6.旦那様…?
ー馬車内ー
パカラパカラと馬が走る音だけが響くほど外は静かで、いつの間にか夕方になっていた。
リフィスは窓の淵に肘をつきながら外を眺め、沈みかけている夕日に目を細めた。
思った以上に夕日が照々と顔を突き刺し、この角度は間違えたと思ったが、リフィスは微動だにせず、窓に顔を向け続けた。
そう。リフィスにとっては外の夕日よりも、目の前に座っているあの黄金の瞳の方が眩しかったのだ。
リフィスは、真顔で夕日と相対し続ける。
持久戦なら負けねえ。さっさと沈みやがれと心の中で戦った。
「‥ふ、ふふ、ふふふふ‥‥。」
そんな持久戦の最中、目の前から、まるで妖精のような、華やかな笑い声が聞こえる。
リフィスは持久戦を忘れたのか、負けたのか、目の前の少女に目を向けていた。
「眩しくないのですか?外、沈みかけているので今が1番輝いていると思いますが」
ベールの下からくすくすと笑いながら話す彼女に、初めて声を聞いたと一瞬戸惑ってしまう。
いや、戸惑っているのは彼女に会ってからずっとかもしれない。
「べ、別に‥」
なんともそっけない返事をしてしまったと、リフィスはさらに動揺する。
したたり落ちる汗を感じながら、どう接するかを模索していると、また、妖精のような声が聞こえた。
「改めまして旦那様、短い間ですが、よろしくお願いいたします。」
「だ、旦那様‥?」
今まで勿論呼ばれたことのない呼称に口の痙攣が止まらない。
確かに婚約したが、自分は『旦那様♡』なんて呼ばれる玉じゃねえ!と急いで訂正する。
「旦那様はやめてくれ、普通にリフィスでいい。それに敬語もいらない。」
「あらそう?。それなら敬語はやめさせてもらうわ。」
思っていたより気さくな彼女に少し驚いた。
神の子というぐらいだから、もっと淡々な、清らかそうなイメージをリフィスは持っていたが、どうやら彼女は違うらしい。
「そういえば、リフィスは最年少騎士団長らしいけど、今いくつなの?」
考えれば考えるほど、『婚約者』とはどのように接するのが正解なのか分からず、悶々としてる最中、そう質問が投げられた。
それにリフィスは少しギョッとしたが、今度こそ丁寧に答えようと一呼吸してから答える。
「…25だ。」
「25…!?すごい!!40過ぎてからやっと狙える地位らしいのに…!リフィスって本当にすごいのね!!」
黄金の瞳をさらにキラキラさせ、愛らしい笑顔で褒めちぎる彼女に、顔の火照りを感じ、本能的に顔を背ける。
ほんの10秒前に丁寧な対応を、と心がけたはずが一瞬で崩れた。
こんなにも照れるなら、剣ばかり握らず、もっと夜会に行っていればよかったと少しばかり後悔した。
そういうこの子は今いくつなんだ?という疑問が頭に浮かび、聴こうとするが、その前に大事なことを聴いていなかったと、後悔やら、恥じらいやらを一旦置いていき、彼女に初めて自ら声をかける。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかった。」
「君、名前は?」
今までのおろおろしたリフィスは嘘かのようにスラっと聞いた。
「………」
彼女は先ほどの笑顔が消え、黄金の瞳を丸くしながらこちらを見ている。
初歩的質問をしたつもりだったが、もしかして、間違えて変なことを聞いてしまったのかと、リフィスは再度たじろいだ。
「名前聞いてくれるんだね……。」
先ほどのキラキラした声とは反対に、か細い声で話し始めた。
「私ね、孤児なんだ。だから孤児院で育ってね。でも10歳の頃には孤児院を出て教会で奉仕し始めたの。
そこでは孤児だったのもあってずっと、『シスター』って呼ばれてた。ただの『シスター』。
私の名前を呼んでくれてたのは、孤児院の友達だった子一人だけ…。
神殿に行ってからは【神の子】としか呼ばれていなかったし、名前を聞かれたのすごい久しぶりで…」
眉を下げながら、寂しいそうに話す彼女を見て、リフィスは少しだけ胸がチクッとなるのを感じた。
「それで…名前は…」
「え……?」
「だから、名前。教会がどうとか、神殿がどうとか、俺は知らないからな。俺は名前で呼ばせてもらう。」
そう言うと、彼女は今日一番の笑顔を見せながら答えた。
「サラ…サラスティア!」
彼女の黄金の瞳が少しだけ潤んでいたように見えた。




