今何歳なんだ?」
「私は今年18よ。」
「じゅ…18……!?」
「そう。宰相様も言ってたでしょ?【神の子】は齢16~19くらいの少女だって。」
あまりの若さに吹き出しそうになるが、そういえばそんなこと言っていたなと、出そうになったものが引っ込んだ。
「7歳差だから、若干年の差婚かな?まあでも、10代の子が60代の人と結婚するなんて今も珍しいわけじゃないもんね。それに比べたら全然同い年って言っても過言じゃないか!」
どんなところと比べてるんだ。いや、同い年はどう考えても過言だろう。そもそもまだ婚約しただけでは?
?????
頭の中でつっこみの声が響く。もちろん声には出していない。
「あははは!!なんて難しい顔してるの??」
「初めて見た時はなんて仏頂面の方なの、って思ってたけど、リフィスって意外に表情豊かなのね!」
腹を抱え、目をつむりながら笑う彼女に、俺は一体どんな顔をしていたんだと戸惑った。そもそも表情豊かなんてものは自分とは無縁のものだとリフィスは過ごしてきた。
「…。そんなことを言うのはこの世界で君だけだ…。」
「そもそも、俺たちは婚約しただけだ。それも偽装のな。だから、そこまでそのことについて気にしないでいい。
ただ、俺は命を懸けて君を守る。悪いが多少窮屈かもしれないが、そこは我慢してくれ。」
「それと、君は屋敷では好きに過ごしていい。やりたいことがあったら俺か、執事か、侍女に言え。君の言うことはなるべく叶えてやれと、枢機卿からのお達しもあったしな。」
そう言うと、彼女は頬を膨らませながらこちらを見た。
「サラ!」
「え?」
「だから!サラスティア!せっかく名前で呼んでくれるって言ってくれたのに…。君、じゃなくて、名前で呼んで!」
リスのように頬を膨らませている理由が、『名前で呼んでなかった』ということに、リフィスの口元が緩む。
「悪かったよ。サラ。」
おそらく、こんなにも優しい表情のリフィスを見たら、団員たちは嘔吐するだろう。それか、幻覚にかかったとも言うかもしれない。どちらにせよ、大騒ぎするのは間違いない。
「それに、私は仮とはいえ、初めて婚約するから、偽装だから!って、線を引かれるのはちょっと…ね。どうせなら、この短い婚約生活を、私は楽しみたいな〜って…。」
「もちろん、リフィスが嫌でなければね!」
『偽装だから』
と言ったのは、リフィスなりに彼女を気遣った言葉だった。好きでもない、7も歳上のやつと一緒に過ごすのは苦痛かもしれないと。
「俺は別に、いやでは……。」
「本当に!?良かった~。じゃあ普通に婚約者として過ごしましょう!といっても、どうしたらいいのかわからないけど。とにかく、リフィスとは良い関係で過ごせたら嬉しい。」
リフィスはもうすでに、彼女のペースにのまれていた。
このままでいいのかと少し不安に思うが、彼女にお願いされて、断れる想像が出来なかった。
まあこのままでもいいかと、ふうと微笑み交じりのため息をした。その時――
『リフィス。お前が………まも………』
あの時の光景がフラッシュバックした。 あの時の約束が――
《そうだ……。俺は守らなければ……。彼のように…。民を……。》
「リフィス?」
急にリフィスがどこか違う場所を見ているように感じ、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
それにリフィスはハッとし、現実に戻る。
「大丈夫だ。」
「もうそろそろ屋敷に着く。疲れただろう。着いたらすぐ休め。」
「うん…。ありがとう。」
リフィスの表情には、あの優しい微笑みが消えていた。
サラもリフィスの不穏な空気を読み、そっと身を引く。
あのほほえましい空間はなくなり、ぎこちない空気が流れたまま、ついに屋敷に到着した。




